第023話 イラつき

 数日前のカヨ


「帰れ!帰れ帰れ帰れ!」


 怒りと悲しさのあまり、私はジンを思い切り殴り飛ばして部屋から蹴り出した。

 途中から何を言ったかも覚えていない。

 それくらい頭に来た。


 追い出して鍵を閉め、私はそのままベッドにつっ伏せた。



 ……何が愛する者を狂わす呪いだ……


 何が別々の方がいいだ!

 何が問題があるだ!

 何が好感度だ!

 何が好きになれないだ!

 何が酔狂じゃないだ!



 ふざけんな!!


 ふざけんな! ふざけんな! ふっっざけんな!!



 こっちは連日連夜振り回されっぱなしで、何回泣いたか分からない!

 もう余裕なんてこれっぽちも無くて頭の中ぐちゃぐちゃなんだよ!


 思わせぶりな事ばかり言っておいて!!


 ふざけんな!!



 ……ふざけんな……大っ嫌い……




 …………




 酷い空腹で目を覚ます。

 いつのまにか寝てしまっていたようだ。

 もう昼ごろだろうか?


 身だしなみを整えようと洗面所に行って鏡を見た。


「はぁ……酷い顔……」


 髪はボサボサで目は泣き腫れ、クマも出来てる。


 私は軽くシャワーを浴びて、身を整えてさっぱりした。幾分か気分も落ち着いてくる。


 何かお腹に入れたいけど、ギルドの食堂で食べるとアイツがいるかもしれない。

 今日は別の店で食べよう。




 …………




 街を散策していると、少し洒落た店があったのでフラりとそこに入った。

 お金にも余裕ができたから、少しくらい贅沢してもいいだろう。

 何より、気を紛らわしたい。 


 一人で昼食をとってると、知った声に後ろから話しかけられる。


「あら、こんにちわ」


 セイナだった。

 彼女は白いエプロンをしていた。


「あ、セイナ。こんにちわ」

「同席いいですか?」

「ええ、もちろん!」


 はぁ、セイナは癒しだ。

 同性の私から見ても癒しだ。

 まだ知り合って四、五日の仲なのに気が許せる。

 柔らかな表情に優しさ溢れる気遣い、仕草。


 どっかのバカに振り回されて、毛羽立った心が癒されていく。


「カヨ、お疲れですか? 酷い顔をしてますよ?」

「昨日今日と色々あってね……気晴らしでも無いかなーって」

「……休んだ方が良くないですか?」

「ううん、体は疲れてない。どっちかと言うと体を動かしたいわ」

「そうですか……」


 セイナは少し考えてこちらを向いた。


「では診療所のお手伝いをやってみませんか? 忙しいですけどギルド員なら今すぐに働けますし、日当も出ますよ。私も丁度戻る所です」

「具体的にどんな事をやるの?」

「傷や病気の手当てですね。治癒魔法が使えるだけで大歓迎です」

「へぇ! 面白そうね!」


 いわゆる白衣の天使、医者看護師といった所か。

 興味を持った私は昼食を済ませた後、セイナと診療所に向かった。


 診療所の所長にギルドカードを見せるとエプロンを渡されて、すぐに治療室に回された。


 そこは戦場、怪我人が長蛇の列を作っていた。

 

 セイナから一言だけアドバイスをもらう。


「怪我の処置ができるなら重傷者以外には治癒魔法を使わないで下さいね。いざという時に魔気が切れると大変ですから」


 との事だ。


 確かにこの人数に治癒魔法を使っていたら、私でも一瞬で魔気が切れるだろう。


 思い出しながら道場でやっていた応急手当で処置する。

 確か消毒、止血、圧迫だったか……


 しかし、本当に怪我人が多い。

 何故ここまで怪我人が多いのかというと、この辺では一番大きい診療所という事もあって、隣町から来る人もいるそうだ。


 あとは別の地域から来た流れの冒険者も沢山いた。

 治癒魔法が使える冒険者パーティーは比較的同じ地域で行動するが

 治癒魔法がろくに使えないパーティーはまさしく命知らずで冒険するそうだ。

 危機感無く行動した結果、"運は良ければ"診療所のお世話になるという事らしい。当然運が悪ければ土に還ってしまう。


 治療の合間に他の地域の話が聞け、それだけでもここに来た価値があっと思う。



 …………



 その日はあっという間に時間が過ぎ、日が暮れる。


 体は流石に疲れたが余計な事を考えなくて良かったし、達成感があった。

 何より人に感謝されるのが非常に気持ちいい!

 朝にあった陰鬱な気分は吹き飛んでいた。


「お疲れ様です。確か……カヨさんでしたか、初日だと言うのに非常に手際が良かったですよ」


 隣で治療をしていた、リゲルという物優しそうな長身の青年が話しかけてきた。

 仕事中、彼からは色々と教えてもらった。


「いえいえ、こちらこそ色々と教えて頂きありがとうございました」

「他に分からない事があったら遠慮なく聞いてくださいね」


 彼は優しい笑みを浮かべて返事をした。


「そうだ、せっかくですのでこれから二人で食事でもどうですか?」


 ……は? 二人で食事?

 流石に早すぎるのでは?

 それとも、この世界はこのくらいが常識なのだろうか?


 私が迷っているとセイナが後ろから割り込んで来てくれた。


「ごめんなさいリゲル。これから私とカヨはフリッツ達と食事なんです」

「そうですか、それは残念です。また今度お誘いしますね」


 そう言って彼は引き下がっていった。


 私はフリッツと食事をするというのを聞いていない。

 フリッツがいるという事はアイツもいるという事だ。

 ちょっと嫌な気分なった。


「フリッツ達と食事するの?」

「ウソです」

「え? ウソ?」


 シレッとウソを言うセイナ。

 意外だ。


「リゲルはあまり良い噂を聞かないので気をつけて下さい」

「そうね……確かに彼、軽そうだったわ」

「まあカヨなら言い寄られても、大丈夫だと思いますが」

「どういう意味?」

「だって、いるでしょう?」

「いないわよ」


 セイナはふふっと笑って誤魔化した。ちょっとした意地悪だ。

 だが何故だろう、癒し系は意地悪しても癒しになる。


「それより私達で食事をしましょう。喧嘩したって顔に書いてありますよ」

「してない! 書いてない!」


 そのあと根掘り葉掘り聞かれ、少しだけポロと愚痴をこぼしてしまった。




 …………



 次の日も診療所で仕事をさせてもらった。

 診療所は忙しいが充実感があるし、迷宮程ではないがお金もそれなり稼げる。

 治療行為という経験は、どこかで必ず役に立つだろうし、気晴らしには丁度良かった。



 ただその日の夕方もリゲルは食事に誘ってきた。

 複数人での打ち上げなら分かるが、二人きりでだ。

 仕事中は真面目で優しいのに、アフターファイブはダメな奴だなんだろうか?



 私はこの世界の住人ではない。

 いつかは元に世界に帰る。必ず帰る。


 だからこの世界の住人と、そんな関係を築く気なんて全く無い。


 ……じゃあ元の世界の住人となら、そういう関係を築くのか?

 元の世界の住人……つまり"アイツ"と?


 ああ!思い出すだけで、朝からハラが立ってきた!



「おはよう」



 ハラが立った所で、目の前には顔も見たくない"アイツ"がいた。


「これから……」

「話しかけないで」


 私は話す気なんてサラサラない。

 狼狽えたアイツは廊下のど真ん中で突っ立っている。


「邪魔」


 苦い表情で固まってるアイツの横を通り過ぎた。

 いい気味だ。少しだけスッキリした。


 私は部屋に戻り、診療所に出かける準備をした。



 …………



 ここ数日、毎日診療所で働いている。

 アイツとはたまに街ですれ違うが、全部無視して口を聞いていない。


 ただ、一回それをセイナに見られてしまった。


 昼食の席でセイナは嬉しそうに、その話題を振ってきた。


「やっぱりですか」

「なにがやっぱりなの?」

「顔に書いてありましたからね」

「はぁ……」


 セイナはふふっと笑いながらパンを頬張っている。

 ここ数日でわかったのだが、彼女は少し下世話な話が好きだ。

 昨日なんて「彼とはどこまでやったのか」と誘導尋問されかけた。

 なんにもしてないって!


「そういうセイナこそ、喧嘩くらいした事あるでしょ?」


 私は諦めて「喧嘩した」という事にして反撃してみた。


「もちろん、喧嘩した事ありますよ」

「どうやって許したの?」

「私は許しませんでした」

「……どういう事?」


 許さなかったと言うことは別れたという事だろうか?


「その時はどうしても許せなくて、怒りのあまり彼をナイフで刺したんです。だから私は許してないです」

「……」


 刺してスッキリしたって事だろうか?

 正直、少し引いた。


「彼は刺されたのに謝った上で好きだと言ってくれましたね。私はそれで惚れ直しました」

「そ、そう……?」


 セイナは頬を赤めて惚気だした。


 なんというか、重い。愛が重い。

 私はそう感じた。


「それくらいワガママを通しても、いいかもしれませんよ? だってカヨは可愛いんですから」


 ダメだ。

 残念ながらこの人の話は参考にならない。

 私はそう思った。


「ともあれ明後日にはパーティーで迷宮に行く予定があります。口くらい聞いてあげて下さい」

「うーん……」

「大丈夫、私はカヨの味方ですから。 もしもの時は二人でいじめましょう」


 もしかしてアイツもセイナにナイフで刺されるのかな?

 そう思うと何だか可笑しくなってきてしまった。


「分かった、分かったわよ。口だけなら聞いてあげる事にする」


 私はついに折れてしまった。


 セイナはふふっと笑って食事を済ませた。



 …………



 診療所の仕事が終わった後、例のごとくリゲルに食事に誘われた。

 セイナは明日の準備があるので早く上がってしまったから、私とリゲルの二人きりだった。


「私の家であれば調理人もいますし、酔っても問題ないでしょう?」

「リゲルさん、流石にそれは……」

「そうですか……残念です」


 いい加減、これっぽちも脈がないと気付いて欲しい。

 もう少しきつく言ったほうがいいだろうか?


 そんな事を考えてると、街に外から一人の男がこちらに向かって走ってきた。


 名前は知らないが、昨日治療に来ていた男だったと思う。


 その男はリゲルに詰め寄り、かなり慌てて助けを求めていた。


「ああ、リゲルさん! 助けて下さい! 」

「あなたは確か……マルザさん? どうしたんですか?」

「すぐそこの森で魔物に襲われて! 何とか追い払ったんですが仲間が重症なんです!」

「わかりました! カヨさんも手伝って貰えますか?」


 リゲルは攻撃魔法が不得意だと言っていた。

 もし仮にまた魔物が襲ってきても、私がいれば何とかなるだろう。


「わかりました!」


 私とリゲルはマルザと呼ばれた男の後ろをついて行き、薄暗い森の中に入っていった。

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