第29話 極氷剣フェルシス

 マオたちは、ダンジョンの攻略を進めるのだが、一向に階下へと降りる入口が見つからず、グルグルと探し回っていた。


「なぁ、マール。このダンジョンは1階で終わりなのか?」


「そんなことないはずです。中級ダンジョンである以上、50階はあるはずですから」


「でもなぁ……下へ降りる階段らしきものも、ましてや転移の魔法陣も見当たらないぞ」


「実は、マグマの中にあったりするんじゃないの?」


「まさかぁ、聞いたこともないですよ。」


「その可能性も考慮するべきか……」


「マグマに埋もれてしまったから、モンスターが自由に行き来できず、あの広間に集まってたんじゃないの?」


「確かに、そう考えると納得のできる内容ですね。そうなると手詰まりですよ。ここが攻略されていないのも、仕方のないことなのかもしれません。今回は諦めましょうか?」


「いや、マグマの中にあるとなると、無闇に探し出すよりかは楽になる」


「でも、当然のことながら入れませんよ。私、ただの人ですし」


「俺もさすがにマグマの中には入れない。魔法を使えば何とかなるかもしれないが」


「何とかなっちゃうんですね……」


 マオの非常識さに、さすがのマールも諦めの境地に達していた。


「マール、私は無理だから。その人と一緒にしないでね」


「良かったです。クリスさんは常識人みたいで。やっぱり普通の人は、マオさんみたいに、マグマの中に入れないですよね?」


「当たり前よ。そんなの死に急ぐようなものよ? 世界中探しても、人種でマグマに入っても平気なのは、きっとマオだけよ。自称だけど」


 2人で非常識人について語り合っている頃、当の本人はマグマに向かい魔法を放っていた。


「《アイスロック》」


 マオの右手から放たれた氷の塊は、マグマに命中すると、ジュッと音を立てて溶けていった。


「マオ、いくらやっても無理よ。氷をぶつけたところで、溶けるのがオチなんだし」


「そうですよ。諦めて帰りましょう」


「少し待て。もし次でダメなら、ここの攻略はやめよう」


 マオはおもむろに収納から、ひと振りの剣を取り出す。その剣は、全体的に青白く刀身からは冷気を漏らしていた。


「あからさまに、また非常識な物を取り出したわね。いったい何なのよ、それは」


「これか? これは、《極氷剣フェルシス》だ」


「まさか作ったとは言わないわよね? 魔剣じゃなさそうだし」


「これも分類的には立派な魔剣だぞ。“魔剣”とつくものだけが魔剣じゃなくて、魔に準ずるもの全てが魔剣なんだ。ちなみに俺は聖剣を作れないから、聖に準ずるものは持っていない」


「マオさんでも作れないものがあったんですね。驚きです。てっきり、何でも作れてしまう人なのかと思ってました」


「純粋な聖剣は作れないが、魔を折り込ませれば可能だぞ。聖魔剣みたいな感じで」


「「……」」


 やはり規格外なマオの非常識さに、クリスとマールは言葉を失った。


「……その剣が魔剣なのはわかったわ。で、作ったの? 見つけたの?」


「もちろん作ったに決まってるだろ。俺の装備品の持ち物は、自作の物しかない。献上されたりしたものは、ちゃんと城の宝物庫に飾ってある」


「さっきから、その剣の威圧感が半端ないんだけど? それを作ったって言うの?」


「威圧感? 俺は何も感じないが?」


「私もなんにも感じませんねぇ」


 マオとマールの2人は、揃って首を傾げる。


「確かに感じるのよ。どうせそれも意志を持ってるのでしょ? 確認してみてよ」


「そうするか。おい、フェル」


 マオの呼び掛けに、冷気を漂わせている魔剣が答える。


「何でございましょうか? 偉大なる主様」


「クリスが、お前から威圧されてるって言ってるんだが、何かしてるのか?」


「威圧してございます」


「そうか。だ、そうだぞ」


「……」


「クリス? 黙っているがどうしたんだ?」


「どうしたんでしょうねぇ」


 クリスは絶句しているわけだが、そんなことを考えつかない2人には、呆けているようにしか見えなかった。


「……ねぇ、今、その剣……喋ったわよね?」


「それがどうかしたのか?」


「どうもこうもないわよ! 何で平然としているのよ! 喋ったのよ、剣がっ!」


 あまりの勢いに、マオとマールはたじろぐが、その2人の代わりに魔剣が答えた。


「私が喋ると何か不都合があるのですか? 低俗な真祖よ」


「なっ!」


「真祖とは、誇り高く気高き存在と認識していましたが、どうやら貴女は、そこからかけ離れているように思えます」


「私のどこが――!」


「真祖とは本来、斯くあるべきもので貴女のように声を荒らげる方は、稀だと思いますよ?」


「ただの剣ごときに、言われる筋合いはないわ!」


「ただの剣ではございません。偉大なる主様が作られた魔剣です。それをそこら辺の剣と同列視する、という言葉を使うのであれば、主様への侮辱とみなし、排除させていただきます」


「はっ! お笑いぐさね。剣だけでどうやって排除するのよ? 持ち主であるマオが使わない限り、あなたはただの剣よ!」


「低俗さもここまでくると、憐れに思えてなりません。無知とは罪ですけれど、貴女の場合は致し方ないのでしょう。げに恐ろしきは無知蒙昧を意識できず、当たり前のように語る貴女の本質ですね」


「さっきからあなたは、人を貶すことしか知らないわけ? さも自身が、素晴らしいかのように語って人を貶すけど、その行為自体が、マオの品位を貶めているとは理解出来ていないのかしら? あぁ、あなたは剣だから理解する頭がないのよね? 私としたことが失念していたわ。ごめんなさいね」


「この小娘がっ!」


「このなまくらがっ!」


 2人(?)の言い合いに、ほぼほぼ空気になってしまっていた外野のマオとマールだが、このままでは先に進まないと思い、マオが本題に入る。


「フェルよ、ちょっとそこのマグマを、固まらせたいんだがいいか?」


「お安い御用でございます」


「マオ? そんなことが本当にできるの?」


「やってみなければわからん」


「ちっ! 小娘は黙ってろ! 私と主様の共同作業を邪魔してんじゃねーよ!」


「マオさん、フェルさんがダークになっていますから、早くやってあげた方がいいですよ?」


「そうだな。口の悪いフェルは初めて見るから、見ていたい気もするが……」


 そんなことを言いながら、マオがフェルシスに魔力を流すと、刀身から溢れていた冷気がさらに強まり、マグマの近くにいるはずなのに、先程までの暑さが嘘のようにやわらぐのだった。


「《アイスボーン》」


 マオがマグマに剣を突き立てると、その剣が溶けるどころか、刀身の周りから徐々に冷気が侵食し始めて、マグマが黒く変色し、固まらせることに成功していた。


 マオは、しばらく剣を突き立てた状態を維持していたが、ちょうど良い加減になると剣を抜き出した。


「こんなものか」


 黒く変色したマグマに右手をかざし、魔法陣が浮かび上がると次の瞬間には、マグマだったものが粉々に粉砕された。


 粉砕された岩石の中からは、ただの地面が出てきて、目的の下層へつながる道はなかった。


「最初に大当たりを引くとは思ってなかったが、これは骨が折れそうな作業だな。フェルには頑張ってもらうしかないかな」


「主様、私のことは気になさらずに、どんどんマグマを冷やしていってください」


「頼もしい限りだな。頼りにしているぞ、フェル」


「もったいなきお言葉。至極恐悦にございます」


 それからも、マオはマグマ溜りを見かけては、どんどん冷やして粉砕していった。


 しばらく作業を繰り返していたら、ようやく下層へつながると思われる転移魔法陣が出てきた。


「ようやくか。フェル助かったよ」


「フェルさん、凄いです。さすがはマオさんの作り出した剣ですね」


「私も主様のお役に立てて良かったです」


 転移先には普通の通路があり、下層へと行くために歩みを進める。


 和気あいあいと下層へと下りていくマオたちは、道中出くわすモンスターを蹴散らしながら、攻略を進めていき、10階層に差し掛かった時、ボス部屋の前でひと休憩を入れることにした。


「マオさん、キリがいいですし休憩にしませんか? 最初に手こずった分、時間が経っていると思うのですが」


「そうだな。ここらで一度休憩を挟むか」


「この分だと、今日中に攻略は出来そうにないわね。マオの転移ってダンジョン内でも有効なの? 出来るんだったら行けるところまで行って、宿屋に帰ってから翌日に再開しましょうよ」


「試したことがないからな。後で試してみるか? ここまでなら転移で出た後に戻って来れなくなっても、大して労力にならないだろ? 道は分かったんだしな」


「それがいいかもね。早速試してみましょ。もし出来るなら、街で休憩した方がゆっくりできるでしょ?」


「よし、それじゃあ、転移するぞ」


 マオたちの足元に魔法陣が浮かぶと、3人は光に包まれて外へと転移した。


「外へは出れたな。問題は元の場所に戻れるかだが……」


 3人は再び光に包まれると、元の場所まで戻ってこれていた。


「成功のようね。それじゃあ、街に戻って休憩しましょ」


「クリスさん、街に戻っても宿屋からは出れないですよ?」


「どうして?」


「私たちは、ダンジョン攻略に出かけているんですから、そのパーティが、街でウロウロしていたら不思議に思われますよ? それを繰り返してダンジョンを攻略しましたってなっても、疑われるだけですよ」


「そう言われてみればそうね。じゃあ、寝る時だけ宿屋に帰ることにしましょうか?」


「それがいいと思いますよ。一応、ダンジョン攻略の準備で食糧は買ってありますから、寝る時だけにしましょう」


「よし、それじゃあ休憩だ。昼ごはんにするとしよう」


それから3人はお昼ご飯をとり、のんびりと過ごした後に攻略を再開したのであった。

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