第005話 沐浴
「ウォーターボルト!」
こちらを向かない様に命令したカヨは、水魔法を使ってヘビの返り血を落としていた。
ブラウスで軽く拭き、まだ乾いていない制服に袖を通す。
「……いいわよ」
僕は手を下ろしてカヨの方を向いた。
彼女は震えながら焚火にあたり、暖を取っている。
「……大丈夫か?」
「ええ、ケガはないわ」
「さっきの爆発は一体? 魔法で攻撃した?」
「多分、結界魔法だと思う。悪意を持ったものを弾くってやつ」
「え?」
僕はスキルブックに書いてあったことを思い出した。
あの魔法は透明な壁に邪魔される程度なのでは?
彼女の魔力が高すぎるせいなのだろうか?
「弾かれるって……ヘビの頭、弾けてましたね」
「そうね」
「……もしカヨさんを襲ったら、僕の頭が弾けてたって事ですかね?」
「初日から朝起きた時に頭の無い虫の死骸やネズミの死骸があっておかしいと思ってたの。一昨日は狼の死骸があったわ」
「報告してぇ!?」
「……そうならないよう、あなたに睡眠魔法をかけてたじゃない。流石に朝起きて死んでたら寝覚め悪いし……」
「あれは優しさだったんですね……」
僕は青くなりながらも決意した。絶対に寝込みにイタズラするのはやめよう、と。
「ところでさ、ジンくん」
カヨの目つきが変わりジンを睨む。
「さっき、なんで起きてたの?」
「そ、それは、きっと加護の力で危険を感じて起きたんじゃないかな? よく分からないけど」
「ふーん……で、見たの?」
「な、何を?」
「うるさい!見たでしょ!?」
「見てないです!」
カヨは冷たい目で僕を見た。
「へぇ、ジンくんは何を見てないのかな?」
「……・」
言葉に詰まり、沈黙が流れる。
無理だ、誤魔化せない。
諦める様に口を開いた。
「……ごめんなさい、ちょっと見たかも。その、必死だったから……」
カヨは立ち上がり、睨みながら近づいた。
例えどんな美人であっても、濡れた長い髪に顔に返り血の残っていて、焚火だけの薄暗い森の中で見てば怖い。凄く怖い。
そして彼女の殺傷能力は巨大なクマを一撃で殺すレベルの力を持っていて、怒りに満ちた表情をしている。
ホラー映画も真っ青な状況に、僕はチビりそうになっていた。
ゴツ
カヨは軽く、僕の脛を蹴った。
「……今回はこれで許す」
「え!」
「状況的に仕方なかったし、やましい事があるわけじゃないんでしょ?」
「はい! そうです!」
やましい事は多々あるが、バレてないので無罪だ。
僕は胸を撫で下ろした。
そして同時に思った。「あ、なんかちょっとデレてる」と。
「はぁ、せっかく寒いの我慢して体を洗ったのに台無しよ」
「ああ、それで服を着てなかったのか」
ここぞとばかり水浴び見てませんよアピールでシラを切る。
「返り血でホント気持ち悪いけど、もう一回川に入ると死んじゃいそう」
よく見ると彼女の唇は紫色になっている。
「それなら、スキルブックに屋外でお風呂作る方法が書いてあったよ」
「え?」
「流石にシャワーは無いけど、川があれば簡単に出来るっぽいね」
「ほんと!? 作りましょう !今すぐ!」
興奮してカヨは手を握ってきた。彼女の手はとても冷たかった。
これはちょっと少し心配になるな……
「わかったわかった、すぐやろう」
…………
僕らは燃えた焚き木を持って川へ移動した。
「まずは石が転がってる川辺で焚火を作る。その中に大きめの石を入れておく」
「どうして?」
「焼けた石で水を温めるんだってさ」
「へぇ、分かったわ」
カヨは周囲にある薪木を集めて火を灯した。
僕は川のすぐそばの石を退けて、浅くて大きい穴を作っていた。
「それは何やってるの?」
「風呂釜作り。ここに川の水を引き込むんだ」
「それなら私に任せない。風魔法で一発よ!」
カヨは手をかざして構えた。
「おい!手加減しろよ!」
「分かってるわよ。ーーウインドボルト!」
彼女の手から風の球が放たれた。
石を撒き散らし、僕の掘っていた穴が深くえぐられる。
そしてチョロチョロと川の水が穴に流れてきた。
「おおぉ! 奇跡的に丁度いい大きさっぽいな」
「日頃の行いがいいから幸運を呼ぶのよ。ジンも見習いなさい」
直後、カヨは怪訝な顔をして胸を押さえた。
「どうした?」
「なんか今、違和感があった」
「違和感?」
「別に痛いとかじゃなくて、なんというか……」
「魔法の使いすぎとか? 大丈夫か?」
「使い過ぎるとクラクラするから違うと思うけど……まあいいわ、次はどうするの?」
先ほどの穴を見ると川の水が満たされていた。縦長で膝上くらいまであるだろう。
「本当は焼けた石を入れてしばらく待つらしいが、魔力が高い人なら、この風呂釜の中で火の魔法を使って出来上がりらしい。カヨなら問題ないだろ」
「そうね、じゃあ今回は焼けた石は何に使うの?」
「保温用に入れろ、と書いてある」
「なるほどね」
カヨは腕まくりをして水に手を突っ込み火の魔法を使った。
しばらくすると水面に湯気が立ち込め、彼女は手を離した。
僕は木の棒で焚火の中から焼けた石を転がしながら出して、お湯の中に入れる。
「うわぁ! ちょっとした露天風呂ね!」
カヨは凄く嬉しそうだ。
「カヨさん、この世界の風呂は混浴だそうですよ」
「そう……あなた、命いらないのね」
「あ、なんでもないです」
「……とりあえずジンも後で入りなさい。臭いから」
「く、臭いって……」
異性から臭いと言われるのは堪える。
僕は心に深い傷を負ってしまった。
⋯⋯⋯⋯
「上がったら起こすから……スリプル!」
「……はい、おやすみなさい」
野営地に戻ると僕はまた睡眠魔法をかけられた。
クックック……臭いと罵った対価は払って貰わねばなるまい。
薄れゆく意識の中、僕は土を口に含む。
本日二回目の覗き見を企画していたのである。
⋯⋯⋯⋯
「ボェ!ゲェ!ゴホッ!ペッ!」
本日二回目の大地の味をかみしめていた。流石になれたのか、初回の様な混乱は無かった。
「ゴフ、ペッ!ペッ!フフフ、さあお楽しみの時間だ」
僕は起き上がり、振り返る。
そして硬直する。
なんとカヨはもう風呂から上がっており、驚いた顔でこちらを見ていた。
情けなくも僕は悲鳴を上げた。
「う、うわぁ!」
「うわぁ、じゃないわよ!びっくりした。なんで起きてくるのよ」
「あ、う、な、何でだろ?……バッタでも口に入ったのかな? ハハハ」
目が泳ぐ。今日はよく泳ぐ日だ。
「ふーん……まあいいわ。丁度起こそうと思ってたから」
「そ、そう? 丁度よかったか。ならよかった」
「あ、焼けた石入れるなら気をつけた方がいいわよ。入った時に運悪く踏んじゃって少し火傷しちゃった」
「火傷? 大丈夫?」
「自分で治癒魔法かけたから大丈夫。便利なものよねぇ」
「そうですね。僕は初日に半殺しにされたのにこの通りピンピンですよ。便利な世界です」
「……まあいいわ。早く入らないと冷めちゃうわよ」
「はいはい、行ってきます」
「ごゆっくりどうぞー」
久々のお風呂でさっぱりしたためか、彼女は機嫌良さそうに手を振った。
…………
川で口で濯ぎ、湯加減を確かめた。
「少しぬるいな」
焚火の中から焼けた石を2個ほど転がして風呂の中に入れた。
服を脱ぎ、ザブザブと川で洗濯をしてきつ絞った後に焚火の近くに干した。
そして熱くなった風呂に入り、一息つく。5日ぶりの風呂だ。
「ああ!ヤバ!サイコー!」
頭まで湯船つけてしっかり堪能する。
「石鹸無いからなぁ。服も乾かないし、長湯して垢を落とすかー」
ジャバジャバと顔を洗う。
「ん?」
指にかかった長い髪の毛をつまみ上げた。
明らかに僕の髪の長さでは無い。カヨの髪の毛だ。
「ハッ! つまりこれは……残り湯!?」
変に意識してしまい、息子が元気になる。これはちょっと自分でも変態さんだと思う。
覗きは失敗したが、僕は残り湯を堪能した。
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