第003話 棒で立ち向かう勇気

 魚を食べた僕らは川沿いを下りながら森の中を移動する。


  ただ足場が良くないため、草原の様に本読みながらの移動は無理だった。

 休憩中に神様からもらったスキルブックを読む。

  僕が持っている本には野宿の方法や食べれる野草、果物、調理法まで書いてある。

  さっき食べたのはブドウっぽい青い何か。

  あまり美味しくはないが仕方ない。だって僕ら、半分遭難してるのだもの。


  川は真っ直ぐ流れていると思いきや、森の中でグネグネと曲がり、滝があったりして迂回を強いられる。

  ちなみに川の生水は危険らしい。水魔法で作った水を飲めと書いてある。


  「ーーウォーターボルト!」


  カヨの手のひらの上に丸い水が出現した。

  集中すればその場に留める事ができる様だ。

  僕も同じことをやってみたが、魔力が足りないのか水を空中に維持できない。

  水の量も少なく、すぐに落下してしまう。


「僕はちょっと……練習しないと無理だな……コップがあればいいけど」

「はいはい、私がやればいいんでしょ」


  そういって新しい水を出し、差し出してくれた。


「おお、いつもいつもすまないねカヨさん」

「私だって倒れられたら困るし……」


  僕は水を飲み、顔を洗った。

  そして何を思ったのか、変なことを口走ってしまった。 


「もしかして、これって……いわゆる聖水?」

「え?聖水?…………ってオイ!隠語やめろ!」


 ローキックを食らった。



 …………



  夜の森は危険(と書いてある)なので野営の準備をする。

  火をくべて周りで雑魚寝する。安全のために結界魔法を使い、僕は更に睡眠魔法をかけられる。


  そんなこんなで森に入り歩くこと3日、体力のある高校生でも流石に疲れてきた。


「ねえジン、もうちょっと美味しいもの……ないの?」

「カエルっぽい奴がオススメと書いてあります姫」

「うえぇぇ……」


  言葉数は段々と少なくなり、カラ元気も出てこない。


「唯一、焼き魚が比較的美味しいのが救いか……」


 この川で取れる魚はイワナとかヤマメのような魚で味も上品で美味しい。塩か醤油でもあれば文句無しの味だった。


「でも流石に飽きるわ」

「やはりカエルか……」

「イヤよ、ご飯食べたい……」


  果たしてこのまま下って町にはいつ着くのか、それともあれは町ではない別の何かなのか。

  口にはしないが不安が大きくなるのがわかる。



  ガサガサ!ガサ!



  僕の横で木が揺れた。


「ん?」


  次に瞬間、草木の影から全長2mは超えているクマが現れる。


「ガァァァァァァァァ!!!!」


 大声で吠え、前腕を高く上げて威嚇している。

  僕はカヨを庇う様に動いた。

  加護の力で相当な危機であること察知できた。


「カヨ下がって!」


 無手の僕にクマを攻撃する手段は無い。

 まずは囮になって彼女に魔法を撃ち込んでもらう。

 よし、その作戦で……


「火炎よ焼き払え! ファイアーボルト!」


  そんな事を思っていたら、僕の真横から直径1mの火球が出現。

 彼女は一切の躊躇なく、クマ目掛けて攻撃魔法を放っていた。

  火球に直撃した巨大なクマは吹き飛び、燃え上がる。


  クマは火達磨になりグロテスクな焼死体になった。


「え?」


  どうも察知した危機は彼女の魔法であって、クマではなかった様だ。


「出オチ? 出オチなの?」

「多分、ザコなんじゃない?」


 僕はスキルブックを取り出しページをめくった。

 確かクマ型のモンスターが目次に書いてあった。


「コイツ、スキルブックによると巨大クロクマって名前の魔物で、結構強いって書いてるぞ」

「でも一発だったわよ?」

「そう……なんというか、儚いね」


 なぜか儚いという単語が出てきてしまった。


「っていうかこの魔法、僕にも撃ったよね?当たったら僕もこうなるの?」

「分からない。まだ当たってないから」

「……」


  ともあれ、晩飯になるかもしてない焼きクマ。

  そんな事を思いながら、僕は恐る恐る近づく。


「クマの肉ってどこが美味しいのかな?」

「私はシャトーブリアンがいい」

「……どこ?」

「幻の部位らしいわ」


  死体の前で漫才を始める二人。

  持つべきは共通の敵である。

 

  どうやって切り出そうかあたふたしているうちに、クマの死体がモヤモヤと光だした。


「 まだ生きてる!?」


 警戒するも、クマの死体は霧ようにそのまま消えていった。


「……消えた?」

「私のシャトーブリアン!」

「幻の部位だそうですよ姫」


  僕らは漫才をやめない。


  消えていった死体の中心に、親指大の赤い結晶が残っていた。


「……これがシャトーブリアン?」

「ちょっと硬そうね、ジンにあげるわ」

「サンキューベリマッチ」


  僕は赤い結晶を拾い上げて観察してみた。


「何だこれ?水晶?」

「あなたの本に何か書いてないの?」

「ちょっと見てみるか」


  その場に座り込んでスキルブックをパラパラとめくる。


「魔物は死ぬと魂も肉体も、一度神の塔に帰るんだってさ。その残滓がこの”魔石”で魔道具の燃料になるって書いてる」

「神の塔って何だっけ?」

「ちょ!……我々の目的地です」

「魔道具って?」

「色々できる便利道具だそうです」

「ふーん……でも、さっきの白いモヤモヤ。何かに似てなかった?」

「え?」


 カヨは険しい顔で言った。


「リベとフェイルがいた部屋、その雰囲気にそっくりだった」

「言われてみれば……確かに……」


 ガサガサ!


  今度は後ろから草木が擦れる音がした。振り向き、僕は近くにあった手頃な棒切れを拾う。


「よし、今度は僕が倒してやる」


 両手で握りしめ、音の主を探す。

 草むらをかき分け、先ほどと同種のクマが姿を現した。


「ガァァァァ!」


  先程と同じ巨大な黒いクマ。目を血走らせて僕に突っ込んでくる。

 元の世界ならチビって逃げ出す状況だ。だが今は加護の力で危険を予知出来るし身体能力も上がっている。


「突進を避けて向き直る時に弱点を攻撃!これがコイツの正しい攻略だ!」


 そのように攻略本に書いてあった。


  僕は突進を避け、向き直ってる最中に攻撃を……仕掛けれない。

  僕は本をサラッと流し読みした事を思い出す。


 ……弱点って具体的にどこだろうか?


「カヨさん!」

「何?」

「クマの弱点って何ですか!?」

「さあ……知らないわよ」


 彼女は呆れた声で突き放すように言った。


  ブン!


  当たったら怪我では済まないレベルの攻撃が鼻先をかすめる。


「ヒント! ヒント下さい!」

「頭とかじゃない? 大体の生き物は頭潰した死ぬし」

「よし! わかった!」


  大振りの引っ掻きを避け、無防備なクマの頭に狙いをつけた。

 何千回とやった上段振り下ろし。いわゆる面打ちだ。しっかりと踏み込んで全力で打ち込んだ。


 

  バキッ!という音をたてて棒切れはへし折れた。


「……タイム」

「ガァァァァァ!」


 クマは一瞬の沈黙の後、猛攻を再開した。


「カヨさん!」

「今度は何?」

「あの魔剣貸してください! お願いします!」

「あれ、疲れるんだよねー」


  ーーブン!


 鋭い前腕の攻撃。

 バキバキっと音を立てて爪に割かれた木が倒れる。立木をへし折るクマの魔物。


  なぜ僕は棒切れで挑んだのか。


「お願い!お願いします!もうエロいことしません!」

「本当にしない?」

「しない! しないから!」


  カヨはニヤニヤしながら手をかざして呪文を唱える。横目で見る彼女はとても上機嫌だ。可愛い幼馴染の機嫌がよくて僕も嬉しい。


「しょうがないなぁ……轟け爆剣の業!散らせ焔剣の咎!顕現せよ!魔剣創造! ヒカミノアイクチ!」


  彼女の手が光り、刃渡り40cmくらいの赤黒い刀が出現した。

  それを乱暴に僕へ放り投げる。


「ほらよ」

「おわ!! おまっ!あっぶね!」


 奇跡的に柄を握る事に成功した。

 普通の鉄で出来た刀のような重さだ。反りのない短い直刀だった。


「ちなみに前の魔剣とは違うから、持っても素早くなれないわよ」

「あ、はい。というか短!」

「アイクチだからね」

「なんか効果は!? 効果はあるんですか!?」

「……ナ・イ・ショ!」

「っちくしょう!てめぇ!」


  僕は一人と一匹の猛攻に耐えている。自分で自分を褒めてあげたい。


 獲物のリーチ的に懐入る必要がある。

 この攻防で分かったことは、クマの攻撃は単調で僕よりも遅い。体捌きだけ対応出来たのがその証拠だ。


 たまに出すクマの大振りの隙を突こう。


 一手二手三手と避けたところで、頭目掛けて腕を大きく振り下ろしてきた。

 だが加護の力で軌道が予測できる。大振りを少し屈んで避ける。


 ここだ!


 振り下ろした腕の死角からアイクチを脇腹に差し込んだ。

  ほとんど抵抗もなく突き刺さる魔剣。


 そのまま背中側に踏み込んで脊椎ごと切り裂いた。

 肉を切る感触はあまり気持ちの良いものでは無かった。


 だが、致命傷だろう。

 僕はちょっとそのまま決めポーズを取ってみた。

 

「フッ……決まった」

「あ、ジン! 離れた方が……!」

「え?」


 バンッ!!


  突如、クマの斬られた場所が轟音と共に爆発。

  加護の力により爆発を予知し、ギリギリで回避出来た。



「ハァ!? なんだコレ危な過ぎんだろ!」

「魔剣創造 ヒカミ。斬られた場所が爆発する恐ろしい古代魔法よ」

「ざっけんな前もって言え! 僕じゃなきゃ死んでたぞ!」


 本当に危なかったから声を荒げて抗議する。


「私はあなたを信じてた」

「カッコつけて言うんじゃねぇ!」

「ちなみに封印推奨って書いてあったわ」

「……」


  なんて女だ……だから彼氏出来なんだろ!

  僕はカヨの足下にアイクチを投げて突き刺した。


「くらえ!」

「甘いわジン、術者は魔剣をコントロールできるのよ」


  魔剣は爆発せず、ボロボロと形を崩していった。

  カヨは勝ち誇った表情で僕を笑う。

  整った顔立ちからのドヤ顔である。


「……」

「いつでも言って、また貸してあげる」


 完敗だった。

 僕は悔しさを胸に秘め、戦利品のシャトーブリアンを拾う。


 ⋯⋯許し難き屈辱。

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