第020話 攻略方法

 部屋に朝日が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてきた。

 意識が覚醒してゆっくりと目を開ける。


 右腕に重みを感じる。


 隣には幼馴染の少女がいた。

 僕の肩を枕にして天使のような寝顔で眠っている。


 寝顔、可愛いなぁ。


 夜は焦りに焦って、まともな事を考えれなかった。

 気絶してそのまま一度寝た分、今の思考はクリアになっている。



 ぱっと見は、いわゆる『朝チュン』なんだが過去最悪の目覚めを体感していた。


 何しろ夜に掛けられた魔法の効果が抜けてなくて、首より下は全く動かせない。

 胸の違和感が消えたので【呪い】は収まったと思う。


 つまり、こんな状態で彼女が正気に戻るという事だろう。


 どうすればいいんだ?

 神様教えてくれ。


 あ、こんな事になったのは神様のせいか。

 くたばれ神様。


 そんな事を考えていると彼女がモゾモゾと動き、目を開けた。


「……う……ん?」

「おはよう」

「……?」


 勤めて平静を装って挨拶をした。

 カヨは状況を理解してないようだった。


「夜の事、覚えてる?」

「あれ? ……あれェ!?」


 彼女は血相を変えてガバっ!とベッドの上に立ち上がった。


 盛大に毛布がめくれる。

 朝の生理現象で息子さんはテントを張っていた。

 悲しい事に隠すこともできない。

 僕は男らしく大の字に寝ている。


 カヨは頭を押さえ、青い顔で考え込んだ。


 ドゴッ!


 僕の腹に一発、下段突きがねじ込まれる。


「ォッフ!?」


 彼女は困惑した表情でゆっくりと口を開いた。


「私たち……ヤったの?」

「いや! ヤってない! お互い服を着てるだろ!」


 追撃を避けるため、全力で否定した。

 僕らはキスすらしてない健全な関係のはずだ。


「そもそも……昨日かけられたマインドサプレッションとかいう魔法でまだ動けない」

「そ、そうなの……?」


 彼女は焦点が定まらぬ目をしながら、僕の頭に手を当てた。

 抑圧された精神が解放され、体が動かせるようになった。


 僕は起き上がりベッドの上で胡座をかいた。


 沈黙が流れる。


 どういう状況なんだコレ。


 ……


「極限の小! 極限の大! 理の果てに跳躍せよ! クアンタマイズ!」

「うお!?」


 突然カヨは魔法を唱えた。

 例の壁をすり抜ける魔法だ。

 非常にダイナミックに退室していく。


「今日は……話しかけないで」


 彼女は去り際にそう言い残した。







 僕は一日かけてスキルブックを読破した。

 読破しながら今後の事を考え整理した。

 徹夜で。



 …………



 次の日、朝一で僕はカヨの部屋をノックした。


 ーーーコンコン


「ジンだけど」


 ガチャリと扉が開いてカヨが部屋から出てきた。

 あまり寝ていないのか、ゲッソリとした顔をしている。

 多分、僕も似たような顔をしていると思う。


「……入って」

「いいのか?」

「……もう気にするような仲じゃないでしょ」


 若干、自棄になっていらっしゃるようだった。

 言われるがまま、彼女の部屋に入る。


 備え付けの椅子に座り、僕はすぐに口を開いた。


「まず、昨日カヨの様子がおかしかったのは僕の呪いのせいだと思う」

「ジンの呪い?」

「そう、僕を愛する者の人間性を狂わせるってやつ」

「……!」


 それを聞いたカヨは立ち上がり激昂した。今にも殴りかかりそうな雰囲気だった。


「なんでアンタの呪いで私が狂うのよ!?」



 手を上げて降参のポーズをとり、取り敢えず謝る。

 僕が悪いわけじゃないけど。

 怒りはごもっともだが、クレームは神様に言ってほしい。


「ご、ごめん! でも話を最後まで聞いてくれ! 頼む!」


 睨みつけながらも、彼女は椅子に座った。


「昨日分かったけど、この呪いでカヨが狂うとしても、それで殺されるのは間違いなく僕だ。あんな不意打ちを食らうとどうしようもない。動けない状態で簡単に死ぬと思う」

「……」

「……だからもう、別々に行動しようと思った」

「え?」


 彼女の顔が途端に曇る。

 僕にとっては少し意外な反応だったが、話を続ける。


「昨日の夜、呪われた時にどういう気分だった?」

「どういうって……」


 彼女は言葉に詰まり、目が泳いでいる。

 少し気まずそうに、言葉を選びながら口を開いた。


「よく分からないけど……ジンの苦しんでる顔が見たいと思って、抑えが効かなくなった」


 彼女は俯いてこちらを見なかった。


「意識はハッキリしてて、魔法で動けないあなたを見て……何というか……凄く気分が良かった……」

「カヨが悪い訳じゃないけど、昨日みたいな事が続くと、僕はそのうち死ぬと思う」

「そっか……」


 カヨは力なく返事をした。

 今にも泣きそうな表情をしている。


「ねえ……私はこんな世界を一人で旅するの?」

「いや、そうじゃなくて……」

「ジンはいいよ、その生き残る加護だかで一人でも旅が出来るでしょ!」

「落ち着けって」

「あなたは強い魔物だって一人で倒せる! 私は無理だ! 魔物でも不幸が来る呪いでも簡単に死んじゃう!」

「最後まで話を聞け!」


 興奮するカヨに釣られ、思わず怒鳴ってしまった。

 ビクッとする彼女。目からポロポロと涙が流れている。

 僕としては泣くほど別行動を嫌がってるのが意外だった。自分の言動で泣かせてしまった事に、後ろめたい気持ちが湧いてくる。


 一度深呼吸をして、自分の気持ちを落ち着かせる。


「頼む、落ち着いてくれ。別々に行動すると問題が2つある」

「問題?」

「まず僕らの目的は元の世界に帰ること」

「……うん」

「その為には神の塔とやらに行って、神様を封印しないといけない」

「確かにフェイルの奴はそう言ってたわね」


 僕は昨日徹夜で考えた事を殴り書いたメモを取り出した。


「問題その1。カヨの不幸が訪れる呪いは、僕が近くにいないと危ない。これは僕の呪いよりも直接的に危ない」

「……そうね」

「問題その2。そもそも僕は神級封印魔法とやらが使えないから、単独では神様を封印できない」

「つまりどういう事?」

「お互い、一緒に行動しなければならない理由があるって事」

「……じゃあどうすんのよ?」


 カヨは若干呆れたような顔をした。

 確かにこれでは何も変わらない。


「そこで僕の呪いを攻略する方法を考えたんだ」

「攻略? 解除じゃなくて?」

「そりゃ解除できればいいけど、やり方を知らない。だから攻略」

「そう……それでどう攻略するの?」


 僕は出来る限り真顔を作って言った。

 正直、自分でも突拍子も無い事だと思ってるから。


「カヨの中にある僕の好感度を下げる」


「……は? 何それ?」


 凄く分かる。僕も何を言ってるかよく分からない。


「簡単に言うと、カヨに嫌がらせをして愛されないようにする」

「……」

「そう、パンツ見たり、風呂覗いたり、煽ったりして嫌がらせをしながら旅をする」

「……待って」


「だけど、カヨの反撃で死なないかつ愛想尽かされないギリギリのラインを見極めて、嫌がらせをしないといけない。 これは非常にシビアな駆け引きを要求され……」


「待てっつってんだろ!」


 彼女はドン!とテーブルを強く叩いて威嚇してきた。


「さっきから思ったけど、あなたの呪いの条件って何?」

「……僕を愛している事?」

「私はあなたを愛してるの?」


 ……知らんがな。


 だが、彼女は再びテーブルを叩いて威嚇してきた。


「どうなの!?」

「うッ……なんでそれを僕に聞くんだ!?」

「じゃあ言い方を変えるわ!」


 彼女は両手でテーブルを強く叩き、立ち上がった。

 テーブルさん、そろそろ壊れそう。


「アンタは私に愛されてるとでも思ってるの!?」

「し、知らねーよ!」

「自意識過剰なんじゃ無いの!?」


 言わせておけばコイツ!

 僕もテーブルを叩いて立ち上がった。


「お前は昨日の夜にカッコいいだとか惚れたとか言ってただろうが!」

「そ、それは呪いのせいだ! アンタの汚い呪いのせいだ!」

「いいや、違うね! 本心だろ!? 自分だって分かってるんだろ!?」


 徹夜明けの妙なテンションのせいだろう。

 小学生みたいな下らない言い合いが始まってしまった。


「うっさい黙れ!」

「嫌です黙りません! 昨日の夜は激しく弄ばれちゃったわー!はぁ、貞操の危機だったわー!」

「な、な……! つき従え抑圧されろ! マインドサプレッション!」

「がぁぁ!?」


 強硬手段により、下らない言い合いは早々に終わった。


 全身の力が抜け、僕はヨロヨロと着席する。

 だんだんと抵抗する気力が奪われるのが分かる。

 それどころか呼吸すらきつい。


「がは!ッハァ!ッハァ!……」

「んー……これぐらいかしら?」


 カヨが魔力を加減しているのであろう。

 呼吸は楽になった。だが体を動かす気にはならない。


「その魔法、ほんとやめてくれ」

「それはアンタの態度次第」

「……」


 圧倒的優位に立った彼女は、笑顔で尋問を始めた。


「まず、謝ろっか。誠心誠意」

「……何に?」


 頬をぐいっつねられた。

 当然、一切抵抗できない。


「いででで!」

「私以外に謝る人がいるの?」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 誰にじゃなくて、何に対してって意味だが僕に謝る以外の選択肢は用意されていなかった。


 カヨはつねった手を離して話を続けた。


「次に、昨日の事を今後持ち出したら殺す。アンタの旅はその瞬間に終わる。絶対に終わらせる」

「……はい」


 うん、これは有限実行の香りがする。


「最後に……アンタは卑怯だ!」

「ひ、卑怯?」


 卑怯?

 どういう事だろうか?

 この話で僕は卑怯な事なんてしていないと思うが……


「そう!卑怯! 私が愛してるかどうかばかり言ってる!」


「お、おう?」


「ジンは私の事をどう思ってるの!?」


 そう言う事か。

 確かに相手の気持ちばかり探って、自分の気持ちを隠すのは卑怯だ。


 僕は正直に気持ちを伝えるべきだ。


「ごめん、カヨの言う通り僕が卑怯だった」

「……」

「正直に話す」


 彼女は神妙な面持ちでこちらを見ている。


「カヨはその……顔は可愛いというか綺麗だと思うしスタイルもいい。髪を下ろした時なんて、よくドキッとする。並んで歩いてると僕なんかにはもったいない器量の女性だと常々思ってる。これは本心だ」


 カヨの顔が一瞬で真っ赤になった。

 多分僕も顔が赤いと思う。


「ちょっと短気な面も含めて、一緒にいて楽しいし気兼ねなく話が出来るし、僕はカヨが好きだったような気がする」


 彼女の表情が少し怪訝になった。


「……だったような気がする?」

「そう。 今のカヨは簡単に僕の命を握れる。そんな状況で好きとか愛してるって言えるほど、僕は酔狂じゃない。ごめん」


 僕はありのままの本心を語った。

 命を握られて喜ぶほど、僕はドMではない。


 カヨの顔の熱が一瞬で冷めていくのが分かる。


「……あなたの気持ち、よく分かったわ」


 彼女はスッと立ち上がり、拳を握った。

 ……何故拳を握るのだろうか?


「嫌いなら嫌いって最初から言え!」

「ちがッ……!」


 ドゴ!


 反論する間もなく、無防備な顔面に右ストレートを食らう。無様に椅子から転げ落ちた。

 それと同時にマインドサプレッションの効果が切れ、体を動かせるようになる。


 視界がチカチカする。

 僕は顔を押さえながらヨロヨロと立ち上がった。

 そこに彼女はまくし立てるように突き飛ばしてくる。


「帰れ! 帰れ帰れ帰れ!」

「待って、嫌いって訳じゃ……」

「うるさい! 早くどっか行け!」


 彼女はドアを開け、僕を部屋から蹴り出した。

 そして即座に締め、鍵をガチャリとかける。


「おいカヨ!」

「……」


 ドンドンとドアを叩くも無視され、その日は口を聞いてもらえなかった。



 ……好感度はガッツリ下がったようだ。

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