第007話 ついに街へ その2

  僕らは山分けにした硬貨をギルドカードの上に積んだ。

  音もなくスーッと消えていく硬貨。試しに逆さにすると硬貨が出てきた。


「これは便利だ……しかも軽い」

「ただ、落とさないように気をつけないと行けないわね」

「だな、これが全財産だし」


  そう言ってカードに通してある紐を首から下げた。


「さて、さっきは先に宿って言ったけど、やっぱり飯にしよう。我慢できない」

「ええ、そうしましょう。いい匂いがして仕方なかったわ」


  ギルドのフロアの先には食堂があり、飯時ではない為か客はまばらだった。

  二人はテーブルに付くと、美人の給仕が注文を伺いにきた。この人も横に耳が長く、とがっている。


「いらっしゃい。見ない顔ね。冒険者かしら?」

「ええ、先程この街に来ました」

「あらそう、珍しい服を着てるのね。同じような服で黒髪の子を、昔見たことがあるわ。あなたの同郷かしら?」


  制服を着てるなら、別の転移者だろうか?


「分かりません。どのくらい昔の話ですか?」

「確か……300年くらいかしら?」


  なんと目の前の美人は少なくとも300歳以上の熟女だった。

  僕らは目を開いて驚く。


「あれ? あなたの国ではエルフが珍しいの? まあいいわ。注文は何にする?」

「え!? あ、はい。この辺の料理はよく分からないのでオススメでお願いします」

「オッケーわかったわ」


  彼女は腰をくねらせて歩き、厨房に向かってオーダーを伝えていた。


「熟女ってレベルじゃねぇぞ」

「300年間あんなに綺麗なら私もエルフになりたいわ……!」



 ⋯⋯⋯⋯



  しばらくして料理が運ばれてきた。


「雌牛のステーキに、鴨肉のシチューと木の実のサラダよ」


  大皿に盛られた三つの料理にパンが何個か添えてあった。

  この世界にきて初めてまともな料理。


  僕らは無言で貪っていた。

  元の世界の料理に比べるて質素な味がするが、美味しいのは間違い。

 

  ものの数分で全てを平らげ、満足していた。


「あらもう食べたの? 二人で3000ルーブよ」

「美味しかったです」


  僕は給仕のエルフに金貨3枚渡す。


「困ったことがあれば妹に相談すればいいわ」

「妹?」

「ギルドの受付をやってるエルフよ」


 あー、この人達は姉妹なんだ。言われてみれば似てる気がする。


「分かりました、ありがとうございます」



 …………



  僕らは食事を終え、宿に向かった。

 宿は3階建の建物で比較的新しいようだった。

 宿のカウンターには優しそうな初老の男性が番をしている。

 

「いらっしゃい」

「ギルドの紹介で来たのですが」


  カヨはギルドからもらった小切手を渡した。


「お二人さんでとりあえず5泊ね。ベッドはツインでいいかね」

「いえ、部屋は個別で」

「ん? 恋人じゃ無いのかい?」


 カヨはすごい剣幕で主人に迫った。


「アレは下僕です」

「そ、そうかい分かったよ。個別で二人ね」


  そう言って宿の主人は鍵を二つ渡してきた。


「ははは、これまで野宿した仲じゃないか。僕はツインでも良かったよ。もちろんダブルでも」

「あのヘビの頭みたいになりたいのかしら?」

「……何でもないです」


 別室シングル。そう、これは優しさなのだ。


「そう言えばお風呂はありますか?」


 彼女は重要な事を思い出し、主人に尋ねる。

 風呂は生命線だ。これが無いと毎日川に行って露天風呂を作らされる羽目になりかねない。


「風呂? 風呂は無いがシャワーなら一階にあるよ。別料金で一回500ルーブだ。石鹸や歯磨き、手拭いは自分で用意してくれ。ギルド裏の雑貨屋で売ってある」

「分かりました。ありがとうございます」

「あと服の洗濯を依頼するなら、そこのカゴ一杯で500ルーブだ」


  そう言って主人は廊下に積んであるカゴを指差した。

 元の世界の安宿といった感じだろうか。


 僕らは置く荷物もないので、次は雑貨屋に行くことにした。


  ギルド裏には雑貨屋の他に旅人向けの服屋、武器や防具を売っている工房、魔道具を取り扱ってる魔道具屋があった。

  もう夕暮れ時だが、多くの旅人や冒険者らしき人達で賑わっている。


「取り敢えず今日は日用品と着替えを買って、明日は他に必要な物を買いに行くか」

「そうね。今日は早く休みたいわ」


  僕らは雑貨屋に入り驚いていた。

 電灯の様なもので店内は照らされ、文化レベルとは不釣り合いとも思える商品がいくつか陳列してあった。


「この灯りは……ロウソクじゃないけど電灯でもないな」

「魔道具って奴じゃないかしら? さっき魔道具屋を見たとき、似たような物が売ってあったわ」

「なるほどねぇ……」


  僕は色々な商品を手にとって、それが何なのか確かめていた。


「思ったよりも近代的な品揃えなんだな」

「ちょっと高いけどシャンプーやリンスもある。ただ、そう言った物はどれも帝国産と書いてあるわね」

「ということは、その帝国とやらが文化が進んでるのかな?」

「その辺りも明日調べましょうか」


  日用品を買い、僕らは隣にある服屋に行った。服屋は旅人向けとあって山登りに行くような、実用的なデザインの服が大半だった。

  入り口いた若い店員が話しかける。


「何をお探しで?」

「動きやすくて丈夫な服はありませんか?」

「それでしたら、あの辺りがいいですよ」


 指をさされた先は無骨なシャツとズボンが並んでいた。


「どれもゴワゴワしてるし、オシャレじゃないわね」

「お金の事もあるし、安物で我慢しよう」

「そうね……あと替えの下着も……」


  ふと横に目をやると、男物の下着があった。

  簡素な作りの紐で縛るトランクスだった。

  値段は3点で1000ルーブ。3つ手に取って買い物カゴに入れた。サイズは目測だが多分大丈夫だろう。


  カヨの方も女物の下着を見つけていた。が、難しい顔をしていた。


「カヨ、それはまさかの……ヒモパン!?」

「うっさい! こっち見んな! これしか無いのよ!」

「まあゴム紐が無いんだろうな……」


  他にぐるっと店内を見回すと、特価品としてフードのついた灰色の地味な外套が2つかけてあった。1着800ルーブ。


「そう言えば外套は旅に必須ってスキルブックに書いてあったな」


  僕は外套を2つ取って会計に進んだ。


 …………


  店を出た頃、あたりは暗くなり少し肌寒かった。

  丁度いいと思い、先程買った外套を1つをカヨに差し出した。


「なにこれ?」

「特価品で2つあったからな。地味で悪いが、無いよりマシだろ」


  僕も自分の外套を取り出して羽織ってみた。思いのほか暖かく、フードも付いていて実用的だ。


「うーん」

「どうした?」

「地味よりも、ジンとペアルックなのが嫌ね」

「お前……」

「ふふ、冗談よ。ありがと」


  そう言って彼女は外套を羽織ってみた。

  さらりした長い髪をかきあげ、整った顔立ちに澄んだ強気な瞳。笑っている時の横顔は、可愛いと綺麗の中間とでも言うのだろうか。


 僕の口元は自然と緩んでいた。


 カヨはくるりと周り、具合を確かめる。

 街に来て安心したのか、彼女は笑顔だった。



 が、すぐに顔をしかめた。


「……ちょっと獣臭いわね」

「え!? ほんとだ、臭い……」


 この世界の初プレゼントは、少し獣臭かった。



 …………



  僕は宿に戻り部屋に荷物を置いた後、シャワーを浴びていた。


  シャワーは個室になっており元の世界のシャワールームとなんら変わりがなかった。

  シャワーには帝国製と書いてあり、水道管も無くお湯が出ていたのでこれも魔道具と思われる。

  石鹸で全身をしっかりと洗った後、先程の店で買った簡素な服に着替えた。


「ブレザーとかどうしよう……獣臭いローブと一緒に洗濯に出すか」


  そんな事をぼやき、スキルブックを読みながら一階のロビーでカヨを待っていた。

  30分程経ってウトウトした頃、彼女がシャワーから上がってきた。


「待たせちゃった?」

「ああ、カヨか。夢の国に行ってた……」


  森の中で少し色あせていた肌や髪は、いつもの艶やかさを取り戻していた。

  湯上りの色気だった姿に、しっとりと湿った髪。不覚にも少し欲情して、眠気が覚めた。


「それで明日だけど、どうするの?」

「朝起きたらギルドに行って朝食を食べようか。工房が開くのが10時らしいから、それまでギルド人に色々教えてもらおう」

「分かったわ」

「朝は……先に起きた方が部屋をノックするか。部屋は隣だったな」

「ただあまり早く起こさないでよ。お互い疲れてるしゆっくり休みましょう」

「ああ、分かった」



 …………



  借りた部屋は一人で使うにはそれなりに広く、ベッドの他に魔道具の灯りがあるテーブルと大きな棚があった。

  引き出しには簡単な道工具が備えてあり、冒険者や探索者が装備の整備に使うのだろう。


  ベッドはそれなりに柔らかく、元の世界で使っていた物と遜色無いと思う。

  この世界で落ち着くことの出来る、初めての寝床。


 これからの事は明日考えよう。



 枕の位置を整えてシーツにくるまると、一瞬で瞼が開かなくなったと思う。

 僕はそのまま、泥のように眠る。



 その夜、深い眠りの中で夢を見た。

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