第017話 北壁の迷宮 その4

 ーー少し時間が遡り、ジンの視点ーー



 僕は他のメンバーと分断され、ラージエイプと大広間で対峙していた。


「オオオオオオォォォォ!!!」


 ラージエイプは自分の強さを誇示するかのように大声で叫んでいる。


 そして獲物を見下すようにニヤニヤと笑い、飛びかかってきた。様子を見る暇もない。

  僕は覚悟を決めて剣を中段で構える。

  まだ3歩ほど遠い間合いから加護の力で危険を感じ取った。


「うっ!?」


 予知に従いサイドステップで回避行動を取る。

 直後、ラージエンプの右手から無数の石飛礫が放たれた。

 かなりの豪速球で直撃すれば確実に大怪我をして怯むだろう。

 奴はその隙に畳み掛けるつもりだったのだ。


 これは本当に油断できない……!



 攻撃が避けられて牙を剥くラージエンプ。イラついているのか乱雑に大きな拳を振り下ろしてきた。


 僕は下がりながら拳を避けてそこに剣を叩きつける。

 かなり強めに振り下ろしたが、手の甲で剣が止まる。無傷では無いが深くも無い。


 硬い!


 構わずラージエンプは拳を振り回す。

 単純な攻撃ならカスリもしないが、僕も腕を浅く切りつけるのが精一杯で決め手に欠けていた。


「オオオオオオオオオォォォォ!!」


 ラージエイプは更にイラつき、咆哮で威嚇してきた。


「うるせぇ!!!」


 僕は石を拾ってラージエンプの大口に向かってぶん投げた。


「ウングゥ!?」


 石は綺麗に口の中に入り、飲み込まれてしまった。


「プハ、アーハハハ!!」


 戦いの最中ながら、指を指して笑ってやった。挑発すれば単調な攻撃になると思ったからだ。


 そう、拳を振り回すよりも投石の方が遥かに怖い。


 狙い通り、バカにされて怒り狂うラージエンプの攻撃は更に単調になっていた。


 硬いと言えど何度も斬りつけられた拳は血まみれになっている。

 僕は淡々と作業のように、斬れる場所を油断無く打ち付けていった。


 数えてはいないが十数回繰り返しただろうか?

 流石に効いたようで、ワージエイプは距離を置いて僕の周りをゆっくりと回り出した。

 そして座り込み、血を流している手を舐めだす。


「ふー……」


 僕も構えて直し、大きく息を吐いて呼吸を整える。


 優位には進めてるけど致命傷は与えていない。

 ここで落ち着かれて投石されたり、他の手で来られると厄介だ。

 こっちはワンパンで終わるんだから。


 何か手はないだろうか……?


 あ、そういえばスキルブックにラージエイプの弱点書いてあったな……確か、太ももと鼻先だったはず。


 僕は剣を下ろして後方に構える。現代の剣道ではほぼ使われない構え、脇構えだ。

 脇構えは半身で低い姿勢を取れる。そして刃を体で隠す形になるので、攻撃の予兆を悟られにくい。


 ジリジリと間合いを詰めた。

 持ち手を滑らせて、間合いを伸ばす為に柄の先端を握る。


 ラージエイプは攻められると思っていない為か、手を舐めるのに夢中だった。


 静かに息を吐きながら姿勢を低くし、踏み込むと同時に鼻先目掛けて一気に切り上げた。


 切っ先が深く口に入る。黒い鼻が前歯もろとも切り飛ばされる。


「ギャッギャッ!!!」


 悲鳴をあげて顔を押えるて暴れるラージエイプ。もう片方の腕で殴りかかってきた。


 苦し紛れの拳を軽く避け、そしてそのまま懐に入って太ももを斬る。

 拳とは比べ物にならない程、簡単に肉を切り裂いた。

 ラージエイプは内腿を大きく斬られ、バランスを崩して転げ回る。


 僕は走り込んでもう片方の太ももに剣を突き立て、引き裂いた。


「ギャーーーーギャーーーー!!!」


 先程の威嚇の咆哮とはうって変わり、悲痛な叫びが響く。


 よし、これで動きは封じた。


 僕は一旦距離を取って大きく息を吐く。

 両脚をダメージを与えて動きを封じている。相手は大量の出血をしているが、こちらは無傷。

 負ける要素はほぼ無い。


 心に余裕が生まれ、他のメンバーを気にする。


 ラージエイプから視線を外し、埋まった入口をチラリと見た。



 ……油断してしまった。



  視線を切った直後、加護の力が働く。

 体の正面に何かが飛んで来ていた。


 ラージエンプは余所見した僕に対して、這いつくばった状態で投石をしてきた。


 人の頭ほどある大きさの石。

 死に体からの投石であり、速度はそれほどでもなく当たっても即死は無い。


 だが直撃すれば動けなくなる可能性は十分にある威力だった。


 油断から避けることが出来ず、無理に剣で受け流した。


 ガリガリ!と嫌な音を立てて鉄と石が擦れ、手首に痛みが走る。


「イッテェ!!」


  辛うじて体への直撃は避けたが、無理に受けた為、痺れて剣を握れなくなってしまった。

  僕は顔をしかめて唯一の武器を落としてしまった。


 それを見てチャンスだと思い、ニタついた顔で起き上がるラージエイプ。


「ガアアァァァァァ!」


  敵の足取りは重いが、起用にナックルウォークで立ち回り距離を詰めてきた。

 僕は、まだまだ剣を握れそうにない。


 だが、脚に力が入っていない攻撃は余りにも遅かった。


「舐めんなよ!」


 ラージエイプの拳をくぐって脚の傷口に蹴りを入れる。

 つま先で切り口を抉るように。

 傷口から血が吹き出して再び崩れ落ち、脚を押さえてのたうち回った。


 僕は背後に周り、痺れている両手を構えて魔力を集中させた。


「火炎よ!焼き払え!……ファイアーボルト!」


 ロクに動けないラージエイプの顔面に、火の下級魔法を放つ。

 僕は魔法が得意ではない。発生も詠唱も遅く、威力はカヨと比べるまでも無いが、全力を出せばソフトボール程度の火球なら出せる。

 死角から出された魔法は顔面を焼く。


「ギャッギャーーーー!!」


 再び悲鳴をあげ、転げ回るラージエイプ。


 火は収まる頃には手の痺れは大体取れていた。僕は剣を拾い上げる。


 今度は油断無く構え、死角に回りトドメを刺そうとする。


 次の瞬間、背後からの攻撃を予知した。


「旋風よ吹き飛ばせ! ウインドボルト!」


 続いてカヨの詠唱が後方から聞こえてきた。


「ちょ!?」


  ドゴーン!という轟音とともに入口の瓦礫が吹き飛んだ。

  僕は地面に転がりながら後ろから飛んでくる石片を避けた。


  その石片の1つはラージエンプの頭部に直撃、哀れな猿はピクピクと痙攣していた。



 …………



 僕は立ち上がり、大きくため息をついた。


「おいカヨ! 何度言えば分かるんだよ! 危な……!?」


 振り向きながら怒鳴ると、カヨは物凄い速さで走りこみ、ラージエイプの間に入った。

 恐らく補助魔法で素早さを底上げしたのだろう。


 手にはショートソード……ニールのものが握られている。


 遅れてフリッツも走ってくるが動きが鈍い。左手に持っている盾が凹み、割れていた。


 カヨは血まみれで痙攣しているラージエイプを確認すると、大きく息を吐いて安心する。


「ジン!怪我無い!?」


  彼女の目は充血していて、今にも泣きそうな顔をしている。


「あ、ああ……無いよ」

「本当に!?」

「ちょっと手が痺れてたくらいで、他にはなんとも……」

「そう、良かった……」


 カヨは力無くその場にへたり込んだ。


「カヨはあなたの事を凄く心配していたんですよ」

「俺がドジって崩落に巻き込まれてな、すぐに瓦礫を吹き飛ばす訳にも行かなかったんだ」


 ニールはセイナに肩を借りて歩いていた。

 まだ治療も完全では無いようで、彼を崩落から引っ張り出したらすぐに瓦礫を吹き飛ばしたようだ。


 カヨは顔を押さえて嗚咽を漏らし始める。


「だって……猿が大声出した後に、ジンのアー!って悲鳴が……聞こえて……」


 これ多分、口に石を投げ込んで笑ってた時だ。言えない。


「どうしようどうしようって考えてたら……痛い!とか聞こえて……」


 多分油断して剣を落とした時だなぁ……


「もう動けなくなって、最後に魔法使って抵抗してるのかと思って……」



 うん、これも油断が招いた結果だから言えないな。


 正直、一番危なかったのはカヨが魔法で吹き飛ばした石片だった気がする。


 だけど僕は泣き噦る彼女を怒る気になれず、オロオロと狼狽えていた。


 カヨはひとしきり泣いた後に胸を押さえた。

 泣き顔でこちらを見上げる。


 日本語を使い、震えた泣き声で言った。


「あ……ヤバい。呪いかも……」

「呪いってまさか」

「幸運がある度に……」


 そこまで言われて気付いた。


 カヨの背後にいるラージエイプがまだ白い靄になっていない事。


 焼き爛れた眼はこちらを見ている事。

 そして手には石が握られている事。


 彼女はへたり込んで座っている。


 僕が事態を察知したと同時にラージエイプが振りかぶった。


 加護の力で投げられる石のコースがわかった。カヨの後頭部だった。

 持っている剣の切っ先を投石のコース上に置く。


 石が投げられ、ガキン!という音と共に石とぶつかり、剣先が折れる。

 折れた剣先が床に刺さった。



 剣を握る手の痺れを堪え、踏み込んで先が折れた剣をラージエイプの目に深く突き立てる。

 僕は無心で猿の頭の中をえぐった。

 更に剣を引き抜いて首に切りつけ、体重をかける。


  あと少しで首を両断するという時、ラージエイプは白い靄になって霧散した。

 中からはゴルフボール程の黒い魔石だけが残る。


「大丈夫か?」


 彼女は無言で頷いた。

 無事を確認すると、僕もその場に座り込んだ。


「焦ったぁ……」


 今頃、手が震えてきた。

 もし間に合わなければ……


「ジン、その……ありがと」


 泣き顔で頬を赤めているカヨ。

 僕は直視できなかった。


「お、おう」


 そっぽを向いて返事をしてしまった。

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