第006話 ついに街へ

さらに川を下ること二日後、僕らは街道を見つける事が出来た。

街道が続く先には……


「……町だ!」

「ああ、ようやく……」


川には大きな橋が架かり、その先に大きな防壁がある。

防壁の中にはレンガ作りの街並みが見え、人の往来があった。

町というよりは街、あるいは要塞のような風貌だった。


目的地を目前に僕らの足取りが軽くなる。



が、カヨの足が止まった。街道の傍にあった看板を見つめている。


「どうした?」

「この看板、字が……読めないんだけど」

「うわ、ホントだ」


明らかに見たことのない字が立札に書かれていた。

ただ、僕はこの事態をある程度予想していた。

何故ならば⋯⋯


「ーー確かスキルブックに」


僕はスキルブックを取り出し、ペラペラとめくる。


「確かこの世界の言語について書いてあったと思う」

「私の本にはそんな事、一言も書いてなかったわ」


手が止まり、ページを読み上げる。


「何々?”これが出来れば街の人と会話ができる基本講座“? 親切ぅ!」

「へぇ、発音記号も書いてあるわね」

「ちょっと街に入る前に勉強しようか」


僕らは看板の脇に腰をかけ、スキルブックを読むことにした。

(異世界)言語学習をする受験生二人。当然受験科目ではない。


「単語も文法も妙に英語に似てるわね。でも文字には漢字みたいな表意文字が混じってて覚えるのが大変そう……」

「カヨ、僕は気付いたぞ」

「何?」

「神様はスキルブックで読んだ情報は魂に刻まれるとか言ってたよな。 一度読めば理解できて忘れない、凄く都合のいい本みたいだぞ」

「何ですって!」


彼女は驚いて後ろの看板を見る。


「熊注意って書いてある⋯⋯ちらっと見ただけなのに文字が読める!」

「問題はちっさい文字でビッシリ200ページくらいある所か……」

「些細な問題よ!頑張りなさい!」


肩を並べ、黙々と本を読む。

ちなみに僕は少し集中出来ていない。

チラチラとカヨの谷間を見させていただいている。


当たり前だけど、今日も同じブラジャーか。

そう言えばこの世界のブラジャーってどんなのだろうか?

そんな事を考えていた矢先に声をかけられた。


「ねえ」

「はい!何でしょう!」

「そう言えばお金どうするの?」


バレていなかった。僕は安堵した。


「ああ、それなら魔石には高い需要があってギルドで売れるって書いてあるな。そこにクマとヘビの魔石を売ってみようと思う」

「ギルド?」

「魔物と戦ったり、迷宮や遺跡を探索する冒険者の組合らしい」

「へぇ」

「だから街に入ったら、まずはギルドを目指そう」


…………


二人が一通り読み終わった頃、日が傾いていた。立ち上がり街道を歩く。

橋を渡った所、街の入り口には槍を持った門番が椅子に座っていた。簡素な皮鎧と兜を装備している。


「うわぁ、ベタな門番だなぁ……」

「そんな事より、打ち合わせ通りやるわよ」


僕ら門番に近づき、軽く会釈をする。

一応この世界でも会釈が通じる地域は多いとスキルブックに書いてあった。

門番はそこまで警戒する風でもなく、僕らを呼び止める。


「見ない顔だな? 旅の者か?」

「……イー◯ィー……」


僕は震えながら人差し指を門番に向けてみた。

これが僕の考えた異世界でのファーストコンタクト。


当然、門番は警戒して槍を構えた。


「真面目にやれ!」


カヨに思い切りケツを蹴り飛ばされた。


「ご、ごめんなさい。はじめての接触だったからつい……」


門番は怪訝な顔で僕らを見ている。


「お前ら言葉が通じないのか?」


穂先は怪しい僕に向いている。職務中失礼しました。


「待って! 今のは私の国の挨拶です。旅をしていて、遠い国から来ました」

「そうか、挨拶だったか。遠い国から来た割には何も持ってないな」

「クマに襲われて、命からがら、逃げてきました。荷物そこで落としました。」


という設定で僕らは手ぶらで旅をしていることになった。

まあ旅という名の遭難だったけど。


「そいつは大変だったな。これからどうするんだ? 仕事も無いのに街にいつかれても追い出されるか奴隷にされるのがオチだぞ」

「魔石売りたいです。ギルドどこですか?」

「ああ、お前らは流れの魔石売りだったのか」


門番は頷いて納得したようだ。


「この通りの先にある青い建物だ。 街で騒ぎを起こさんようにな」

「ありがとうございます」


僕らは頭を下げて門番にお礼を言い、街の中に入っていった。


「あー!緊張した」

「ちょっとジン、話し方が変よ。もっと流暢に喋れないの? これじゃあ怪しまれちゃうわ」

「いや無理だろ。初めて喋る言葉なのに」

「……じゃあ次は私が話すから見ていなさい」



⋯⋯⋯⋯



門をくぐると整然と区画整理されている建物が並んでいる。

日本では馴染みがないが、テレビで見る古いレンガの街並みそのものだった。

街行く人も日本人顔ではないが、普通の人間だ。

いや、たまにヤケに耳が長い人がいるけど。


門番に言われた通り道を歩くと、大きく「ギルド」と書かれた看板を掲げる建物があった。

間違えなく、これが目的の建物だろう。


扉を開くと大広間にたくさんの椅子とテーブルが並び、元の世界では見ない甲冑に剣やら盾やらを持ってる人が沢山いた。

奥には受け付けと書いてあるカウンターがあり、女性の職員らしき人が見えた。


やはりブレザー姿が浮くのか、周囲の視線を集めている。


「あの受付って書いてある所に行けばいいのかしら?」

「多分そうだろ」


受付の女性はほっそりとした華奢な体に不釣り合いに大きな胸。綺麗な金髪に美人と言うに相応しい容姿をしていて、何より耳が横に長かった。

先程の宣言通り、今度はカヨが対応する。


初めての言語、聞かせてもらおうか。


「あの、すいません」

「はい。何でしょうか?」

「魔石を売りたいのですが、こちらで良いでしょうか?」

「ええ、ここで受け付けております。ギルドへの加入はお済みですか?」

「いいえ、していません」

「売買はギルドへの加入が原則となりますので、この登録用紙に必要事項を記載してください」


明らかに僕よりも流暢に話してるのが分かる。

お互い学習時間は二、三時間なのに、どこで差が生まれたのか⋯⋯。


そんな事を思ってると、カヨは用紙二枚とペンを渡されて戻ってくる。

僕らは近くの空いているテーブルに着き、必要事項に何を書くか相談する。


「なんでそんな流暢に話せるんだ?」

「やはり英語の補習王であるジンには、ちょっと難しかったかしら?」


そう、僕は言語学習が苦手だった。

語学学習能力の5割は遺伝なんだっけか、新聞に書いてた気がする。


「はぁ⋯⋯とりあず名前はどうする? 偽名にするか?」

「別にやましい事が無いなら本名でいいんじゃないかしら? それよりも職業、技能、出身地ね」

「うーん⋯⋯遠い国か来たって設定だから、この際ニッポンでいいんじゃないか?」

「まあ嘘じゃないから、それでいっか」


職業の欄は選択式で冒険者、迷宮探索者、魔物討伐者、魔石商、行商とあった。


「うーん、旅の目的としては冒険者だろうか?」

「間違い無いけど、冒険者が一体何をするのかイマイチ分からないのよね」

「受付の人に聞いてみるか」


僕らは埋めるところだけ埋めて、受付に行き、分からないことを訪ねてみた。


「冒険者って何をするんですか?」

「え?」


受付の女性は少し驚いた表情を見せるも、すぐに営業スマイルに切り替えてきた。

プロだな。


「そうですね……冒険者も迷宮探索者も魔物討伐者も明確な違いはありません。一般的に冒険者は、遺跡や未踏地を調査の依頼を受ける事が多い人達ですが、迷宮探索も魔物討伐も冒険と言えば冒険ですので」

「なるほど⋯⋯この技能っていうのは?」

「例えば剣が得意なら剣士とか魔法が得意なら魔術師とか、そういった情報があればパーティーを斡旋する事が出来ます」


カヨはその場で冒険者に丸を付けて選択した。


「違いが無いなら、とりあえず冒険者でいいわね」

「そうだな。あとは技能か⋯⋯剣士って名乗るのも恥ずかしいし、剣士見習いぐらいにしとくか」

「私は魔法少女にするわ」


何いってるんだコイツ。


「この世界で魔法少女って通用するのか?」

「文句あるの? 神様は勝手に名乗れっていってたじゃない」

「あ、はい。たしかに」


こうして名も知らぬ街で、自称魔法少女が生まれてしまった。

僕らは登録用紙を受付の女性に渡す。


「聞いたことない出身地ですね……それに魔法少女って……ニッポンという所では魔法少女というのが存在するのですか?」

「え、ええ。そうです! 若くて可愛いく強い魔法使いの事を魔法少女って言うんです」

「なるほど、承りました」


カヨは祖国に対する偏見を植え付けてしまった気がする。


「ではギルドカードを発行しますので、しばらくお待ちください。手数料は4000ルーブです」

「ルーブ?」


カヨを引っ張って小声で話す。


「ルーブはお金単位らしい。先に魔石を交換しよう」


僕は向き直り、魔石を取り出してカウンターに置いた。


「持ち合わせが無いので……先に魔石を買い取って……もらえますか?」


僕は自分でもたどたどしいと思う言葉で話す。

取り出した魔石は三つ。クマの赤い魔石二つにヘビの魔石一つ。どちらも親指大のものだ。


「この色は巨大クロクマとオオヤミヘビの魔石ですか?」

「ええ、多分そうですね。大きいクマとヘビに道中で……襲われた。だから倒しました」

「……まさか、お二人で?」

「そうです」


受付の女性は驚くように言った。


「ニッポンの魔法少女は凄いですね! ベテランでも5人程度のパーティーを組んで討伐するのに!」

「ははは、いやそれほどでも……」


僕は思った。そういう流れになるのかと。


「では換金とギルドカードの発行を行ってまいりますので、少々お待ちください」

「お願いします」


僕らはテーブルに戻り、手続きが終わるのを待つ。


「さて、魔法少女さん。 換金と登録が終わったらどうするかね?」

「そうね、剣士見習いさん。宿を確保して食事をしましょう。さっきから向こうの方でいい匂いがするのよ」


奥を見ると食堂があり、多くの人が行き交いしている。武器や鎧が脇に置いてあるのでギルドのメンバーだろうか?


「ああ、森ではまともな物を食べてないからな……」

「もしお金が余るようなら、服と旅に必要な装備を買いましょう。目立ってしょうがないわ」

「そうだな、あとは知識か。目的地の神の塔が何なのかも分からないし……」

「そうね、情報収集が必要ね」



…………



「お待たせしました」


先程の受付の女性が声をかけてきた。


「まずこちらがギルドカードです。帝国式を見るのは初めてですか?」


箱の上には名刺よりも小さい金属の板が置かれていた。板には穴が空いており、長い紐が通されている。


「帝国式?」

「帝国で開発されたカード型の魔道具ですね。本人の識別やお金を入れる事ができます」

「ICカードよりすごいわ!」

「アイシーカード? それはニッポンの魔道具ですか?」

「ま、まあそんな所です。どうやって識別するのですか?」

「カードに名前を書いてみてください。その時に魔力の波長を記録するようになっています」

「へぇ」

「お金はカードの上にコインを重ねて置けば、中に収納されます。取り出す時は逆さにすれば出てきます。長い穴が空いているようなイメージですね」

「便利ですねぇ」

「この国で導入されたのは最近です」


僕らはそれぞれカードに名前を書く。

しばらくすると微かに青く光り、先程登録用紙に書いた情報が浮かび上がってきた。


カヨのカードには「魔法少女(若くて可愛くて強い魔法使い)」と書いてあった。

彼女は口をヒクヒクと上げていた。

僕は見なかったことにした。ここで煽ると戦闘になる。そう確信していたから。


「問題なく登録できましたようですね」


受付の女性が袋取り出してきた。中には硬貨が入っている。


「魔石の買取は発行手数料を引いて、合計で12万ルーブになります。」


渡された紙には明細が書いてあり、クマの魔石二個で6万、ヘビの魔石一個で6万4千、カード発行の手数料が引かれていた。

金貨120枚という事なので、金貨1枚で1000ルーブだ。

高いか安いかよく分からないが、金貨だから高いときっと高いはずだ。


「以上でお取引は終了となります。他に何かございますか?」

「後は、宿を取りたいのですが……」

「でしたら、ロビーを出て正面の建物がギルドの運営している宿になっております。通常は1人5000ルーブですが、魔物討伐のようなギルド活動にご協力頂ければ宿泊費は免除になります。申請しますか?」

「是非お願いします!」

「分かりました。巨大クロクマとオオヤミヘビ討伐の功績なら……5泊程度なら申請出来ますね」


そう言って彼女は小切手に5泊と書いて渡してくれた。


「これを宿の受付に渡してください」

「ありがとうございます。凄く待遇がいいのですね」

「王都ならともかく、魔物が強いこの地域は厚遇しないと、ギルド活動なんて誰もやりませんからね……」

「へぇ、そういうもんなんですね」

「ええ。また何かありましたらお声かけください」


受付の女性は営業スマイルで見送ってくれた。


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