第004話 夜這い

 これまで通り、日が落ちる前に僕らは野営の準備をしていた。

  今日はカヨに危うく殺されかけた。


「エロいことをしない」そう約束したものの、借りは返さねばならない。

  約束は破るために存在するのだ。

 

  ただ、行動を起こそうにも寝る準備が整えば睡眠魔法で眠らされてしまう。

  彼女はいつも抜けてる癖に、そういうところはなんでガード硬いのだろうか?


  「顕現せよ守護の力! リーフロール!」


  野営の準備が終わり、カヨは少し疲れた顔で呪文を唱えていた。

  この結界魔法"リーフロール"は術者に悪意を持って近づくと弾かれるらしい。

  僕のサバイバル向けスキルブックには「透明な壁で邪魔される」程度のものと書いてある。

  つまりお触りNGだけど、見るのはOKなのだ。


  ちなみに古代魔法 魔剣創造ついては「使う人がいないから覚えなくて大丈夫」って書いてある。嘘はよくない、今日死にかけた。


「じゃあ、おやすみ。迷える者を眠りに誘え!スリプル!」

「……おやすみ」


  僕はカヨに睡眠魔法をかけられて、すぐに意識が遠くなる。とても抗えそうにない。

  昨日は手をつねって抵抗してみたけど、つねられた痛みが逆に心地よく感じるレベルの眠気ウェーブだった。

 

  しかし!ところがどっこい、この睡眠魔法は対策することができる。

  生き残る為のMyスキルブックによると『睡眠魔法を食らった場合:眠る前に、石や土、草等を口に含みましょう。5秒程度で覚醒します』と対策が書いてあった。

 天啓である、これは神が眠って油断した魔法少女に復讐しろと言っているに違いない。


  眠りつく前、カヨからは見えない位置で土を口に含んだ。

  一瞬むせ返りそうになるが、だんだんと目の焦点が合わなくなり、僕は眠りに落ちていった。



 …………



「ゴッ!ゴフ! オェェ!?」


  口の中に広がる大地の味、僕は土を吐き出しながら覚醒した。

  寝起きの混乱の中で何事かと思うも、就寝前のミッションを思い出す。


  そうだ! こっそり起きて魔法少女に復讐するのだった。


 しかし、僕は無様にも盛大にむせ返ってしまった。


 もう、ここは華麗にごまかすしかないと思う。

 意を決して振り返り声をかける。


「カヨさん、おはよう。気持ちのいい朝……?」


  彼女は野営地の焚火にいなかった。

  感覚的にだいぶ時間がたっているような気がする。少なくとも5秒で起きた感じではない。

  短時間で起きなかったのはカヨの魔力が強すぎるせいだろうか?

  これまで睡眠魔法をかけられたら朝までぐっすりだったし……


  ふと近くの木にブレザーがかけてあることに気づく。

  カヨのブレザーだ、何故こんなところに?


  ……チャポ……


  近くの川辺から水音が聞こえる。


「これは……もしや……お約束の?」

 

  お約束なら! お約束なら! 昼、殺されかけた事をすべて許せる!


  僕は邪な思いを抱きながら足音を殺して、音のほうに近づく。

  草の陰に隠れつつ、川辺の方を見ると……彼女がいた。



 …………



  月明かりが湖を照らす中、カヨは一糸纏わぬ姿で沐浴をしていた。


  スラリと伸びる脚、いつもは服で見えないくびれ、思ったよりもふくよかな胸、そして下した黒く長い髪。

  昼間はあまり見せない、少し影のある表情。


 湖面と月光と少女が造る、幻想的な情景だった。


  普段とは違いすぎる雰囲気に、先ほどまであった僕の劣情は消え失せていた。


  むしろこんな奇麗なものを覗き見している、卑しい自分に罪悪感が湧き上がる。

  「こんな事をやってはいけない」……でもその罪悪感を押し通しても、見ていたかった。

 

 どの位経ったのだろうか、気が付くと 彼女は短い沐浴を終えて、ブラウスで体を拭いていた。



「ハッ!」


  その時、僕は思った。直感した。本能が叫んだ。



 これ、見つかったら殺される奴だ!!

 ギッタギタに殺される奴だ!!

 魔法で焼死体になったクマの姿が脳裏に浮かぶ。

 

  ブワっと冷や汗湧き出て背中を流れる。

 息と足音を殺し、素早く寝ていたポジションにもどり、寝たふりして細目をあけ、様子をうかがった。

  多分5秒以内でゴーホームできたとおもう。大丈夫、きっとバレてない。そう祈ろう。

 

  数分後、彼女は戻ってきた。

  先ほど川で洗ったのだろうか、衣類を焚火の周りで干している。


  そしてブレザーを羽織り、焚火に当たっているようだ。

  細目でよく見えないが、近くにパンツもスカートも干してあるという事は⋯⋯うん、つまりそういうことか。


  ……どうやらバレなかったようだ。一命はとりとめた。

  が、あまり凝視すると今度は息子さんが元気になってバレてしまう。


  今日は寝よう、劣情がぶり返してムラムラする前に寝よう。

  僕は完全に目をつぶって眠りにつこうとした。


 ……


「……お母さん……お父さん……」


  かすれた声が聞こえてきた。


「寒い……お風呂、入りたい……何でこんな事に……」


  彼女は膝を下抱えてうつむき、嗚咽を漏らしていた。


「帰りたい……うぇっ……・・うえぇぇぇ!」


  ……僕はもはや死んだほうがいいんじゃないか?

  こんなに追い詰められてる子を覗いて喜んでた最低な、ほんと最低な人間だ。


  罪滅ぼしじゃないが、声くらいかけるべきじゃないだろうか?


  僕は再び細目で周りをみた。

  やはりまだパンツが干してある。つまり彼女は履いていないだ。今起きたら殺される。


 うーん……服を着るまで待ってようか……


  悶々とそんな事を考えている時、視界の隅で赤い何かが動いた。


  ん?なんだ?


  カヨは膝を抱えて俯いていた。今なら少し目を開けるくらいなら大丈夫だろう。

  僕はその赤い何かがあった場所を凝視した。

  確かに彼女の後ろ、高さ2、3m位の暗い空間で赤く細い何かがチョロチョロと動いている。

 

 ……?


  スっと、白い4本の縦線が音もなく現れた。それは……ヘビの牙!?


  デカい!このヘビは木にぶら下がってるのか!?


  見るからに人の胴よりも太い首、大口を開けてゆっくりと上から近づいている。

  無防備なカヨに狙いを定め、捕食の体勢をとって……


  「危ない!」


  僕は大声をあげて立ち上がると、焚火の一本をヘビに投げつけた。

  手に軽いやけどを負うだろうが、そんな事を気にしていられない。

 

  ヘビは焚火に当たると、怒りを露わにして木から落ちてきた。

 

「ちょっとジン!? え? キャ!!」


 何事かとカヨは僕を睨みつけているが、ヘビが落ちた音で後ろを振り抜き悲鳴を上げる。


「シャー!!」


  ヘビは僕の方を凝視、牙を剥きユラユラと威嚇している。


  僕は危機を察知して、ヘビが動く前に身を交わした。

  次の瞬間、ヘビは素早く噛み付いてきた。クマの比ではない速さだが、僕はすでにそこにはいない。

  ほんと加護様様である。


  ヘビの伸びきった首に腕を回し、咄嗟にフロントチョークをキメる。

  この技は単純にして強力な締め技だ。


  ……でも待ってほしい、人の胴体より太い首を持つヘビにそんなもんが効くのかと。



 全力で締め上げて踏ん張ってみるも、僕は軽々と持ち上げられてしまった。


「うおお!?」

「ジン離れて!巻き込んじゃう!」


 彼女は手を突き出して魔法を出そうとしていた。

  叫びを聞いたヘビは、今度はカヨに狙いを定める。

 

「撃て!!!」

「で、でも!」

「いいから!!」


  僕は避けれる、そう言おうと思った瞬間、ヘビは大口をあけて彼女に突っ込んでいった。

  カヨは目をつぶってひるんでいる。多分これでは魔法が出ない。

 

  まずい! 


  首から手を放し、ヘビの目に右手を突っ込んだ。

  グニャリとした気持ち悪い感触。完全に目玉を潰した。

  しかしヘビは止まらなかった。


  クソ!

  焦りが高まる。


  鋭い牙が彼女に触れるその瞬間……

  ヘビの頭が爆散した。


  僕はその衝撃で尻もちをついた。


  「は?」

 

  理解ができなかった。


  だが現実には破片と血が飛び散り、頭を失ったヘビがのたうち回っっている。

  我に帰り、咄嗟にヘビを蹴り飛ばして彼女を背に間に入ってかばう様に動いた。

 

  次第にヘビは動かなくなり、白いモヤになって消えていく。

  消えた場所には黄色い魔石が落ちていた。


「魔物……だったのか……しかし一体なぜ爆発したんだ……」


  僕が振り向こうとしたとき、カヨは叫んだ。


「こっち見ないで!!」


  ああ、そうですね、そういえばそんなイベント中でしたね。

  ちょっとシリアスな展開だったから、すっかり忘れていましたよ。


「そのまま向こう向いてて! いいって言うまで! 両手を挙げて! そのまま! そのままよ!」

「両手上げる意味、あるんですかね?」

「黙れ!」


  僕は黙って両手を挙げ、しばらく待った。

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