第015話 北壁の迷宮 その2

  程なくしてニールがパーティーを止めてフリッツの方を向いた。


「まずいな」

「やっぱり溜まってるか?」

「ああ、相当な」


 この先に何かいるのだろう。

 耳を澄ますと、微かにガヤガヤと音が聞こえてきた。


「この先は大広間になって下層につながっているが、魔物がたむろする事が多いんだ。音からして20匹は居ると思う」

「20か……」

「どうする?」


 フリッツもニールも腕を組んで悩んでいる。


「前はニールの弓で一匹ずつ釣って処理しようしたんですが、途中でバレてしまい大変な事に……」

「ああ、あの時は上層まで追い回されて命からがら逃げたな……」

「私のプロテクションウォールもすぐ壊れてしまいましたからね……」


  プロテクションウォールは侵入を防ぐ防御魔法だ。狭い通路で使えば有効だが、ある程度強い魔物は破壊してくる。


「強いパーティーはこういう場合、どうやって突破するんですか?」

「うーん、それぞれでガチンコして個々に撃破するのがスタンダードで、出来ないならすごく強力な魔法で薙ぎ払うか、毒を投げ込んで逃げるか」


 僕は嫌な予感がした。そしてカヨの方を見る。

 彼女は満面の笑みで口を開いた。


「魔法で薙ぎ払うなら簡単ね」

「カヨ姫、そんな軽々しく……」

「黙れヘタレ」

「うっ……」


 少し立ち直ろうとしていた僕の心は、カヨのヘタレという言葉に深くえぐられ、再び萎えていた。


「確かに、カヨの魔法ならある程度なら数を減らせるでしょう」

「そうだな……じゃあこうしよう、矢と魔法で先制して10匹以上残ってたら撤退。それ以下なら殲滅」

「まあ10匹なら下がりながら戦えばいけると思うけどね」

「その大広間の大きさってどのくらい? 魔法の規模を調整するから……」


 四人は作戦会議をしていた。

 その間、僕は心の傷を癒していた。



 …………・



 会話を右から左に流して心を取り戻したころ、他のメンバーは突入の準備をしていた。


「おい、さっさと行くぞヘタレ」


 再び心を抉られる。


 ニールを先頭に音を立てずゆっくりと入り口の裏に張り付く。

 中を覗くと大広間は50m四方ほどある場所で、天井も高い。


 魔物は見えるだけで20匹以上は確実存在している。下層の魔物だろうか? まだ見たことのない魔物もいた。


 カヨはセイナに杖を差し出した。


「セイナ、ちょっと持ってて」

「杖はいらないんですか?」

「うん、全力で行くから」


 セイナは渡された杖を見て驚く。


「これ、制魔の杖じゃ……」

「何それ?」


 ニールはこの杖を見た事がないようだ。


「魔法を操作しやすくなる代わりに、魔気の消費と威力が落ちる訓練用の杖です……」

「じゃあ威力抑えてもあの火力を出してたのか」


 僕はそんなやり取りを見ながら思う、もうどうにでもなーれ。


 カヨは大広間の入り口に立ち、両手を前に出す。

 いつもは片手で構えて即座に詠唱するのだが、珍しく一旦集中し、その後詠唱を始めた。


 普段よりも気合が入っているようだ。

 僕はすごく嫌な予感がした。


「疾風よ!鎌鼬のごとく切り裂き薙ぎ払え!……ゲイルスラッシュ!」


 風の中級魔法ゲイルスラッシュ。鋭い旋風で比較的広い範囲を切り裂く、風の魔法だ。

 少なくとも僕のスキルブックにはそう紹介してあった。


  詠唱完了と共に彼女の両手の先に歪んだ空間が現れる。そこから水平放射状に高速で白い線が広がった。

  白い線が走った後に暴風が吹き荒れ、上下で分断された無数の魔物が吹き飛んでいった。爆音が大広間にこだまする。


  カヨの放ったゲイルスラッシュはしっかりと大広間の端まで届いて爪痕を残す。奥の石壁は横一文字に深く削れ、衝撃で大きく崩落してしまい煙をあげる。

 当然、部屋にいた魔物は全て切り裂かれて吹き飛んでいた。


 襲ってくるであろう魔物を警戒していたフリッツは、盾を下ろした。

 弓を引き絞っていたニールは、狙っていた魔物が全て吹き飛んでしまったので弓を下ろした。

 撤退時にプロテクションウォールを展開するために構えていたセイナは、自分の杖を落としてしまった。


 カヨは両手を前に出したまま渋い顔をして硬直している。

 やっちゃったって顔だった。


 僕はカヨの横に立って肩に手を置く。



「……やりすぎ」

「……そのようね」

「そのようね、じゃねぇよ! 崩落して階段埋まってるじゃねぇか!」


 僕は指をさした。

 下へ続く階段の手すりらしきものが岩の下敷きになっている。


「あとで瓦礫を吹き飛ばすから問題無いわ」

「おお? 吹き飛ばしてまた崩落させるんですか? 今度は床ですか? 天井ですか?」

「この迷宮が脆いのよ!」

「脆い!? この馬鹿げた威力の魔法を撃ち込んで!? ああ……! 迷宮の壁さんが凄くかわいそう!  壁さんごめんなさいウチの魔法少女が、おぉッ!?」

「ハッ!」


  カヨは僕の右腕を掴んで綺麗に背負い投げを決めた。

  魔法少女の決め技の一つ、一本背負いだ。

  加護の力でも投げ技を「避けること」は出来ないようで、僕は手足で受け身を取って仰向けになった。


 思ったより弱点あるな、この加護。


「いってぇ!おまえ……」


  彼女は手をパンパンと払い、口をツーンと尖らせていた。

 投げ捨てられた僕は納得いかない。が、仰向けで彼女を見上げたらスカートのスリットから白いものが見えた。

 

 そのまま僕は何も言わず、五秒ほど白いものを凝視した。

 

  ビクッと視線気付くカヨ。


「ちょっ!」


 彼女は股を閉じでスカートを押さえた。




「グオオオオオォォォォ!!!」


 突如、叫び声が上がる。

 下層へ行く階段を塞いでいた岩がゴロゴロと転がった。


「ほらカヨ姫、下層の人達はお怒りのようですよ」

「誤魔化さないで!アンタいまパンツ見たでしょ!」

「はあ? 証拠が無いですね」


 ズン!ズン!と足音と共に階段から体長2メートルを超える大きな赤毛の猿が出てきた。目も赤く血走って、体の所々に怪我をしていた。

 恐らくカヨの魔法か崩落にまきこまれたのだろう。


「カヨ姫、彼が岩をどけてくれたから、お礼言いに行きましょう」

「その仕事は下僕に任せるわ。彼、機嫌悪そうだし」

「おい! ふざけてる場合じゃないぞ! 武器を構えろ!」


  フリッツが一喝する。僕は慌てて立ち上がり剣を抜いた。


「あれは最下層にいるラージエイプだな……でもあの毛の色はおかしい」

「そうですね、普通は灰色のはず。それに明らかに大きい」


 ニールとセイナも真剣な面持ちで武器を構えている。


 シュッ!


 ニールが矢を放つも猿……ラージエイプに掴んで止められた。

 そして不機嫌そうにベキベキと矢を握りつぶす。

 ニールは驚きながらも二射目を放つも同様に掴み取られた。


 高速で飛来する矢を掴み取る程の反射神経と素早さ。

 今までにない強者の風格に僕はビビっていた。

 まだラージエイプとは距離があるから、逃げの一手でもいいような気がする。


「これ、逃げた方がいいですか?」

「無理だ。ラージエイプは人よりも遥かに速い」


 そう答えたフリッツは額から汗を流す。ニールもセイナも汗が吹き出ていた。


 カヨは僕を見て頷き、右手を前に出し詠唱を始めた。


「火炎よ! 焼き払……」

「ッ……!?」


 彼女の詠唱が終わる前に、ラージエイプは近くにあった大岩を投げつけてきた。


 これは直撃すればまず助からない!


 僕は詠唱の途中だったカヨは突き飛ばした。

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