第022話 嫉妬


 僕はしょぼくれながら一人で街の外へ向かい、合同訓練に参加する。

 僕の課題としては、まず太刀に慣れる、弓矢を早く精度よく扱う、下級魔法を使えるようになる。

 こんな所だろうか。


 フリッツ、ニール、セイナはそれぞれ所用で参加していない。

 ボッチの僕は一人で黙々と素振りをしていた。

 剣の道は孤高の道、自分にそう言い聞かせながら。


 重心と足の運びを考えながら、ゆっくりと型を繰り返す。


 こういう地道に細かい技を確認、修正する作業は好きだし得意だと思う。


 そんな時に浅黒いイケメンエルフのディアスが話しかけてきた。

 先週、僕が負けた魔法剣士の教官だ。


「おはよう、えっと、ジン君だったか?」

「はい、おはようございます」

「やけに古風な練習をしてるんですね」

「ええ、新しい剣にまだ慣れてないので」


 ディアスはマジマジと僕の刀を観察した。


「昔、それに似た剣を持った剣士がいましたよ。いや剣士というか色々やってきたかな?」

「色々?」

「ヤギューは剣だけではないとか言いながら、投げナイフや組み技を仕掛けられましたね」


 ん? もしかして柳生の事だろうか?


「それ、どの位前の話ですか?」

「確か600年前くらいだったかな」


 ……は?

 お前は一体何歳なんだよ。


 でも柳生の開祖は江戸時代くらいだから400年前のはず。

 こっちの一年と元の世界の一年は一緒じゃないのだろうか?


「600年前に戦ったんですか?」

「そうですね。その時はボロ負けでしたよ。強いのなんの」


 ディアスは昔を懐かしみながらハハハと笑っていた。


 確かに柳生って剣が有名だけど、武芸者だから槍やら投げ技やら忍者みたいな事もやってるんだっけか。

 この世界に柳生の者がいると考えると少しワクワクする。


「私は君にも期待しています」

「ん? どういうことですか?」

「あのヤギューみたいに強くなるんじゃないかなってね」

「そのヤギューが何かよく分かりませんが、頑張ってみます」


 ディアスは手を上げて他所に行った。

 よく分からないが、彼はまた柳生と戦いたいのだろうか?


 まあ、そもそも柳生が一体どんなものなのか全然知らないけど。





 剣の訓練が終わり、フィーナの魔法の講習が始まる。


 その中で見覚えのある人影があった。

 恐らく、昨日カヨと話していた相手だ。

 背格好も一緒だし、特徴的な黒い服が一致していた。

 改めて明る所で見ると長身に茶色く短い髪、優しいが引き締まった顔をした、まさしくイケメンだった。

 見た目は20代だが、ディアスが推定600歳以上なので深く考えないことにしよう。



 聞き耳を立てると、彼は少し前に診療所で働きだした“リゲル”という神官志望の魔法使い。

 診療所でのカヨの同僚という事か。

 彼は治癒の上級魔法が使えるらしい。

 周りにいる魔法使いの女性と仲好さそうに談笑している。

 そう言えば昨日はカヨとどんな話をしていたのだろうか?



 …………いや、そんなことはどうでもいいだろう。

 気にすることじゃ無い。


 僕は魔法が苦手なんだから、ちゃんと講習に集中するべきだ。



 そう自分を戒めるも、心はかなり乱れていたようだ。

 今日も簡単言われる解毒魔法のアンチトードを習得するに至らなかった。


 フィーナには遠回しに才能が無いからもっと努力しろと言われてしまった。

 魔法学習歴はまだ2週間程度なのだが、早くも見切りをつけられてしまった気がする。



 …………



 それから三日後


 僕はニールと森での魔物狩りを終え、ギルドで清算していた。


「ジンはいつも暇だろ?」

「まあ、そうですね。日銭を稼ぐ身です」

「明後日、前のパーティーでまた北壁の迷宮に行く予定だ。だから明日の昼に打ち合わせをやろう」

「う……」


 僕はまだカヨと口を聞いていない。

 すれ違っても無視されている状況だ。

 そんなギスギスした状態でパーティーで迷宮なんか大丈夫なんだろうか?


 胃が痛くなってきた。


「はーん……セイナから聞いたぜ。ここの所、カヨと喧嘩してるんだってな?」

「喧嘩と言えば……まあそうですね」

「見た感じカヨは手が早いけど許すのも早そうだからな、よっぽど腹に据えてるんだろう?」


 言われてみれば確かに……彼女はそんな性格な気がする。

 コイツ、斥候だけによく観察してやがる。


「はあ、その通りです。どうすればいいんですかね」

「取り敢えず、今日にでも謝って謝り倒しとけ」

「それで機嫌が治ればいいのですが……」

「セイナからも根回ししといてやるよ」


 その手があったか!

 心の中で下世話下世話と連呼しててごめんなさい!


「師匠! お願いします!」

「おう、任せとけ」


 ニールはニヤニヤと笑っていた。

 師匠、なんか企んでない?




 …………




 清算を終えた僕はニールと別れる。

 宿に戻らず、装備そのままで診療所に向かった。

 セイナが取り持ってくれるという希望により、少し逸る気持ちがあるのが分かる。


 カヨに謝ったついでに夕食にでも誘おう。

 まあ謝るって言っても何についての謝罪なのか分からないけど……取り敢えず謝ろう。

 うん、そうしよう。


 あたりは夕闇に染まり、人影が少ない。

 診療所から少し離れた街の外壁の近くに人影が2つ、カヨとリゲルだった。

 二人は何やら談笑している。


 僕は無意識にスニーキングを開始。近づいて死角で聞き耳を立てた。

 今のスニーキングは我ながら完璧な動きだと思う。

 実質はストーキングだが……


「カヨさんお疲れ様」

「今日も忙しかったですね」


 僕には未来永劫向けられないであろう、カヨの外面ボイスが聞こえた。


「もし宜しければ、一緒に食事でもどうですか? 最近、美味しいお酒が手に入りましてね」


 僕は反射的に太刀の柄を握った。


「私、お酒弱いみたいなので……」


 そうだぞ、酒乱だからやめとけリゲル。

 僕もつまらぬ者を斬りたくない。


「私の家であれば調理人もいますし、酔っても問題ないでしょう?」


 ……は? 家飲み?


 僕は反射的に鯉口を切った。

 夕闇に刀身が光る。


「リゲルさん、流石にそれは……」


 リゲル君、僕もそれはどうかと思うぞ。

 その誘い方はあまりにも焦りすぎだ。

 僕も焦った。


「そうですか……残念です」


 そう言ってリゲルはカヨを食事に誘うのを諦めた。


 よし、ハウス! 刀剣2号!


 僕は太刀を静かに鞘に納めた。



 しかし、カヨが他の男に言い寄られるのを見るのは……思ったよりもキツいな。

 彼女に対して好きなれないとか言いながら、実際はコレか。


 凄い嫉妬してるじゃん……



 はぁ……自分が嫌になるな。




 その時、街に外から一人の男が走ってきた。

 リゲルとカヨに詰め寄り、かなり慌てて話す。


「ああ、リゲルさん! 助けて下さい! 」

「どうしたんですか?」

「すぐそこの森で魔物に襲われて! 何とか追い払ったんですが仲間が重症なんです!」


 リゲルの顔見知りが緊急事態のようだ。

 夜になれば危険度ももっと上がるだろう。幸い、まだ日がある。


「大変だ! カヨさんも手伝って貰えますか?」

「わかりました!」


 そう言って三人は街の外に走って行った。


 僕はポツンと木の影に残された。


「また魔物が襲ってくるかもしれない。仕方ない、僕も付いて行こう」


 独り言を呟き、スニーキングという名のストーキングを再開した。

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