第010話 剣の訓練

 翌日、二人は昨日買った装備を身につけて街の外にある訓練場に来ていた。

 平地に木人形が並び、近くには椅子と黒板、用具入れと思われる簡素な小屋があった。

 集まっているのは15人程度だろうか。


 教壇と思われる場所には工房の店主がいた。その横にはギルド受付の女性が立っている。

 僕は二人に声をかけた。


「おはようございます。ええっと受付の方と工房の……」

「おう、そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名前はダリル=シェバルだ」

「工房の方も……訓練に参加するのですか?」

「ああ、俺は剣術の教官だ。各教官はギルドの職員が持ち回りでやってる。これでも昔は魔物討伐者で名の知れた剣士だったんだ」

「へぇ」


 受付の女性も挨拶をしてきた。


「おはようございます、ジンさん。私はフィーナ=シェバル。ギルドの受付の他に魔法の教官も担当しています」

「今日はよろしくお願いします。お二人ともシェバルってことは……」

「ええ、ナンパで名の知れた剣士ダリルの妻です」


 フィーナはにっこりと笑う。

 そしてカヨのほうを見て少し厳しい表情をする。


「ダリル、後で話があります」

「お、おう」


 おそらくカヨの法衣のことだろうか。

 ダリルは余所見をしながら話をそらした。


「よし、時間になったし訓練を始めるか」


 今日集まったのは15人ほど、みな若い顔をしている。訓練というから練度低い連中向けなのだろう。


「まずは先日からこの街に来た冒険者を紹介する。カヨとジンだ」


「カヨ=ムラクモです。よろしくお願いします」

「ジン=クリスです。よろしくお願いします」


 カヨは少なくとも僕には見せない外面スマイルを披露する。

 一方、僕は少し緊張した面持ちで挨拶した。


「早速だがジンがどの程度剣を使えるか見たい。フリッツ、相手をしてやってくれ」

「わかりました」


 フリッツと呼ばれた青年は短い金髪に爽やかな顔立ちだった。背格好は僕よりも一回り大きい。

 ダリルは僕とフリッツに訓練用の鎧兜と皮の張った木剣、盾を渡して装備させた。


「これ、当ててもいいんですか?」

「訓練用の木剣は体に当たったとき、衝撃を逃がす魔術がかけてあるから思い切りぶん殴っていいぞ」

「分かりました」


 僕は一礼して剣を構えた。フリッツのほうも左手に盾、右に剣を構えてる。


 フリッツは僕を見て口を開く。


「ジンと言ったか……盾は要らないのか?」

「ええ、使ったこと無いので」

「そうか……構えも両手持ちの大剣とは違うみたいだが……やってみればわかるか」


 フリッツは盾を前に出しながら大きく振りかぶって袈裟切りを仕掛けてきた。


 カシッ スパーン!


 軽くいなして反撃に上段振り下ろしを頭部……つまるところ面を入れる。

 フリッツは驚いた顔をしていた。


「おう、見事なもんだな。もうちょっと続けてみろ」


  ダリルは続行を指示する。

  フリッツは顔を引き締め、今度盾を構えて手を出さないように慎重に近づいてきた。

 僕は剣先をクイクイと動かし、先程のように素早く上段の振り下ろす。


 バン!


 フリッツは盾を上に掲げて、上段を防御した。

 それと同時に右手の剣を突きだす。


 しかし彼の剣は空を切る。逆に突き出した腕に僕が小手打ちを決めた。


「何を!」


 ムキになったフリッツは横なぎに剣を振るが、簡単に受けれる。

 両手持ちの剣と片手持ちの剣では力がまるで違う。

 軽く押し返すと、下がると同時にもう一度、小手打ちを出した。

 僕が剣道で得意な決め手の技、引き小手。


 フリッツは衝撃で剣を落としてしまった。


「そこまで!」


 ダリルは制止して、落ちた剣を拾った。

 僕は構えを解いてフリッツに一礼した。


「フリッツもこの中じゃ上のほうなんだけどな……勝負にならなかったな」

「いやあ、完敗だ。それに見たことが無い剣術だな」


 フリッツは両手を挙げて降参のポーズをした。


「他にやりたい奴いるか?」


 何名か挙手し、二人ほど挑んできた。


 スパン!


 バシッ!


 危なげなく捌き、打つ、捌き、打つ

 小中学合わせて9年間、両手剣術の剣道を習っていた。二年ほどやってなかったが、動きが染み付いていた。

 さらに今の僕は加護の力で攻撃される場所が分かる上、素早く動けるようになった。

 正直、剣術対決ならインチキと言われても仕方ないと思う。


「こりゃルーキーどもじゃ相手にならんな……それにその剣術は魔物相手というよりも、対人に特化しているように見える」

「⋯⋯どうして分かるんですか?」

「体捌き、斬り方、攻撃箇所、どれも最小最速かつ正確だ。魔物相手ならもっと大きく避けて強く斬りつける」


 ダリルの言うことは最もだ。剣道は魔物どころか熊も虎も猪も、相手として想定していない。


「まあ、そうなると……ディアス位じゃないとお前の実力は見れないな」

「そうみたいですね」


 ダリルの横に立っている青年が返事をした。細身で茶髪の見るからにイケメン。肌は浅黒く耳が長い。


「ディアス=フォルドレッドと申します。迷宮探索者ですがダリルさんと同じく剣術の教官も担当しています」

「ディアスは魔法剣士って奴だ。剣の訓練だから攻撃魔法は無しだが、剣だけでも十分に強いぞ」


 ダリルの紹介では魔法も使うという事か。魔法と剣を両方使える魔法剣士。聞くだけでワクワクする。

  僕は一礼して剣を構えた。

 ディアスは盾も防具も持たず、右手に剣を持ってるだけだった。


「防具は……要らないんですか?」

「ええ、心配無用ですよ」

「そうですか、では遠慮なく」


 僕はディアスの無手側、左手を狙った。右手に剣がある以上、どうやっても防御が遅い筈だ。


 ゴッ!


 しかし、ディアスは左半身を引きながら右手の剣一本で簡単に下方向にいなす。

 そのまま僕の木剣は踏みつけられた。防御が出来ない。

 ディアスは切り上げを振ってきた。

 剣道には無い防御、反撃の仕方。

 僕は咄嗟にしゃがんで避け、少し後ろに下がった。


 彼はそこに顔面めがけて突きを放つ。

 加護の力により攻撃を予見、首をひねってギリギリで回避できた。


「うお!?」

「凄いですね。今のを避けるんですか」

「運が……よかっただけです」


 今の一合で分かったけど、さっきまでとはまるでレベルが違った。


 僕はじりじりと距離を調整して……速度重視のスナップだけで打つ、軽い頭部への振り下ろしを出した。


 カッ!


 ディアスに剣でさっと受け止められる。が、狙い通り。

 受けられたの確認するして、同じ場所にもう一発。今度は踏み込みも入れて全力で振り下ろす。

 何という技か忘れたが、軽い剣の後に重い剣を入れ、相手の防御を崩す技。


 バンッ! 


 ディアスは重い剣を片手では受けきれないと判断し、右に回りながら振り下ろしを受け流す。

  そして同じように切り上げで反撃した。

 それを後ろに大きく避け、よろけたように見せかける。


 僕が下がったのを見て、ディアスが追撃を入れようとピクリと動く。


 だが体が下がった位置よりも、足をさらに後ろに引いていた。

 僕の体勢は実は崩れてなく、前傾姿勢で踏み込める体勢を取っている。


 一気に詰めて遠い間合いから片手に持ち替えて半身からの振り下ろし。

  いわゆる片手面を放つ。


  ディアスは完全に虚を突かれて、剣での防御が間に合わない。


  ーー決まる。そう確信した。

 

  パンッ!


  しかし、乾いた音がして剣が大きく弾かれた。

  ディアスは何も持っていない左手で剣を弾いていた。


「!?」


  その隙にディアスは僕の胴へ、防具の上から横薙ぎを入れられた。


  僕は負けを認め、剣を下ろした。



「……参りました」

「いえいえ、見事でしたよ。私は誘いに乗ってしまった」

「ディアスさん、最後に剣が弾かれたのは……魔法ですか?」

「そうです。 リペルシールドという剣や槍を弾く防御魔法です。本当は魔法無しで勝つつもりでしたよ」

「勉強になります」


  ディアスは余裕ある表情でにこやかに笑う。悔しいくらいの、甘いイケメンフェイスだった。


 …………


  ダリルは先程までの立ち会いをみなに説明していた。


「技量が高い相手には、引き出しを増やして剣以外の対抗手段で挑むのも手だ。ジンの剣術はかなり完成しているが剣に偏ってて綺麗過ぎるな。もっと蹴り技や簡単な魔法を訓練すれば強くなれるだろう……」


  カヨはそれをつまらなそうに聞いている。明らかに不機嫌だった。

  僕は彼女に声をかけた。


「どうした?」

「危険を予知する加護だっけ? あれズルいなって思ってね」


  同じく剣道をやってる彼女から見れば、僕が相手の攻撃に対して、不自然なまで綺麗に後の先を決めてるのが分かるのだろう。

  現実にはありえない話で、愚痴るのも分かる。


「まあそりゃ確かにズルい感じはするけど……」

「あんなのあると、あなたをブッ叩けないじゃない。もっとたるんでるって思ったのに……」

「たるんでません。ジンさんは引き締まった優良高校生です」


  そんなやり取りをしてると、フリッツが近づいてきた。


「そちらの綺麗な女性は……確かカヨさんですね」


 カヨは外面スマイルを作った。


「はい、私はジンと共に旅をしています」

「彼とは婚約者とかですか?」


 カヨの外面スマイルが一瞬で崩れた。


「いいえ。違います」

「そうですか。ともあれ、旅となれば危険も伴う。魔法使いも魔気が切れれば剣で戦うことになります。俺で良ければ剣の……」


  フリッツの話半ばにカヨは僕に外套を渡し、立ち上がった。

  先日買った法衣を身につけている。

  スリットからは大胆に太ももが見え、胸元が空いている。


 うん、我ながら、素晴らしい買い物だと思う。


 彼女は凛とした表情で口を開く。


「受けて立つわ」

 

  ん? 今の話、そういう流れだった?


「いや、剣の手解きを……」


 フリッツさん、連れの僕にボコられて、それはどうなの?って思う。

 でもカヨはやる気満々で、止める雰囲気でもないし⋯⋯まあ好きにしてもらえばいいか。


 僕は一歩引いて眺める事にした。


  フリッツの弁明を無視して、カヨは訓練用の剣と防具を手に取る。


「ダリルさん、魔法は使ってもいいんですか?」

「お、おう。攻撃魔法以外ならいいぞ……嬢ちゃんも剣を使えるのか?」

「人並み程度には使えます。 さあフリッツさん、早く準備を」


  フリッツは慌てて準備して剣を構えた。

  カヨは中段で正眼に構えた。


「その構え、ジンと同門なのか?」

「喋ってると、舌噛むわよ!」


 カヨの敬語が崩れた。何を怒ってるんだろうか。


「風よりも速い体を!鎖を断ち切れ! アジリティーゲイン!」


  彼女は魔法を唱えた瞬間に姿勢を低くし、フリッツの盾側に高速で回り込む。


 側から見て思うが、僕が加護で得た若干の身体能力上昇よりも速い。

 正直、人外じみてる。


「な!?」


  体を守るはずの盾が死角になり、フリッツは完全に見失っていた。

 

 バシン!


  無防備な後方側面からの頭部への無慈悲な振り下ろし。


「いッ!?」


 ゴッ!


  そしてフリッツが振り向く前に背中にもう一撃。


「おご!?」


  呆気にとたられたダリルが慌てて止める。


「そこまでだ! 」


  カヨはにこやかに笑い、一礼した。

 

「嬢ちゃんは魔法使いだろ? こんなに強いとは思わなかったな……」

「ええ、先程の補助魔法も非常に強力でしたね。これなら……」


  ダリルとディアス何やら話をしている間、瞬殺されたフリッツが僕の元へ来た。


「彼女、何をそんなに怒ってるんだ?」

「僕を婚約者だと勘違いした……事だと思います」

「……結構激しい性格なんだな」

「むしろそれくらいで済んで……幸運でしたね」

「そうか……」


 でも僕は見逃さなかった。

 だから彼に礼を述べる。


「でも、フリッツさんには感謝しています」

「?」

「彼女の太もも、そして一瞬パンツが見えました」

「そうか……君たちは一体どういう関係なんだ……」


 フリッツは何とも言えない表情をしていた。


「僕たちの関係は秘密です」




  ダリルとディアスの話がまとまり、最後にカヨとダリルで立ち会いをやることになったようだ。


「よし嬢ちゃん。俺には手加減いらねーぞ」

「分かりました」


  ダリルは片手剣に盾。フリッツと同じ構えだった。

  カヨは対フリッツと同じように引く姿勢で盾側に素早く回り込んだ。

  ダリルは少し後ろに下がりながらカヨの方に向き直る。そして盾を前にして体当たりをする。


 ガツッ!



  カヨは剣でいなして体を入れ替える。そして引き際に盾から出ている頭部目掛けて面を打つ。

  しかしそれは剣で防がれる。


  盾が邪魔で攻めにくそうだ。カヨは作戦を変えて先程違い上段で構え、ジリジリと間合いを詰めた。

  カヨの素早い振り下ろしを放つ。しかしわずかに間合いの外。

  そこから流れるように踏み込みながらの横薙ぎ。


 ガッ!


  ダリルは何とか盾で防ぎ、カヨの足目掛けて切りつける。通常なら避けれないタイミングだが、魔法で強化された彼女は何とか足を引いて避けた。


  しかし体勢を崩したカヨに、ダリルは細かく追撃を入れる。上中下段に散らされて、反撃ができない。

  特に下段攻撃に対してカヨは剣で受けずに大きく避けているだけだった。薙刀にはあるが剣道には無いスネ打ち、不慣れな対応になっていた。

 剣と盾の剣術とか今日初めて見たが、洗練されているのはハッキリと分かった。


「ダリルさんはすごいな」

「ああ、ダリルさんは現役の上級ギルド員でも殆ど勝てないからな」

「なるほど、特にあの嫌らしい下段攻めが素晴らしい」

「嫌らしい?」

「ええ、既に7回……いや8回もパンツを見ることができました」

「……君は何を言っているんだ」

「よく見てください、ダリルさんの視線を。太ももから外れてないでしょう?」


  フリッツはダリルの視線を追って、ため息をついた。


「あ、ほんとだ」

「素晴らしい技量です」

「ダリルさん……仕方ない……」

「?」


  そう言ってフリッツはダリル妻、フィーナの元へ行き、コソコソと耳打ちをした。

  フィーナは眉間にシワを寄せている。そしてダリルに向けて手を掲げた。


「ウォーターボルト!」


 水の下級魔法だ。

 ダリルに向かって水の球が高速で飛んで行った。


 ビシャッ!


  カヨと立ち会いをしていたダリルは直撃。3mほど吹き飛んでいった。

 

「え? 何?」


  カヨは突然吹き飛んだダリルに驚く。ダリルは白目を向いて気絶している。


  フィーナはパンパンと手を叩き何事もなかったかのように微笑んでいた。


「ジンさんもカヨさんも見事な剣術でした。それでは時間も押しているので魔法の訓練を始めましょう」


 フリッツが僕の元に戻ってきた。


「フリッツさん、何を言ったんですか?」

「そのまんまだ。フィーナさんにダリルさんの目線が怪しいって伝えたら、ぶちキレてた」

「そうですか……」

「ダリルさんは可愛い子が絡むと、途端に情けないからな」

「それよりフィーナさん……怖いですね……」

「ああ、この街で怒らせてはいけない人物の一人だ」


  その後、気絶したダリルは放置されたまま魔法の訓練が始まった。

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