第026話 リゲル

 ここは監禁する部屋なのだろう、鉄格子の小窓が付いた厚手の重い扉だった。


 天井からは何本も鎖が伸びている。


 その一本にカヨは両腕を拘束され、天井から吊るされていた。

 衣類は殆ど引き裂かれて胸が露わになっている。

 項を垂れて全く動いていない。


 ゾワリと最悪の予想が頭を過ぎる。


「ッチ、もう気絶したか」


 リゲルは悪態付きながら手に持った道具を置いた。


 リゲルの言葉を信じるなら”気絶“。最悪の予想ではなく安堵したのも束の間、今度は一瞬で別の感情に支配された。

 すぐ扉を蹴り飛ばして、怒鳴りなら斬りかか……


 ……いや、今出ても扉を開けた瞬間にバレる。

 最悪のケースは彼女を盾にされる事だ。


 その可能性を徹底して排除しろ。

 不意を突いて反撃を許さず、冷静に確実に殺す事だけを考えろ。この絵に描いたゲスの一挙一動を見逃すな。


 奥歯を噛み締め、自分に言い聞かせた。


 リゲルはカヨから離れ、戸棚からペンチやよくわからない器具を取り出していた。

 武器として事足りないなら、それが何なのか、今知る必要はない。


 奴は下品な笑みを浮かべながらカヨに再び近付こうとする。


 この時、僕の位置は完全に視野外になり、死角が生まれた。


 小声で足音を消す魔法「サイレントムーブ」を唱える。


 少しだけフラつく。

 簡単な魔法をたった二回の詠唱しただけだが、もう殆ど魔気が無いのがわかる。


 だが刀を振るのには問題無い。


 最速最短で駆ける。

 大きな音を立てるはずの挙動。

 しかし、無音だった。


 死角から後頭部への唐竹割り。

 相手は全く気付いていない。確実に決まった。


 全力で踏み込こみ、全力で刀を振り下ろした。



 パンッ!



 乾いた音で刀が弾かれた。


「……ッ!?」

「何だ?」


 刃が脳天に入る前に止められた。

 止められたどころか、大きく体勢まで崩してしまった。


 クソ! しくじった!

 何故だ。何が起こった?


 だが相手も振り向いて驚愕の表情を浮かべている。


「お前何処から……」


 殺しに来た相手に、そんな間抜けな問答をしている。


 ーー好都合だ。


 僕は無言で体勢を整えて顔面に突きを繰り出す。

 ゲイルは反射的に目をつむり、身を強張らせていた。


 パンッ!


 まただ。

 確実に刺さったと思ったが、刀が弾かれる。

 何が起きてる?


 一方、リゲルは戦いに不慣れなのか、僕に反撃をしてこなかった。


 僕は試すように小さく小手、腿、胴突と一方的に攻撃を繰り出す。

 同じように全て弾かれた。


 これはディアスが使っていた剣や矢を弾く防御魔法「リペルシールド」に似ている。

 ただリペルシールドは一、二回攻撃を防げば消えるし、広範囲には展開できないはず。


 それが広範囲に展開され続けているように感じる。

 魔法を掛け直してるようにも見えない。



「調子に乗るなァ!」



 リゲルが激昂し、ようやく反撃に出てきた。


 加護が体の正面に危険を知らせる。

 僕は攻撃をやめ、身を横にズラして回避行動をとった。


 キュイン!という甲高い音と共に突き出した右手から火球が飛んで行く。


 これは多分、火の下級魔法のファイアーボルトだ。

 魔道具だろうか? 詠唱無しで飛んでくる。


 ……問題無い。予知できる僕なら避けれる。


 そしてリゲルは近距離戦の経験が薄いのだろう。

 体捌きは鈍い。離されずに追い詰め続けれる。


 追い回して徹底的に間合いを詰め、全身に剣撃を入れ続ける。


 時折、キュインという音と共にファイアーボルトが飛んでくるが、予知で確実に回避できる。


「何だお前! 何で当たらない!? 」


 リゲルは焦りを露わにしてきた。


 正直、僕もずっと攻めているが攻撃が全く通らないから焦っている。

 だが顔に出さず、口にも出さない。余計な情報を相手に渡す必要はない。


 無言で剣撃を続ける。


「クソ! おい!誰かいないのか!? バリッサ! ダリウス!」


 リゲルが知らない名前を叫んでいた。恐らく大部屋の死体の名前だろう。

 覚える必要はない。


 無言で踏み込み、攻撃を続ける。

 よく見るとリゲルはローブの下に薄手の黒い鎧を着ている。

 左腕のガントレットには魔石のような物が付いていた。


 奴は先程からそれをチラチラと気にしていたように見える。

 心なしか、魔石のような物の色も変わってきていた。


 確か魔道具の燃料は精製された魔石。

 アレはその燃料メーターみたいなもんか?


 だが推測は推測。

 僕に出来る事はネチネチと攻撃する事だけ。


「く、来るなぁ! 何なんだよお前!」


 ついにリゲルは諦めて、背中を見せ出口に走る。

 追いかけて、背後から斬りかかるも刀が弾かれた。


 このインチキバリアは本当にどうなってるんだ。


「ハァハァ! クソがぁ!」


 リゲルは扉を蹴り開けて振り向き、そして右手を突き出して魔法を繰り出す。


 だがその魔法は僕に向けてじゃ無い。

 視線の先には、吊るされ意識の無いカヨがいた。


 コイツ!!どこまでも!!


 僕は反射的に飛び込んで割り込んだ。


 キュインという音と共に背中に衝撃と熱による

 痛みが走る。

 視界に炎が飛び散った。


「ガハァ!」


 初めてまともに食う攻撃魔法。

 立っていられない程の威力では無いが、何発も貰うと火達磨になるだろう。

 服の至る所が燃えている。


 僕は燃える外套を投げ捨てた。

 上着の火は少し払うと消えた。全身に返り血を浴びて服が湿っているが幸いだった。



 その様子を見て、リゲルが驚いた顔をした。

 そして笑みを浮かべる。


「……ククク。なんだ、こうすれば良かったのか」

「……」


 非常に不味い状況になったのがわかる。

 動けない彼女が人質として有効だと悟られた。


「ほら、避けてみろよ」


 キュインという音と共に、もう一度彼女に向けて火球が飛んで行く。


 僕は左腕を思い切り振って手甲で弾いたが、一発でかなりの火傷を負った。

 激痛と熱で左手が引き攣る。

 次を受ければ、まともに刀が握れなくなるだろう。



 受けに回ってはダメだ。

 僕は殺され、そこで全て終わる。

 だから殺される前に殺せ。

 死んでもいいから殺せ。


 今がまさしく、自分の命を使う時だ。


「……殺す」


 そう呟いて真正面から深く踏み込んだ。


「……っ!?」


 愚直な反撃にリゲルが焦ったのがわかる。


 リゲルが右手を突き出して魔法を構える。


 加護の力は右半身に危険を知らせていた。

 だが、僕は構わずリゲルの右手に渾身の片手突きを合わせた。


 キュインという音と同時にリゲルの右手に深々と刀が差し込まれていく。

 弾かれず、初めてリゲルの体に刃を突き立てれた。


 だが火球も同時に発生している。

 まともに受け、僕は右腕と右肩が焼かれた。


「ぐうぅ!!!」

「ギャァ!!!」


 だがチャンスだ。


 右腕がまだ燃えるまま、刀を両手で持ち、更に深く差し込み、引き裂いた。

 リゲルの前腕が裂かれる。


 なぜ弾かれなかったのか?

 もしかしたらインチキバリアが無くなったのか?


 いずれにせよリゲルは隙だらけだ。


 チャンスと思い、剣を振り上げた。

 背中と両腕の痛みが走る。限界は近い。だがこれで決まる。


 頭部へ刀を振り下ろす。


 パンッ!


 無情にも乾いた音と共にまた刀は弾かれた。

 さらに大きく体勢崩してしまった。痛みと火傷による引き攣り上手く力が入らない。


 よろめきながらも無意識に中段で構えた。



「うぎいい!痛ええ!!!」



 リゲルの右手から鮮血が吹き出ている。

 もう一手、もう一手入れば失血死させることができる筈だ。

 僕が相打ちなら、彼女は助かる可能性がある。


 ……だから、相打ちでも殺す。


 段々と考え方が捨て身になって行くのが分かる。


 僕は荒い息でジリジリと詰め、振りかぶった。

 自然と口から言葉が出ていた。


「……殺す……」

「寄るんじゃねぇ!」


 リゲルは無事な左手を突き出し、火球を出そうしていた。

 後ろにカヨがいる。避けるという選択肢は無い。


 キュインという音が鳴る。


 火球より先に振り下ろした切っ先がリゲルの左手に入る。

 遅れて放たれた火球は下方向にズレて僕の右足を焼く。


「アアァッ!!」


 ブーツが燃える。

 痛みと熱で右足が引き攣り動かなくなった。

 膝をついて前のめりに倒れてしまった。


 リゲルも転げ周りながら部屋から飛び出していく。


 僕は激痛を堪え、リゲルを追いかける。


 殺す、確実に殺す。




 …………




「な、何だこれはァァ!?」


 先程よりも血が広がり、より凄惨な空間なっていた。

 ほぼ部屋一面に赤いカーペットが敷かれている。


 僕は右足を引きずながら大部屋に来た。

 もう上手く踏み込めない。刀を振るうのは難しいだろう。


 入り口に立てかけた弓を拾い、矢筒から一本引き抜いた。


「何なんだよお前は!?」

「……」

「何とか、何とか言えよ!」

「……」

「ちくしょうがぁ!! 癒しの風!命の水!魂の灯火!癒しを求め傷つく者よ!……」


 これは上級の治癒魔法「ハイヒーリング」の詠唱。

 止めなければ多分僕は負ける。


 いや、それも余計な事だ。

 殺せ。殺すために矢を射る以外の方法はない。

 迷う事なんか何もない。


 無言で弓矢を引き絞る。

 火傷してふやけた指の皮がめくれた。

 喉を狙うが痛みで狙いが外れ、リゲルの右腿に刺さる。


「なあ!? シールドが!?」


 シールド?

 そんなのは関係ない。

 確実に全員殺す。

 そう、確実に。


 もう一本矢を放つ。

 やはり喉に当たらず腹に刺さる。

 もう指の感覚が無いから狙いが定まらない。


 だが、痛くないのは有難い。


 もう一本、今度は肩に刺さる。

 もう一本……もう一本……もう一本……もう一本。


 もう一本取ろうとしたところで、矢筒が空になってしまった。

 これでは確実に殺せない。


 リゲルは呻き、血溜まりの中をズリズリと這いずっている。


 まだ、生きている。


「……殺す……確実に全員殺す……」


 僕は多分、怒りではなく使命感に駆られ動いている。

 殺す。殺さなければならないという使命感に。


 立て掛けた刀を手に取り。足を引きずりながらリゲルに近付いた。


 リゲルはこちらを見て何か言おうとしているが、喉に矢が刺さっていて声が出ていない。

 ちゃんと喉に刺さっていたのか。

 何本目の矢は刺さったのか、覚えていない。


 リゲルの口から血の泡が垂れて、ガボガボと音がしている。


 奴は逃げようとするも、足を引きずっている僕以上に動けない。

 刀の切っ先をリゲルの首にゆっくりと押し当て、さし込んでいく。

 動脈が切れ、鮮血が噴き吹き出す。

 さらに体重をかけて切っ先を首の奥にあった骨、頚椎も切断した。


 リゲルは血溜まりの中で完全に動かなくなった。



 勝った……



 いや、「殺した」



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