第001話 ファーストバトル

 広い草原。その周囲を山々が囲っている。

 少し離れた所に川が流れ、その下流に森が広がり、その先のはるか遠くには街が見える。

 僕と幼馴染の少女は自称神から貰った「スキルブック」を読みながら、その遠い町を目指し草原を歩いていた。

 スキルブックは1000ページくらいだろうか、かなり厚く文字がビッシリ並んでいた。


「何々?森の歩き方?迷わないように大きい物を目印にして進みましょう……雨は体温を奪うのでカッパは必須がです……常に周囲に気を配って……」


  今のところ書いてあることは野山の歩き方や野宿のやり方。正直あまり面白くないが今日は確実に野宿だから読まざるを得ない。


 だが幼馴染の少女、カヨのほうは少し違うようだ。ウキウキで歩きながら魔法を試し撃ちしようとしていた。



「へえ……攻撃魔法は火水風が基本で補助として光と闇があるのね。それぞれに下級中級上級があって、その上は古級って書いてあるわ」

「面白そうだな……僕も魔法にすれば良かった」


  出し方は掌に意識を集中、言語を問わず同じ意味で詠唱をすればいいらしい。

  彼女は真っ直ぐに手を伸ばす。遠く30m位先の木を目標に魔法を唱えた。


「火炎よ焼き払え! ファイアーボルト!」


  手のひらの先の空間が歪み、直径1mくらいの火球がまっすぐ飛んで飛んて行く。

  重力の影響を受けて緩やかな放物線を描きながら火球は木に命中。

 詠唱がちょっと厨二っぽくて恥ずかしいなと思った。


 だが威力を見て、そんな感想は吹き飛んでしまった。


  命中した罪のない樹木は轟音と共に大炎上した。直進上の草も景気良く燃え盛っている。


「ちょっとォォ! カヨ姫!?」

「その言い方やめろ!」


 次の瞬間、右腰の辺りにゾワゾワと不快感が走る。

「マズいことが起きる!」と感じ取れた。

 直感のまま身をよじると、カヨのミドルキックが空を切った。

  蹴る前の段階で当たらないよう、体が動いていた。


「⋯⋯あれ?」

「何よ?」

「なんか今、こうやったら当たらないって直感で分かったというか、予知というか……」

「へぇ、あなたの加護って奴? 便利そうね」

「はい、これなら煽り放題……ってそれより火を消して!草原燃えてるぅ!」

「ハイハイハイ、消火といえば水の魔法でいいの?」


 ペラペラとカヨはページをめくった。


「あったあった、水の上級魔法? でいいかな?」

「いやまずは下級で様子を見たら……」

「見当たらないわ。上級から試してみる」

「いや、探せよ! っていうか隣に書いてるだろ嘘つくな!」

「うっさい黙れ!」


 彼女は手を突き出し、集中した。


「水よ集え濁流のごとく!その流れをもって全てを押し流し消し飛ばせ! ウォータースプラッシュ!」


  カヨの手から放たれる水の上位魔法、歪んだ空間から高速で水の球が飛んで行く。

  直径50cmくらいだろうか、さっきの火球よりもだいぶ小さい。


「地味だね」

「地味ね」


 ーードーン!


  燃え上がった木に水の球が命中した瞬間、巨大な水柱が上がり大量の水が周囲に撒き散らされる。

 そして背の丈ほど濁流が津波となり、僕らに迫ってきた。

 

「「え!?」」


  あっけに取られる彼女は、目の前で起こっている事を理解できていない。

  だが僕は加護の力で危険を察知し、無言でバックステップからの流れる様な後ろダッシュを行った。

  逃げ足限定で身体能力が上がっているようで、即座に10m以上の距離を取れた。


「ちょっとジン!?」


  その言葉を最後に、カヨは濁流に呑まれた。



 …………・・



  僕は彼女が流された先に立って、手を洗っていた。ようやく鼻血の汚れが落ちた。

  そして僕は強く思う、この危険を予知する加護は「当たり」だと。


「消火ご苦労」

「ゲホ! ゴホ! ……か弱い乙女を守るとか……無いの?」

「流石に余裕が無かったよ」

「そう……」


  濡れたスカートが張り付いた太ももは、少し色っぽいかもしれない。

  だがよく見ると全身草まみれ、泥まみれである。


  体を張った芸には答えるのが礼儀だろう。

 僕は口を開いた。


「……流されてる時、結構パンツ、ズレてたね。 半ケツっぽかったよ」

「お前ぇ!」


  カヨは即座に立ち上がり、素早い踏み込みで僕の顎に目掛けて右アッパーを放つ。

  しかし今の僕は危険を予知する加護を持つ。余裕で避ける。

  続けざまに打ったジャブも全く当たる気配がない。


「鋭いアッパーって、胸が揺れるよね。プルンっていうかユサッ!っていうか」

「ほ、ほう……?」


  挑発され怒りで震える全力の拳。しかし全て空を切っている。


「避けんな!」

「今のフックもすごく揺れた」


 この加護は凄い。余裕を持って回避できるどころか、揺れる胸を凝視できる。


「この!このォ!」

「……そろそろ蹴り技も期待しています」

「何言ってんよ!」


 蹴り技と聞き、釣られてローキックを繰り出す。しかし当たる要素は皆無だ。


「魔法少女さん、僕はハイキックがいいです」


  僕はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて挑発を続けてみた。

 今日は鼻血出るほど殴られたから、これくらいいいよね。


  一方、カヨは魔法少女と聞いて立ち止まり、スキルブックを取り出して開く。

  そして目的の物を見つけたのか睨みつけて手を突き出してきた。


「ジン! 覚悟しなさい! 」

「ん?」

「風よりも速い体を!鎖を断ち切れ! アジリティーゲイン!」


 彼女の体が薄っすらと光る。

 攻撃魔法とやらではなさそうだ。加護の力が反応しない。


「その魔法は?」

「素早く動けるようになる魔法よ……そして……」


 ふう、と息を吐いて集中する。


「闇を以って闇を征し! 邪を以って邪を滅ぼせ! 顕現せよ! 魔剣創造! ツクヨミノカタナ!」


  彼女の手が光ったと思ったら、黒く禍々しい一本の刀が現れた。

  出てきた刀を握りしめて笑う。

  その目は本気だった。僕は少し後悔してきた。


  ゆっくりと近づきながら、本を開いて見せる。


「見て、このページ。素早い敵を殺す特集が組まれてるの」

「親切ぅ!?」

「そして、ツクヨミの魔剣は素手よりも速く振れるそうよ?」


 ーーシュシュシュ!


 彼女は片手で刀を軽く振ってみせ、風に舞う草を細切れにした。


 非常にヤバい。刀の振りが目で全く追えなかった。


「す、凄くかっこいいですね。 僕にも一本くれませんか?」

「だ~め……魔剣創造は高度な古代魔法……とても多くの魔気を消費するの。そのせいか少し頭がクラクラするわ」

「……」

「安心しなさい、峰打ちにしてあげるから」


  カヨはスキルブックを放り投げる。僕は反射的に投げられた本を目で追うが、本は虚空に消えていった。

  その隙に彼女は左手を突き出していた。

  ゾワゾワと不快感が全身に走る。


「火炎よ焼き払え! ファイアーボルト!」


  火球を放つ。木を燃やし草原を火事を直径1mの火球を。

  速度は遅い。威力はともかく避けるのは問題ない。

  余裕持って火球の進路から体をズラす。


  だが、その進路をズラした先に彼女は回り込んでいた。

  この魔法少女は自分で放った攻撃魔法よりも速く動けるようだ。


「なッ!?」


 予知は胴に鋭い一線が来ると知らせてきた。

 僕は危険を知らせるがままに、しゃがんで回避姿勢を取る。


 シュッ!


  黒い刀がブレ、直後に見えない横薙ぎが空を切る。

  体勢を立て直すため、起き上がろうとするがすかさず追い討ちが入る。


「闇よ集え!地に縫い付けろ! グラビフォール!」

「おごッ!?」

「……重力を操る闇魔法……これは便利ね」


  彼女を中心に重力場の乱れる。周囲の草が地に伏せていった。

  避けようと思った瞬間にバランスを崩し、僕は無様に地面にへばりついた。

 

  カヨは這いつくばる標的を見下し、冷たい視線を送る。


「……カヨさん、弁明させて下さい」

「いいわよ」

「僕はさっき下級から試せって言ったじゃないですか」

「そうね」

「でも上級魔法とやらを撃ったのカヨさんですよね」

「そうね」

「……ですよね?」


 数秒、会話が止まった。


「……弁明は終わりかしら?」

「ま、まだ!」


 ヤバい!ここで言葉を誤ると大変なことになる!

 すがるような目でカヨを見上げた。


 ただ視線の先は……彼女の濡れて透けたパンツが……

 悲しいかな、僕はソレに釘付けになってしまった。


「あ……」

「?」


  その視線がバレてしまい、彼女は顔を赤くした。


「お前ぇ!」

 

  無慈悲に刀を振り上げた。

  剣道有段者の綺麗な大上段の構えだ。

 

  闇魔法でまともに動けないがかろうじて反転できた。

  仰向けに転がり一線を回避した。

  ああ、素晴らしい。

 角度的にパンツ丸見えだ。


「あ、また……」

「ッ!!!??? くたばれ!」


 パンツを凝視した隙に、頭を思い切り蹴られたようだ。

 揺れる視界を最後に、僕は遠い世界に旅立った。



 …………



  気がついた時、草原で大の字になって寝ていた。

  目が覚めたのはもうすっかり夜になっている。

 暗いが満月に近い月灯りと星の光で周りはよく見える。

 

  蹴られた場所を恐る恐る触ってみるが……痛くない。

  体の調子も悪くない、むしろ良いくらいだ。


  横に目をやる。

  さらりとした流れるような長い髪に整った顔立ち、大きな目に強気な瞳をもったヒロイン(多分)の魔法少女(多分)が座っていた。

  黄昏た表情で遠くに見える町灯りを眺めている。


「上級の治癒魔法が書いてあったから試しに使ってみたけど……どう?」

「あんだけ強く蹴られたのに全く痛くない。治癒魔法って凄いな」

「よかった……」


  彼女は安堵した表情を見せる。そして少し申し訳なさそうな顔で話を続ける。


「実は頭蹴った後に、追い討ちで投げ飛ばしたの」


 ⋯⋯蹴られた時点で、僕の意識は無かったはずだ。


「マジで?」

「そしたら受け身も取らないし、泡吹いてるし、ちょっとヤバいかなって……」

「お前……」

「さっき下級から試せって言ったでしょ? だから治癒魔法も下級から試したんだけど全然良くならなくて……」

「そこ、下級から試す所かな?」


  失敗を反省するヒロインの鑑である。


 僕はスキルブックに書いてある手順の通り、野営の準備をしていた。

 カヨは木を集めて魔法で火を付ける。


 ちなみに集めた木は二回くらい消し炭になって焚き火にはならなかった。

 

 夜に焚き火を囲んで二人きり。こんな状況だが僕は彼女に寄り添わない、対角を陣取るのが基本だ。

 死ぬから。


 話す事もなく、暗がりの中でスキルブックを読んでいた。


「カヨ」

「何?」

「僕の本にも下級魔法なら書いてあるだ」

「へぇ」

「それで火の下級魔法は調整すれば薪を燃やすのに便利ですって……」

「え!?」


「火炎よ焼き払え! ファイアーボルト!」


 僕の手のひらから小さな火の玉がゆっくりと飛び出て……消えた。

  火の陰に揺れるカヨの顔は「あ、やっぱり?」って感じになってる。


「さっきファイアーボルトで木も草原焼いてたよね……」

「派手にね」

「集めた薪も消し炭にしたよね」

「それも派手にね」

「……そっか」


 今の僕は多分、残念な顔をしていると思う。

「お前は魔法でも手加減できない系なの?」って顔に書いてると思う。


「多分だけど、もっと絞れると思う」


 そう言ってカヨは手をかざした。


「ーーウォータースプラッシュ!」


  豆粒のような水玉が飛んていき、霧吹き様に周囲に水を散らした。


  今までカヨは全力だったのか……


  沈黙が流れる。


「今日は色々あって疲れたわ」

「お、おう」

「寝よっか……」


  カヨは本をペラペラとめくって魔法を唱えた。


「顕現せよ守護の力! リーフロール!」

「……その魔法は?」

「結界魔法らしいわ」


 結界、響きから言えば敵の侵入を防ぐようなもんだろうか?


「魔物避け的な?」

「術者に悪意を持って近づくと弾かれるって書いてある。だからあなたも対象ね」

「……」


 なかなか酷いことを言うが、あまり否定はできない。


「あと、ちょっと失礼だから先に謝っておく。ゴメン」

「何が?」

「相手を睡眠させる魔法があるんだってさ……迷える者を眠りに誘え!スリプル!」

「えぇ!?……」


 瞼が重くなり強烈な眠気に誘われる。 とても抗えそうに無い。

 ガード固いなぁ……そう思いながら僕は意識を失った。

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