第016話 北壁の迷宮 その3

 …………村雲カヨの視点



 赤い猿のような魔物は、これまで出てきた魔物よりも明らかに強いと分かった。



 火力を上げるために、私は魔力を高めて攻撃魔法を詠唱する。

 目を瞑り、手のひらに意識を集中させて。


 だが、その結果……猿の投げた大岩に、全く反応できていなかった。


 あんな距離から岩を投げてくると思っていなかったのもあるし、

 心に何処かで慢心していたと思う。


 これまでの魔物は全部、攻撃魔法一撃で倒せていた。

 だからこの魔物も、私が魔法を使えば楽勝なんじゃないかと油断していた。


 岩の大きさと飛んでくる速度から、当たれば多分死ぬ。

 咄嗟の事で足が動かない。避けれないし魔法も間に合わない。


 後悔する間も無かった。


 でも他のみんなは違った。

 ジンはすぐに動いて、私をかなりきつく突き飛ばす。

 胸が結構痛かったけど、仕方ない。


「硬く重く強き盾よ!ディバインシールド!」


 ディバインシールドは極短時間だけ防具を強化する防御魔法。

 フリッツは驚くほど素早く詠唱し、薄っすらと光を纏う盾を構える。

 そしてジンを除く三人を守る形で、前に飛び出していた。


 ニールは弓を投げて素早くフリッツを後ろから支える。普段から練習しているのだろう、流れるような動きだった。


 ドゴッ!!!


 大岩が盾を直撃した。ガラスのようにディバインシールドが砕ける。

 盾は大きくへしゃげ、大岩を止めながらもフリッツは吹き飛ばされた。

 ニールも支えきれずに仰向けになって転がった。


 直後、天井が崩落してニールが瓦礫に埋まってしまった。


 一瞬の出来事だった。

 私はただ、突っ立っていて、突き飛ばされただけ……。


 一方、ジンは私を突き飛ばした反動で大広間に入りながら、岩を避けたようだ。

 しかし、投げられた岩は出入り口を塞ぎ、天井も崩れて完全に埋まってしまった。

 彼だけが大広間に取り残される形になった。


「おいカヨ! 大丈夫か!」


 瓦礫の向こうからジンの声が聞こえてきた。


「フリッツとニールが……それよりジンは!?」

「ああ! 怪我は無い!」


 返事が来て安堵したのも束の間、後ろを見ると左腕に大きな怪我をして立ち上がれないフリッツ。

 胸まで瓦礫の下敷きになったニールは口から血を吐いていた。

 私の思考は完全に止まっていたと思う。


「カヨ! フリッツに治癒魔法を! 私はニールに!」


 セイナの声で我に返り、言われるがままフリッツに駆け寄った。


「「癒しの風!命の水!魂の灯火!癒しを求め傷つく者よ!慈悲と慈愛の声を聞け!静寂なる安寧をここに!ハイヒーリング!」」


 私はフリッツに、セイナはニールに対して、

 二人はほぼ同時に治癒の上級魔法を唱える。


 フリッツの虚ろな目はみるみると活気を取り戻し、あらぬ方向に曲がっていた左手は徐々に形が整っていく。


「オオオオオオォォォォ!!!!」


 直後、大広間から大声が聞こえる。明らかにジンの声では無い。

 ラージエイプの声だ。


 その後、ドン!ドン!と地面を揺らす音が響く。

 ジンは一人であの化物じみた力を持つ魔物と戦っている。

 彼は私を庇った為に窮地に陥っている。


 その事実が胸に刺さり、集中は乱れに乱れる。

 結果、治癒の魔法は中断されて効果を失った。


 焦ってもう一度唱えようとした時、フリッツに制止される。


「大丈夫だ。俺はもう動ける。それよりも瓦礫をどけてニールを助けるぞ」

「わ、わかった!」


 小さい傷は残っているが、フリッツは動けるようになっていた。

 彼は素早く立ち上がりニールの方に向かった。


 セイナは目を瞑り治癒魔法を続けている。額からは汗がとめどなく流れている。

 ニールも息が荒く、苦悶の表情を浮かべていた。

 このままでは間違いなく潰されて死んでしまう。


「胸の瓦礫をどけるぞ!」


 私とフリッツはニールの胸を潰している瓦礫に手をかける。が、ビクともしない。


「何より強く!内なる力を解放せよ!パワーゲイン!」


 フリッツは続けて、力を上昇させる補助魔法を唱えた。

 それを見て私も同様にパワーゲインを唱える。

 初めて使った補助魔法だが、全身に力が湧き上がるのが分かる。


 ニールを潰していた胸の岩が何とか動いた。


 ただ、その時……


「オオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!」


 先程よりも一際大きい咆哮が薄暗い迷宮に響く。


「・・ハ、アー……!」


 そしてジンの悲鳴にも似た声が届いてきた。


 動揺が走る。

 だが岩を持つ力を緩める訳にはいけない。

 多分、私は今、泣いていると思う。薄っすらと視界が滲んでいた。


 何とか胸の瓦礫を取り除くことが出来た。

 ニールは幾分楽になったようだった。


「ギャーーギャーーー!!!」


 今度は耳障りな猿の叫びが聞こえてくるようになった。

「まだ生きている。まだ戦っている」そう自分に言い聞かせて次の瓦礫に手をかけた。


「イッテェ!」

「ジン!?」


 彼の悲痛な声が聞こえてきた。

 咄嗟に名前を呼ぶが返事はない。


 ドゴ!ドゴ!と地を叩く音が響き猿はギャーギャーと喚いている。


 私とフリッツは不快な音に堪えながら、ニールの腰を潰している瓦礫を退けた。

 その間もずっとセイナは治癒魔法をかけ続けている。


 ただ、ニールの左脚はどけれそうにない大きさ大岩の下敷きなっていた。


「……ファイアーボルト!」


 その大岩の向こうからジンが魔法を使っている声が聞こえた。


「なんでジンが魔法を……!?」


 彼の魔法は弱い。 魔法を使うくらいなら剣で斬りつけた方がよほど強い。

 剣が折れてしまったのか、もう動けなくて最後の抵抗をしているのか。

 嫌な想像が私の中を埋め尽くし、涙がポロポロと流れてた。


「カヨ、もう大丈夫だ。戦えるなら瓦礫を魔法で吹き飛ばしてくれ」


 ニールは力なく口を開く。

 私は涙を拭いて無言で頷いた。


「これを……」


 そして彼は腰にあったショートソードを渡してきた。

 かなり魔気を使ってしまったので、消費の大きい魔剣創造は多分使えない。


 私はショートソードを受け取り、目を瞑り集中した。


「 風よりも速い体を!鎖を断ち切れ! アジリティーゲイン!」


 自身の素早さを向上させる補助魔法を使う。

 そして左手を向けて全力で攻撃魔法を唱えた。


「旋風よ! 吹き飛ばせ! ウインドボルト!」


 轟音と共に大岩も瓦礫も全て吹き飛ばす。


 視界には先程の大広間が広がった。

 床にはおびただしい量の血が飛び散っている。

 その中でジンは倒れていた。


 私は無心で駆けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る