第014話 北壁の迷宮

  迷宮に入ると少し下り階段があり、そのあと石畳の廊下が続いていた。通路は幅5m、高さ3mはありかなり広い。


  薄暗い中をランタンが照らす。

  光源は6つ、それぞれの腰には周囲を照らす魔道具のランタン。先頭を歩くニールは手持ちで前方を照らす懐中電灯のような魔道具を持っている。

  すぐ後ろには僕がマップを持って歩く。


「この迷宮は下層まで踏破されてるからマップのとおりに進めば問題ないよ。この曲がり角は右だ」


  ニールはそう言いながらマッピングを教えて前に進む。


  ニールが曲がり角に身を寄せて、皆を止める。角の先を手鏡で覗き見て通路の先を確認している。

  彼の手がグーパーグーパーと開いたり閉じたりする。敵がいる合図だった。


「ジン、この先にジャイアントキャタピラっていう、デカいイモムシが二匹いる。弓で先制しよう」

「もし外したら?」

「外しても当たっても剣を抜いて戦う。弱い魔物だから蹴り飛ばしても倒せるけどね」


  僕は頷いて矢を手に取りリュックを下ろした。


  ゆっくりと静かに曲がり角から体を出して弓を構える。

  その先、7〜8m先にデカいイモムシがいた。体長1mくらいで毒々しい紫色と黒のまだら模様をしている。


  イモムシはこちらに気づいた様子はない。


  僕は深く息を吐く。吐きながら弓を引きしぼり、矢を放った。

  シュッという鋭い音がして手前にいるイモムシの側面に突き刺さった。


「ギュイイイイ!?」


  矢が刺さったイモムシはのたうち回りながらも矢を放った敵を認識して突進してきた。


「ギュイ!!」


 もう一匹のイモムシもこちらに向き直っている。


 シュッ!


  横から矢が飛んだ。ニールが即座に後ろから矢を放ったのだ。

  左側のイモムシの頭部ど真ん中に矢が深々と刺さる。

  そのイモムシは体を丸めてビクビクとしたのち、ほとんど動かなくなった。


  僕は短弓を放り投げて抜剣した。

  矢が刺さっているのもあり、イモムシの突進は遅い。

  突進を避けながらすれ違いざまに横薙ぎを入れて切り裂いた。

 

  切られたイモムシは体液を残して白いモヤのように消えていく。

  ニールの矢で射抜かれた方も同様に消えていった。

  中心には小粒の赤い魔石が残されている。

  巨大クロクマの1/10もない大きさだった。


「ふぅ……」


 緊張から解放されて息を吐く。


「お疲れさん。楽勝だっただろ?」

「ええ、緊張したけど……難しくはなかったですね」


  ニールは笑いながらジンの肩を叩く。 魔石を拾ってセイナに向けて投げた。


「あ、魔石はセイナに渡しといて。前衛だと落としちゃうからね」

「わかりました」


  ジンも落ちている魔石をセイナに渡した。


「お疲れ様。怪我は無いようですね」

「ええ、大丈夫です」


  彼女は天使のような優しい笑顔で気遣う声をかける。

  僕はこれだけでパーティーに入ってよかったと思った。


  セイナの横には、整った顔立ちに強気な瞳をした、長いポニーテルの少女がいた。


 ただし、クッソ暇そうな顔をしている。


「カヨ姫、なんかこう、下僕にかける言葉はありませんか?」

「はいはい、ご苦労様」

「……」


 ご機嫌斜めのようである。


「……どうした?」

「別に、暇なだけよ」

「左様でございますか……」



 …………・



  その後、イモムシやネズミやコウモリ等が魔物が出てきたが、弓の練習台にして倒していく。

  不安定な馬車と違って動いていない敵に対してはほぼ当てることは出来る。


「いやほんとジンはセンスあるな」

「そうですか?」

「多分集中力があるんだろうね。この調子なら中層で使っても問題ないよ」


  ニールにお墨付きをもらっていた。

  一時間ほど歩いて魔物を12匹倒したところで、降り階段に差し掛かった。


 フリッツは皆を止めて戦術の説明をする。


「さて、ここから中層になる。弓で先制したら俺が先に前に出て戦う。ジンは後ろから付いてきてくれ。魔物が複数出た場合は俺がなるべく多くの敵を足止めしてる間に、ジンは各個撃破だ」


 続いてニールはカヨに確認をした。


「カヨは昨日の説明通り、状況を見てジンが戦ってる相手に攻撃魔法を。俺は先制したら下がって全体をフォローするように立ち回る。後は……」

「ニールとセイナとなるべく離れないように立ち回るのよね」

「そうそう、カヨは剣も使えるけど、俺とセイナだけじゃ後ろから来た敵の対処が厳しいからね」


  バックアタック警戒して前衛2後衛3の構成取っていた。


「慣れるまでは援護で撃つなら水か風の魔法がいい。間違えて当たっても大事にはならないから」


  ニールからありがたいアドバイスをいただく。確かに火の魔法は文字通り当たった時の火力が違う。


「いやカヨの場合は下級の水でも風でも魔法でも余裕で死ぬ威力あるから加減して……」

「大丈夫よ。当たらないから」


  カヨはジンの言葉を遮った。遮った上に言い切った。


「本当に?」

「ええ、私はあなたを信じてるから」

「なんで自分じゃなくて僕を信じてるんですかね?」

「うっさい黙れ」


 そんなやり取りを見てセイナはクスクス笑っていた。


「お互いに信頼しあって、本当に仲がいいんですね」


  なぜそのように見えたのか、僕には分からなかった。



 …………



  階段を降りた先の石畳は少し色濃くなっていた。上層よりも空気がひんやりとしている。


 少し歩いて先頭を歩くニールがパーティーを止めた。


「先にワーウルフ5匹と……恐らくオーガ1匹がいる」


  ニールの指差す方向見ると二足で立っている毛むくじゃらの狼男と身長2mを超える大きな男がいた。大男額にはツノが生えている。


「ワーウルフは鼻も目も効く。直ぐに気付かれるから即先制をかけるよ」

「わ、わかった」


  ニールは喋りながら既に弓を引き絞っていた。

 僕は慌てて矢を取ってニールに続く。

  異常を感じたのかワーウルフの一匹が臭いを嗅いで周囲を見回していた。


 シュ!


  ニールの放つ矢はその異常を感じていたワーウルフの後頭部に刺さる。


 シュ!シュ!


 ニールが2本目を射るころに僕はようやく1本目を放つ。


  ジンの矢はオーガの腕に刺さり、ニールの矢は別のワーウルフの頭部に刺さった。

  奇襲に慌てるワーウルフとオーガ。既に2匹は致命傷を受けて動けなくなっていた。


「ジン!前に出るぞ!」


  混乱に乗じてフリッツが切り込んでいった。

  フリッツが左側に走り、対してワーウルフ3匹はフリッツを囲むように動くが、ニールの矢が容赦無く飛んでくる。

  フリッツは盾を構えて無理に手出しをせず、矢で気を取られて敵にだけ斬りつけていた。


  遅れてジンが片刃の剣を構えて飛び出す。標的はオーガと呼ばれた魔物。

  オーガは腕に刺さった矢を抜き、苦痛と怒りで顔を歪ませている。


  手に持った棍棒を振り回してきた。

  ガゴン!という音と共に石床が割れた。

  力任せの縦振りを難なくかわし、隙だらけの棍棒を持つ手を斬りつけた。

 

  ただ、反射的に浅く入った刃は手首は勿論、武器を落とす程鋭く斬りつけた訳でもない。


  オーガはもう一度棍棒を振りかぶる。


  僕は内心で失敗を悟った。

  これがダリルの言っていた対人に特化した言われた剣術、つまり剣道の癖なんだと。

  魔物を相手にするにはもっと鋭く切りつける必要がある。


  ただ浅く斬りつけた分、体勢が崩れた訳でもない。一度地面を蹴って棍棒の間合いの外に出る余裕は十分にある。


「ヤバ!」


 刹那、加護の力が強烈な危機を伝えた。

 僕は横っ飛びで姿勢を低くしてオーガから距離を取る。

  棍棒の横振りに過剰とも逃亡とも取れる回避行動。

  僕は倒れている。オーガはチャンスを見出したのかもしれない。口元が緩んでいた。


  だが、僕が感じ取った危機は前方ではなく後方からだった。


「旋風よ吹き飛ばせ! ウインドボルト!」


  カヨは杖をかざして風の下級魔法を唱えた。

  歪んだ空間から空気の塊が飛んでいく。

  矢よりも速く、鋭くまっすぐ飛ぶ魔法にオーガは全く反応できずに胸に直撃を受けた。


  バチン!という大きな音と共にオーガ10m程吹き飛んで壁に叩きつけられた。

  ピクリとも動かず即死だった。


  ワーウルフは既に二匹がフリッツの剣とニール矢で死んでいた。残り一体は戦闘中に関わらず、吹き飛ぶオーガを見ていた。

 その隙にフリッツが首元を斬りつけて決着がついた。

 

  戦闘が終わり程なくして魔物が白い靄に消えていき、魔石が残る。巨大クロクマほどではないがオーガの魔石はそれなりに大きかった。ワーウルフはその半分ほどの大きさ。


 ニールは周囲を警戒して他のメンバーは矢と魔石の回収を行っていた。


「今の凄い魔法はなんだ? 初めて見るんだが」


 壁一面に残るオーガの飛び散った血を見ながらフリッツはカヨに聞いた。


「え、風の下級魔法ウインドボルトよ?」

「確かにカヨの詠唱はウインドボルトでしたが、それにしても威力が……」

「ジンがちょっと危なそうだったから、全力で撃っちゃったけど……」


 僕は詰め寄ってカヨの肩を掴んだ。小声で耳打ちする。


「頼む、本当に頼む。加減してくれ……」

「わ、わかったわよ」


 多分、僕は少し泣いていた。




「魔法の威力もすごかったですが、ジンも素晴らしい立ち回りでしたね」

「え?そうですか? 言われた通り動いただけですが……?」


 セイナに褒められた理由が分からなかった。


「魔法を撃つ前に射線からしっかり避けていたじゃないですか。 普通は合図や詠唱を聞いてから動きますからね」

  「確かに威力も凄いし発動も滅茶苦茶早いし、ジンくらい出来る奴じゃないとカヨが援護するのも危ないな」


 セイナとニールがヨイショしてきた。

 困った顔をして返事をする。


「いや、今のは完全に勘だから……その……」

「ジン!」


 泣き言をカヨが遮る


「言ったでしょ、私はあなたを信じてるって」

「おま……」


 そんなやり取りを見て三人は笑っていた。


 ……わろてる場合じゃないで?



 …………



 しばらく進むとワーウルフ、オーガの他に巨大な蛾のような魔物が現れた。

 上層のジャイアントキャタピラが羽化した姿だそうで、探索者は蛾と言っている。

 鱗粉には毒があり、頭上を飛びまわってくる恐ろしい魔物だが、動きが鈍いため遠距離手段を持っているパーティーには良いカモのようだ。


  ニールが弓矢で難なく蛾を排除した後、フリッツがオーガと対峙する。


 僕の相手はワーウルフだ。

 彼はちらりと後ろを見てカヨを睨みつける。

 分かってるんだろうな?と

 彼女は腕を組み、ニヤニヤしながら顎でクイっと無言で指図する。

 さっさと行けと。


 正直、僕は行きたくなかった。

 だが前方のワーウルフに対応しなければフリッツの方に流れてしまい大変なことになりかねない。


「ちくしょう……」


  そう呟いてワーウルフに斬りかかった。


  ワーウルフは素早いが爪と牙による攻撃しかできない。

 リーチの絶対的優位を活かして間合いの外から切っ先で顔や手に斬りつけていく。

  ワーウルフが焦り、強く踏み込み振りかぶる。

  引っ掻きを避けながら、すれ違いざまに腹に深く切り裂いた。

 

  苦悶の表情を浮かべ、臓物が出る腹を押さえるワーウルフ。

 膝をつき、抵抗する気力はないように見える。

 剣を首筋に振り下ろせば終わりだ。


  「うっ……」

 

 しかし、トドメを躊躇した。


 人の格好に似た生き物が、グロテスクに内臓を出している。その表情は苦悶と……そして諦めにも見えた。


  当然だが僕は人を殺した事なんてない。

  イモムシやクマは殺せても、やはり人型の魔物を殺すことに罪悪感を感じる。


「水よ集え大河のごとく!清流よ押し流せ! クリアストリーム!」


  カヨが後方で水の中級魔法を唱えた。

  歪んだ空間から真っ直ぐと水を噴射し続ける魔法だった。

  ジンの目の前でワーウルフはもみくしゃになり吹き飛んで絶命した。

  奪うかどうか葛藤していた命は無くなっていた。


「あ……」

「ほら横!」


  カヨに怒鳴られて僕は我に帰る。

  彼が振り向くとオーガと戦っているフリッツがいた。

  何本も矢が刺さっていて動きは鈍いが、まだ棍棒を振り回している。

 

  僕は回り込み、棍棒の振り終わりに背後から思い切り振り下ろした。

  棍棒と手首が床に落ちる。

  続けざまに膝裏を深く斬りつけ、オーガが絶叫しながら仰向けに崩れる。

 

 オーガは背後に回った僕を睨んでいた。その目が合ってしまった。 

 トドメを刺せる位置、体勢だったが躊躇っている。


 オーガからの視線が切れたフリッツは首に深々と剣を突き立てて引き裂く。

 戦闘が終わった。


「ふぅ……」


 ため息をついて剣を納めた。

 各々魔石と矢を回収をしている。



 そんな中、険しい顔でカヨは無言で近づき、僕の脛を思い切り蹴った。


「痛!?」

「このヘタレ! あんた今、躊躇したでしょ?」


 カヨはこの世界の言葉ではなく、日本語で叫んだ。


「ッ!……」


「私は魔物の命よりも! あなたの命の方が大事よ!」


 今度は反対の脛を思い切り蹴られる。

 痛みのあまりしゃがみこんでしまった。


 突然の出来事にフリッツが驚いて口を開いた。


「どうしたんだ!?」

「……ジンが連携に失敗したから注意しただけよ」

「そ、そうか」


  脛を押さえてる僕にセイナが近づいて魔法を唱えた。


「苦痛にささやかな癒しを!ヒーリング!」


 痛みが引いたので、立ち上がって具合を確かめる。


「……ありがとう」

「ふふ、カヨは厳しいですね」

「いや今のは……カヨの言う通り僕が悪いです」


 苦笑いしながら過ちを認めるしかない。

 それを聞いたカヨはフンっと鼻を鳴らした。


「次やったらあんたごと魔法を撃ち込むわ」

「はいはい、わかりましたよ」


 彼女なりに発破をかけているのだろう。

 僕は両手をあげて返事をした。


「脅しじゃなくて本当に撃ち込むから」

「マジ?」

「言って聞かないなら、体で覚えさせるしかないでしょ?」

「もう思いっきり蹴っただろ……」

「あ?」

「なんでもないです」


 ニールが笑いながら茶化してきた。


「慣れてた前のパーティーでも、もっと時間かけて進んでたんだ。こんな早く倒せて怒られてたらフリッツなんてクビになってるよ」

「ははは、違いないな」


 ネタにされても爽やかに笑って流すフリッツ。

 僕から見てもイケメンで悔しかった。




  その後、パーティーは敵と四度ほど遭遇するも危なげなく倒して進んでいた。

  僕も顔をしかめながらだが、ワーウルフやオーガにトドメをさしている。


  また、これまでの戦闘は全てニールが先に発見し、先制からの奇襲という流れだった。

  先制すれば1匹は確実に頭数を減らした状態で戦える。僕は斥候の重要さに感嘆していた。


「ニールは凄いですね」

「ん? 何だ急に?」

「必ず敵を先に見つけて先制出来るじゃないですか。矢も早くて正確だし……」


 それを聞いたニールは立ち止まり、目頭を押さえた。


「ニール?」


 後ろからフリッツがジンの肩に手を置いた。


「流石だなジン。フリッツは斥候としても射手としても技量が非常に高い。なのにちゃんと評価出来る奴が少ない」

「どうしてですか?」

「斥候というのは軽く見られがちなんだ」

「え? かなり重要では?」

「地味な上に神経質だと思われているからな……」


 斥候が地味。確かに派手じゃ斥候にならないし、常時神経を使ってるのも分かる。

 だか軽く見られる理由が分からない。


 ニールが補足説明を入れる。


「例えば、斥候一人が足音消しても意味ないだろ? だからメンバーの足音を注意すると神経質だと思われたりとか……」

「なるほど……」

「後は敵を見つけた瞬間に斬りかかっていく剣士様とか、大声で詠唱する魔法使い様とか……」

「……」

「ただ敵を倒せればいいと思ってる連中にとって、口煩く指示を出す斥候は余計な存在なんだ」


 確かにそういう連中とはソリが合わなそうだ。

 そういうのに比べれば、うちの戦闘狂魔法少女はマシかもしれない。


「矢だって俺一人で持てる量が限られてる。フリッツは理解があるんだが酷い奴は持ってもらおうとしても「自分の荷物は自分で持て」と断るからな……」


 その後、つらつらと斥候の辛さ、難しさを僕に語る。


「俺も前にフリッツに少し教えてみたが、前を歩けば歩けばガッチャンガッチャン煩い。矢を撃てばモグラ殺し」

「モグラ殺し?」

「モグラは地中にいるだろ? 矢が地面に刺さるって意味だよ」

「ああ……」


 ニールはガッシリと僕の肩を掴んだ。


「ジンは斥候としてセンスがある! 俺の全てを教えてやる! これからは師匠って呼べ!」

「えぇ? それは有難いですがそんな急に……」


 ニールはちらりとカヨの方を向いて僕に耳打ちする。


「上手くスニーキングが出来れば湯浴みなんて覗き放題だぞ」


 僕はニールの右手を握りしめた。


「よろしくお願いします師匠!」


 北壁の迷宮で一組の師弟が生まれた。


 セイナもカヨもよくわからない顔をしていたが、フリッツは二人が何を言っていたか察していたようだった。

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