第002話 魚を食べる。


  次の朝、僕とカヨは遠くに見える町を目指して、再び歩き出した。

  しばらく歩くと草原が終わり、森が広がる。

  上から眺める限り、川沿いを歩けば町へたどり着きそうだった。


「なあカヨ」

「何よ?」

「加護ってどうやって増やすんだろうか?」


 カヨは呆れた顔する。


「私が知るわけないでしょ」

「そうだよなぁ……さっきから色々念じてるけど」

「止めなさいよ、リベの言った通りなら呪いが増えるんでしょ?」

「うっ、そうか……」


 確かに呪いが何なのかよく分からないけど増えて嬉しい物でも無い筈だ。

 

「ねえ、それよりもお腹すいたわ」

「ああ、昨日から何も食べてないしな」


  そういえばスキルブックの目次に食料調達の項目があった。


「ちょっと待って、この本に食料調達の方法が書いてある」

「へぇ、どんなの?」

「魚を捕ろう。魔法使いがいれば簡単に漁ができると書いてある。 火の上級魔法は火球を飛ばして爆発する魔法らしい。それを川に撃ち込むんだってさ」

「なにそれ!面白そう!」


  元の世界でいえばダイナマイト漁になるのだろうか。

 川沿いの岩場を登り、カヨはウキウキで魔法のことが書いてあるスキルブックを読む。

 川は透き通っており、大小いくつかの魚影が見て取れた。


「ちょっとは加減しろよ」

「分かってるって! ええと火の上級は……ふむふむ」


  彼女は手を水面にかざして狙いを定めた。


  「火よ集え業火のごとく!その炎は爆炎をまき散らし全てを灰と化せ! フレイムエクスプロージョン!」


  キンッ!


  彼女が手を構えた先の空間が歪み、甲高い音を発して水面に光の線が走る。

 直後、僕は加護の能力で危険の範囲を予知した。


 そして悟る、これは“避けれない”と。


  目の前で物凄い大きさの水柱が上がった。

  昨日の水魔法の再現だが、ひとつ違う所は至近距離である事。


  身構える暇もなくモロに水飛沫と爆風を浴びる。吹き飛ばされ、後ろに転がった。二人とも無様に。



 ⋯⋯⋯⋯



  周囲では巻き込まれた魚がピチピチと跳ねている。爆発で粉々になったスプラッターフィッシュも点在している。


「おい!……!?」


  僕は怒鳴り付けようと思い、カヨの方を向く。

 彼女は盛大にひっくり返っていたようで、お尻を突き出してパンツ丸見えだった。さらにスカートもめくれ上がっている。

  モロ見えである。


「いたたた……」


 彼女はそれに気付いた様子は無く、頭を押さえて呻いている。

  よし、これは悟られないようにするべきだ。

 ならばこういう時、別の事に気を取らせればいい。


 僕はカヨに差し伸べて声をかけた。


「大丈夫か?」

「え、ええ。ありがと」


 勤めて優しい声を出して対応する。

 彼女は普段と違う僕の態度に気を取られているようだ。


「こっちの手、少し切ってるな。治癒魔法使ってみるか?」

「う、うん」


  カヨの左手にはほんの少し、切り傷があった。

 そこに目敏く無駄な気遣いをかける。

 

「苦痛にささやかな癒しを! ヒーリング!」


  そう唱えると手の小さな切り傷が治っていく。


「失敗は誰にでもある。仕方ないさ」

「……ごめん」

「でも魚は取れたし、焼いて飯にしよう!」

「分かったわ」


  そう言って僕は魚と薪を集め始めた。

 正確には魚と薪を集めながら、カヨのパンツを眺めていた。


 クックック……結構気が付かないもんなんだな。


 しばらく薪を拾い集め、カヨはビクッと止まった。


  彼女は恐る恐るお尻に手を当てる。本来そこにあるはずのスカートは盛大にめくれていた。

  そう、スカートは水に濡れて上着に張り付いたのだ。

  そしてパンツも下にがっつりズレている。

  僕はその光景をタップリ堪能させてもらっていた。


  慌ててパンツとスカートを直したがもう遅い。


「まさかぁ!ジン!?」

「何ですか?」

「見たでしょ!」

「手の怪我の事?」


 なかなかお怒りのご様子だが、僕に当たるのは筋違いだ。

 よそを向いてシラを切る。


「お尻!」

「見た? カヨさんが自ら晒したの間違いでは?」

「アンタが敬語使うときは! やましいことがあるときだ!」

「まあまあ、減るもんじゃないし?僕も失敗を責めないし?win-winでしょう?」


  カヨは睨みつけてきたが、本気で魔法を使われない限り大丈夫なはずだ。アレはかなり疲れると本人が言っていた。

 拳や蹴りならば対処できる。


  諦めた様に彼女は言った。


「……分かったわよ、元々は私が悪いし」

「そう、ここで終われば世界は平和です」

「はいはい」


  カヨはやれやれといったポーズで、僕の横に落ちている魚を拾った。

 

  少しは暴れるかと思ったけど意外だった。


  僕も薪を焚べる。お互い、前かがみになる。


  ん?


  彼女はワイシャツのボタンを外していた。

 襟元がとても緩い状態だ。


  もしやこの角度は……谷間が覗けるのでは?


  クックック、一度ならず二度までも脇の甘い女め

 うーん、この辺で……お、白いブラがいまチラっと見え……


 その時、カヨはポツリと呟いた。


「……win-win?」


  物凄い三白眼でこちらを睨み、拳を握っている。これは……アッパーの体勢だ。

  胸の谷間は釣り餌だったのだ。僕は完全に油断していた。


「勝者は一人でいいでしょ……!」


 目の前の魔法少女は拳から殺気を撒き散らしている。

  だが僕には余裕があった。ただのアッパーなら例の加護の力で避けれるという余裕が。


「甘いぞカヨ。今の僕にはこの距離でも当たらない」

「あら、そうかしら?」


 右足の先に痛みが走る。


「イッ!?」


  彼女はゆっくり僕の足を踏んだ。そして思い切り体重をかけている。これで後ろに逃げれない。


 だがアッパーなら、アッパーだけなら上半身のスウェーで十分避けれるはず。首を少し捻るだけでもいい。

  加護の力はそれだけ鮮明に攻撃のヴィジョンを見せる。


  彼女はフッっと短く息を吐き、拳を振り上げる。顎辺りに危険が来ることがわかった。

  僕はスウェーで頭をうごかした。


  簡単に避けれるはずだった……

 

 現実には僕の脇腹に深々と刺さる左のボディーアッパー。

  カヨはスウェーで僕が仰け反るのを見てから、その腹を出したところに思い切り拳をねじ込んでいたのだ。


 無防備な内臓が悲鳴あげている。声も出ない。

  少し時間が止まり、僕は内股になり膝から崩れ落ちた。

 口からは涎がダラダラと出ている。

  昨日から何も食べていないから、胃に吐くものが無いのが幸いだろうか?


 彼女を見上げると、完璧な残心で次の拳が準備されていた。


「……ごめん……なさい」

「よろしい」



 その日、ボディーアッパーが効きすぎて、焼き魚を二口しか食べれなかった。


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