第025話 殺し

 シュッと小さな音を立てて闇の中を矢が飛んで行く。


「グッ……!?」


 死角から放った矢は右側にいる見張りの喉に刺さる。彼は首を押さえて呻いた。


 僕は同時に小声で詠唱する。


「静寂の音を携え駆けろ。サイレントムーブ」


 足音を消す魔法。魔力が低いから3秒しか効果が無いが、十分だ。


「どうした?」


 左の見張りが気を取られた隙に、まっすぐ走って詰め寄った。

 全力で走っているのに自分の足音が聞こえない。耳がおかしくなったような違和感がある。


 柄を握り、鯉口を切る。

 最後の一歩。サイレントムーブの効果が切れてダンッ!という踏み込みの音が出てしまった。


 音に反応して、無事な見張りがこちらを見る。


 ……丁度いい所に首がある。


 素早く太刀を抜いて、首に刃を立てる。

 柔らかい喉は大した抵抗も無く、深く斬り裂かれた。


 一面に血が飛び散る。

 服を赤く染めた男は口をパクパクと開け、何かを喋ろうとしていた。

 切り裂かれた喉からはからは、ヒュー、ヒューと空気が漏れる音がする。

 男は程なくうつ伏せに倒れた。


 矢を食らって喉を押さえてる男も、こちらを見ている。

 顔に形は全く違うはずなのに、男が浮かべる苦悶の表情はいつかのワーウルフにそっくりだった。


 まず無防備な太腿を刀で深く突いた。


「グっ……!」


 男の手が喉から離れ、呻き声を出しながら刺された脚を押さえる。

 守るものが無くなった首筋に、僕は刃を差し込んだ。

 男は首を斬られると、白目を向いてすぐに倒れた。


 首の切り口から勢いよく血を出してる二人の男。

 あっという間に血溜まりができた。


 念の為、男の持っていた槍を背中から思い切り突き刺す。

 一瞬、ビクっと動くが抵抗らしい抵抗はない。

 これで間違いなく失血死するだろう。


 初めての人殺しは呆気ないくらい簡単だった。

 ただただ、半身に返り血を浴びて気持ち悪い。

 本当に気持ち悪い……


 ……いや、そんな感想は後でいい。


 少なくともあと七人。確実に全員殺す。


 僕は投げた弓と矢筒を拾い、洞窟に入った。





 …………





 入り口には簡単な扉が付けてあり、警戒する様子もなく鍵は空いていた。


 隙間から様子を覗く。

 中は広く、10m四方はあるだろうか。

 至る所に魔道具のランタンがあり、部屋は明るい。



 手前のテーブルには男が三人座っている。酒を飲みながらカードゲームを始めようとしていた。

 その奥では恐らく荷物の整理をやってる奴が三人。合計6人だ。


 この部屋にカヨはいない。


 ただ部屋の奥から悲鳴は聞こえてくる。

 今彼女は……


 いや、余計な事は考えるな。

 徹底的に不意を突いて確実に全員殺す。その為の方法だけ考えろ。


 敵の位置、奥の距離、テーブルまでの歩数、武器の有無……そして殺す順番。


 よし……考えをまとめ、実行に移す。


 静かに扉を半開きにして弓矢を構える。


 隙間から一射。荷物を整理していた男の頭に矢が刺さる。

 間を置かずにもう一射、その隣の男の胸に刺さる。


「なんだ!?」


 誰が声を出したか、倒れた男に注目が集まっている。


 僕は弓を置いて刀を抜いた。

 極力足音を消し、扉の隙間に体を滑り込ませて、部屋に入った。


 テーブルに座っている男の背後から首筋に太刀を入れる。

 首が半分以上切断されて、天井まで血しぶきが上がった。


 ここで、ようやく侵入者として認識された。


「テメェ! 何……」

「……」


 椅子に掛けた刺青の男が怒声を上げる。

 返事は必要無い。


 ナイフを持って立ち上がろうとしていたが

 その前にナイフの持ち手に刀を入れて指を落とした。返す刀で顔面を斬り上げる。


「ウギャ!?」


 悲鳴を上げ、刺青の男は血が吹き出る顔面を押さえて体を丸くした。

 踏み込みながら無防備な背中に思い切り袈裟斬りを入れる。

 首筋と背中に深々と食い込む刀を素早くひきぬき、次の相手に向き直る。そして正眼に構えた。


 この部屋は残り二人。


 恐らくカヨを運んでいたであろう体格のいい男は完全に立ち上がっていた。

 奇襲が始まってから初めてまともな姿勢での立会い。


 ただ、その大男は無手。武器を何も持っていない。


 僕はまともにやり合う気なんてこれっぽっちもない。


 その男はチラチラと落ちているナイフを見ている。


「……いいよ、拾えよ」


 僕はカラカラの喉から声を絞り出した。


 男がナイフに手を伸ばして姿勢を崩した瞬間、不意をついて刀を振り上げ強く踏み込む。


「おまっ……!」


 踏み込みに対して、男が反射的に拾ったナイフを突き出す。

 だが僕は刀を振り上げるだけで止めていた。

 単純なフェイント。


 大男は隙だらけだった。

 突き出したナイフはこちらに全く届いていない。


 素早く刀を振り下ろしてナイフを持つ右腕を斬り落とす。


「グアァ!」


 悲鳴も途中で、さらに右腿を深く突く。

 体格のいい男は膝が崩れた。


 だが戦意は消えていないようで、悲鳴を噛み殺して睨みつけてきた。

 男は残る手を伸ばし、摑みかかろうとする。


 僕は下がりながら、もう一度コテ打ちで対応した。

 軽く打った為、骨は断てない。

 だが防具のない前腕。肉がごっそりとそげる。


 両腕と片脚の損傷。もう戦闘能力は皆無だろう。

 男はバランスを崩し、こけた。転がり暴れ回り、机や椅子を蹴り飛ばしていた。

 僕は頭部あたりを目掛け、適当に三回振り下ろしを入れた。一発が首に入って大量の血を撒き散らす。

 そして肉が削げ落ちている腕で首を押さえ、大男は静かになった。


 あと一人。


 最後の一人は部屋の隅で腰を抜かしていた。

 何か言っていたが聞く必要は無い。

 下手に近付いてリスクを追う必要もない。

 刀を納めて部屋の入り口に戻る。


 弓矢を取って腰を抜かした男に三発射った。

 頭に二本、胸に一本矢が刺さり、男は倒れた。


 この部屋で立っているのは僕だけだが、まだ息のある男は二人いる。

 そいつらの頭部へ一本ずつ矢を放つ。


 ギャっという短い悲鳴の後、程なくして呻き声も聞こえなくなる。


 迷いなく、躊躇なく、徹底的に不意を突いて確実に致命傷を与え続けた。

 時間にすれば二分足らずの出来事だろう。部屋の床は真っ赤になった。

 僕も返り血で全身が真っ赤に染まっていた。

 滑らないように、刀の柄と手の平だけ外套で軽く拭く。



 血の海の中には僕よりも若いであろう少年の死体があった。

 この部屋で一番最初に射抜き殺したやつだ。


 ……懺悔は今必要ない。

 まずは確実に全員殺す。



 部屋の右奥に扉があった。


「イヤ!!!アアァァァ!!!!!」


 部屋の奥からカヨの悲鳴が聞こえた。

 叫びたい気持ちを抑え、扉に手をかけ、静かに開く。

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