第021話 師弟
次の日、僕はニールと共に狩り出かけていた。
ニール自身、迷宮に潜らない日はギルドからの依頼で狩猟を行なっているようだ。
僕はそれに随伴する形になる。
「足跡をたどるのは簡単だけど、折れてる枝や剥けたコケで獲物を辿るのも重要だ」
「なるほど」
「よく見ると、ここに少しだけ毛が引っかかってる。最近通った証拠になる」
「なるほど」
正直、知らない知識が多すぎて「なるほど」以外の感想がでないの現状。
僕はなるほどを言う機械になっていた。
ニールが立ち止まり、姿勢を低くする。
少し離れた場所でイノシシを見つけたようだ。
「いいかジン、スニーキングの基本は音を消す事と視界に入らない事だ」
「音は魔法で消すんじゃないんですか?」
「サイレントムーブか。あれは急いでる時に使うもんだ、迷宮はともかく森ではあまり使わない」
「へぇ……ちなみ視界に入らないというのは?」
「そこで見てれば分かるよ」
そう言ってニールは足音を消して大胆にイノシシに近づいていった。
イノシシが振り向きそうなタイミングになると近くの物陰に移動。完全に振り向いたら隠れる。
それを繰り返し、あっという間にイノシシの背後を取った。
彼は流れるような動作で弓矢を構え、放つ。
矢は脳天を貫いて一撃で絶命させた。
流石、手慣れたものだった。
…………
僕らは仕留めたイノシシを川まで引きずってナタで捌いている。
ちょっとエグいし、生くさいしキツかった。
「なんでイノシシにバレなかったか分かる?」
「んー、振り向くのに合わせて隠れたからですか?」
「はい、30点」
何点満点中30点なんだろうか?
やはり100点?
「えー?」
「それは当たり前」
「あとは何ですか?」
ニールは得意げに指を振りながら答えた。
「ルートだよルート」
「あ、なるほど」
出ました、なるほど。
でもなるほど以外の言葉が出てこない。
「まずは周囲の地形を確認してルートを考える。獲物が振り向きそうになった時、いつでも物陰に隠れられる位置取りをするんだ。どうしても開けた場所を突っ切る場合はサイレントムーブ……魔法だな」
「ほうほう」
勉強になる。
まずは動く前の段取りからという事か。
…………
捌いたイノシシは川の中に沈める。帰りに回収する算段だ。
歩き回って色々な獣にスニーキングを試してみるも、ニールのようには行かなかった。
まず足音と葉の擦れる音を殺して歩くのが思ったより難しい。
これは修行が必要だ。
ルートも相手の動きに合わせて柔軟に変更しなければならない。
グズグズしてると距離を離されるから、時には大胆に距離を詰める必要がある。
ちなみにバレた場合、ニールが矢で仕留めてくれた。
夕刻になり今日は切り上げとなった。
イノシシ二頭と良く分からない山鳥を五羽、兎二羽を担いで森を出る。
裁いたイノシシを荷台に乗せて街へ帰る。
やってる事は完全に猟師だ。
ギルドの食肉担当に売って清算した。
ほぼ半日狩りをして稼ぎは迷宮探索の1/10程度だった。
危険が少ないとはいえ、狩猟だけで生活するのが厳しいものがあると感じる。
その後、ニールと世話話をしながら夕食をとった。
「師匠はセイナと付き合ってるんですか?」
「唐突に……まあ隠す事でもないか。長い付き合いだし自然とそんな感じだよ」
「そこで聞きたいのですが……」
僕は先日のカヨとの会話を思い出し、ちょっと相談しようかと考えた。
だが僕とカヨの関係は姫と下僕という設定にしている。
ぐぬぬ、どう話を切り出そうか……
いい案が思い浮かばないまま、口を開いてしまった。
「もし仮にセイナを怒らせてしまい、ナイフ持って襲ってきた場合、どうしますか?」
……我ながらなんて下手な質問だ。
しかも失礼である。
「お前なんて事を聞いてくるんだよ……」
「す、すいません」
「まあ、前にそんな事もあったな」
あったんだ。
「……えぇ? その時、どうしたんですか?」
「そのまま腕を刺された」
「えぇ!?」
さらに刺されたんだ……
セイナも脅しじゃなくて行っちゃう子なんだ……
どうしよう、怖い。
「刺されながらも、俺は謝ったよ」
「刺された方が謝るんですか?」
「なんつーかな、好きな女になら殺されてもいい。男ならそれくらいの度量が無いとな」
男らしいと思うけど、それはどうなのかなぁ?
あまり同意できない話だ。
僕が納得してない様子で首を捻ると、ニールが話を続けた。
「例えばだ、好きな女が危ない! こんな時は命を張るだろ?」
「まあ、それは分かります」
「結局はそれと一緒だ。その女の為に自分の命を使えるかどうかって事よ」
「それ、一緒なんですかねぇ……?」
「ま、ジンもそのうち分かるさ」
そう言ってニールは盃を空けた。
僕にはやはり酔狂な人間にしか見えない。
「うーん……?」
「それにな、ナイフ持ち出すほど怒らせたんだ。大体は自分が悪い」
「あ、なるほど」
出ました、なるほど。
しかし何をやってナイフを持ち出されたんだろうか?
ちょっと怖くて聞けない。
「だが刺されても好きだって言えるなら男を見せるチャンスでもある。 そこで別れ話をするなら、二人はそれまでだったという事だ」
「そういうもんなんですかね?」
僕とカヨの関係は、やはりそれまでだったという事なんだろうか。
それまでと言われるとモヤモヤしてしまう。
「いずれにせよ、そこまで行ったなら好きなら好き、嫌いなら嫌い。ハッキリしないとな」
「……」
「変にやさしい言葉で取り繕って生殺しとか、それこそ刺されても文句を言えない」
あらやだ、まるで僕とカヨの口論を見てきたかのような口ぶりではないですか。
僕としては本心を偽りなく言ったつもりなんだけどなぁ……
…………
翌日もニールと一緒に街の西の森に入った。
今日は森の魔物を狩るらしいので、武器防具一式を身に付けて行った。
「今日はウェアウルフっていう魔物を駆除する予定だ。そんな強くないが群れに囲まれると厄介になる」
「つまり、先に見つけて端からやってくんですね。いつも通りですが」
「その通り。いつも通りが大事だ」
森の中をしばらく歩くと異様な大きさの狼が5匹ほどたむろしていた。何かの肉を貪っているようだ。
「チャンスだな、右から順番に行くぞ」
僕は無言で頷き、弓矢を構える。
シュ!っという音と共に頭部に矢が刺さった。
今の僕でも落ち着いて狙えば20mくらいなら割と狙った場所に刺さる。
2射した所で弓を投げ、おニューの刀剣2号、「太刀」を抜いた。
刀身が長い分、鞘から抜きにくいと感じるが、この辺も慣れだろう。
僕とニールの矢で既に三匹のウェアウルフはまともに動けないようだ。
無傷の二匹がこちらに牙を向いて走ってきた。
その魔物に対して太刀持って正眼に構える。
ヤバい、刀がカッコいい。
構える僕もきっとカッコいい。
そんな風に自分に酔ってきた。
ウェアウルフは姿勢が低いので、一歩下がり間合い調整して斬り上げで対応した。
顎に入った切っ先が簡単に顔面を綺麗に割る。
刀剣1号とは明らかに斬れ味が違う。
刀を振り上げながら体を右に流し、次の魔物を横一文字で斬り裂いた。
これで全滅だ。
見様見真似で血振りをやってポーズとって決め台詞を言ってみた。
「つまらぬものを斬ってしまった」
「何言ってんだ?」
師匠からツッコミを頂いた。
…………
僕らは特に危なげも無く、群を四つほど全滅させた。
あたりが薄暗くなったので今日はこれで引き上げになる。
一度ウェアウルフ相手にスニーキングを試みたが、やはりうまく行かなかった。
考えてみれば当たり前だが、どうも風上から行ったのがダメらしい。
ニールはそれを黙っていて、僕が囲まれるのを眺めて笑っていた。
なんて奴だ。早く女に刺されろ。
ついでに足音を消す魔法、サイレントムーブも教えてもらった。
簡単な魔法で僕でも出来たが、僕の魔力では効果時間が3秒位しかなくて実践で使うのは限定的だと思う。
あと太刀を振るってみて分かる事は、腕がやたら疲れるという事。
単純に重いだけではなく、重心が奥にあるので振る力やコツが必要だ。
僕が使える小技もワンテンポ以上遅くなっている。
今までの感覚で振ると痛い目に合いそうだ。
暇を見つけて素振りをしようと思う。
…………
街に戻ると遠くにカヨが見えた。
知らない男と話をしているようだが、暗がりで顔はハッキリとは見えない。
何となくだけど、長身でイケメンの雰囲気がするな。
ニールもそれに気が付いたようだ。
「ん? あれはカヨか」
「そうみたいですね」
「セイナのとこの手伝いをやってるって言ってたな」
「セイナのとこ?」
「診療所だよ。 カヨは治癒魔法も使えるだろ?」
おお、この世界は治癒魔法で医者いらずなのだろうか?
確かに大怪我してもすぐ治ったし。
「へぇ……」
という事は、あの男は診療所で知り合った患者だか同僚という感じだろうか?
親しげに話をしてるように見える。
僕はそれをじっと見つめていた。
「あの男が気になるか?」
「え、ええ、そうですね、下僕として」
「ふーん……下僕として、ねぇ?」
ニールはニヤニヤしながら聞いてきた。
師匠、今、下世話な事を考えてるでしょ?
…………
翌朝、宿の廊下でカヨとすれ違った。
今日はギルドの合同訓練がある日だ。 僕だって彼女とギスギスしたい訳では無い。
もし暇なら後で一緒に食事でもすれば機嫌を治して貰えるだろうか?
「おはよう、これから……」
「話しかけないで」
そんな僕の甘い考えを知ってから知らずか、かなりの塩対応。
彼女は目も合わせずピシャリと一言。怒っているというよりは、酷く冷たい感じだった。
固まってる僕を余所に「邪魔」と言って部屋に戻っていった。
ここまで嫌われてしまうとは……
確かに僕からフったような流れだったけどさ……はぁ……
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