第024話 ストーキング
再びジンの視点
僕はリゲルたち三人を追いかけて森の中に入った。スニーキングという名のストーキングだ。
分かってる。自分でも分かってる。後ろめたい事をやってると。
森の中は暗いがほぼ満月だった為、足元は見える。
ニールと連日歩き回っているのもあって、追うのは苦にはならなかった。
なにより、彼らはランタンを持ってるので見失う事はない。
森の中を10分ほど駆けた所で、男が二人倒れていた。
その男二人が要救助者なのだろう。
カヨとリゲルはそれぞれ倒れた男に近づいて治療を行ってるようだ。
僕はその様子を遠巻きに眺めていた。
隠れながら。
ガサリと彼らの近くの木の枝が揺れた。
何かがいる。 魔物か?
分かる。
これは魔物に襲われた所を僕がカッコよく助けに入る流れだ。
キャー素敵ってなるかな?
いや……
「なんでアンタがここにいるのよ?」と言われて窮地に陥るパターンだ。
なにより戦闘になれば、その辺の魔物は魔法少女が消し炭にするだろう。
下手に飛び込めば、僕も一緒に消し炭になる可能性がある。
ただ、万が一もあるので一応、弓矢は構えておこう。
手助けが必要な場合は、一発撃って暗がりに逃げてもいい。
そんな事を考えてると、その揺れた木陰から新たな男が出てきた。
声は聞き取れないが、親しそうに話しかけているようだ。
ああ、なんだ彼らの仲間か。
ただ周りからガサガサっと何人も出てきた。
1,2,3……合計8人?
この人らは森の中で一体何をやってたんだ?
男の一人が、治療に集中しているカヨの背後に回る。
「ングッ!?」
小さな悲鳴が聞こえた。
彼女は猿轡を噛まされ、複数の男に抑え込まれていた。
「……なっ!?」
驚きのあまり、僕は小さく声を漏らす。
それを見たリゲルは周りの男に指示を出していた。
こいつもグルだ!
暴れるカヨは手足を錠で拘束され、大きな袋に入れられた。
恐らく人攫い……
……どうする?
動悸が激しくなり、全く想定していない状況に頭が真っ白になった。
何も思い浮かばない。
落ち着け。 助ける算段を考えろ。
僕は深く息を吐いた。
矢を射るか?
ダメだ、相手は合計9人。数が多すぎる。
何人か奇襲で倒せたとする。でも露見して向き合ったとき、もしカヨを人質にされたら……僕はもう動けない。
じゃあ助け……街に戻って人を呼ぶか?
いや、そんな時間はない。こいつらを見失ったら、連れ去られてそこで終わりだ。
今のところ、彼女をすぐここで犯したり殺したりする様子はない。
一挙一動見逃さず、チャンスを待つしかない。
カヨは袋詰めにされている。モゾモゾと動き、うめき声を上げる。
その腹をリゲルが一発殴り、大人しくさせた。
暗い感情がこみあげる。
……こらえろ。
今ここで出て行っても何も好転しない。
息を殺して機を伺え。
そう自分に言い聞かせた。
大柄な男が袋を担いで移動を始める。
それを見て僕も追跡した。
右手に握ってる矢はへし折れていた。
…………
リゲルたちの中で後ろを警戒していたのは二人。
僕はこの二人から視線を切って追跡する。
油断しているのか技量が低いのか、ニールよりも警戒が雑だ。
スニーキングするだけなら、森の獣の方が遥かに手強い。
30分程歩いた所で少し開けた場所に洞窟があった。
入り口は茂みで囲われておりカモフラージュしてある。
リゲル達はカヨの入った袋を担いでその中に入って行く。
全員が中には入らず、入り口には後ろで警戒していた二人が見張りとして残っていた。
僕はその二人にギリギリまで近づくが、洞窟の手前は開けた場所になっていて、これ以上踏み込めなかった。
考えろ。
まず、この見張り二人を静かに倒して……
どうする?
中はどうなってる?
情報がない。
考えても作戦なんて思い浮かばない。
そして時間をかけても進展しない。
そもそもこの二人をどうやって静かに倒す?
どうする? どうする?
どうするんだよ!
クソっ!……何でこんな事に……
僕が彼女と口論なんてしなければ……
いや、リゲルと話している時に声をかければ……
考えがまとまらない中、洞窟の中からカヨの大きな声が聞こえてきた。
「火炎よ焼き払え! ファイアーボルト!」
「……!」
彼女が何とかして抜け出したのか?
今なら混乱に乗じて僕も外からも行けば……!
ただ、ただ彼女が魔法を使った時に聞こえる爆音は無く、洞窟の中からはリゲルの笑いが聞こえてくるだけだった。
見張りの一人がオドオドと喋り出した。
「な、なあ捕まえた女は強い魔法使いなんだろ。今、魔法使わなかったか?」
もう一人の見張り下品な笑いをしながら答える。
「あの猿轡には封魔の毒を染み込ませてあんだよ。ワザと解放して魔法を使えない魔法使いを嬲って、心が折れるまで拷問をするのがいいんだとさ」
「はあ、リゲルさんもいい趣味してんな」
「ま、そこまでは仕事でアイツが適任だからな。俺たちの中でアイツしかまともに治癒魔法を使えないだろ」
「封魔の毒」はスキルブックに書いてあった。
体内に取り込むと魔力を拡散させて、文字通り一時的に魔法を封じる毒だ。
魔法使いの天敵で、解毒魔法が使える魔法使いでも解毒薬を持つ理由の1つ。
つまり、カヨは今その毒に侵されている……
「ただ、心が折れたらアイツが一番最初にお楽しみだ」
「結構いい女だったよな。俺たちにもお零れがあるのか?」
「壊れてなけりゃあるかもな。帝国に献上するのが勿体無いぜ」
……耳を塞ぎたい会話が聞こえる。
感情が一周してしまったのだろうか、妙に冷めた頭にポツンと言葉が浮かんだ。
コイツらを……殺そう。それしかない。
もう、迷う理由も時間もない。
捕まっているカヨに頼るな。
この手で確実に全員殺そう。
彼女の身はコイツらの命よりも優先される。
だから確実に全員殺そう。
拘束とか気絶で無力化するなんて余裕はない。
だから仕方ない、確実に全員殺そう。
相手の事情とか殺人の罪とか懺悔とか後で考えよう。
だから今は確実に全員殺そう。
僕は魔法なんかでまとめて殺せない。
刀か矢で静かに一人ずつ、徹底的に不意をついて確実に全員殺そう。
不意を突くためには静かに動いて静かに殺す。
静かに殺すならまず喉だ。
倒れていてもトドメを刺して確実に全員殺そう。
トドメは頭か首か胸だ。
僕は殺すための理由、算段を整理して目を瞑った。
そうだ、これでいい。思考を殺す為だけに回し続けろ。
カヨを助けるにはそれが多分、最善だ。
目を開き、一本、矢筒から矢を抜いた。
自然な動作で弓を引き絞り、見張りの一人に狙いをつける。
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