第27話 続・寝起きの悪いお姫様

 宿へ戻るとマオは、早速クランを立ち上げたことを、2人に説明した。


「――ということで、俺たちはクラン《アンノウン》の一員になったわけだ」


「そうなんですね。確かにクランを立ち上げた方が、何かとメリットはありますね」


「パーティーを解散することはないが、それぞれに功績が残らないのも残念だしな。クランだとずっと残っていくだろうから、2人に相談しないで作ってしまった」


「いえ、元々はマオさんが作ったパーティーなんですから、気にすることはないですよ」


「私も召喚された身ですので、否応もありませんから、気にする必要はないかと」


「そうか。それじゃあ、とりあえずクリスを元に戻すとするか」


「元に戻すって何ですか?」


「前の状態に戻すことだ。そっちの方が、付き合いやすいだろ?」


「確かにそうですけど、本人次第になるんじゃないのですか?」


「本人に任せたらいつまで経っても、元には戻らないぞ。意外と頑固だからな」


「私はこのままで大丈夫ですので、お気になさらずにお願いします」


「召喚主として、命令する。クリスちょっとこっちに来い」


 マオはクリスを呼び寄せると、自分の膝の上に乗せて、後ろから抱くような形をとる。


「それって抱っこしているだけですよね? それで、元に戻るんですか?」


「まぁな。見てるといい」


 クリスのことなんかお構いなしに、マールの疑問にマオは答えた。


 クリスは、マオの膝上から逃れようとしているが、能力に差があるせいで、全然振りほどけないで足掻いている。


「マール、次に攻略する予定の、未踏破ダンジョンに心当たりはあるか?」


「次ですか? 確かに《大森林》は、楽しくなかったですしね」


「あぁ、それだが《大森林》じゃなくて、《トレント》に改名したぞ。初回踏破ボーナスで、改名権があったらしくてな」


「改名しちゃったんですか? まぁ、名前負けしていた部分もありますしね。《トレント》の方がいいのかもしれませんね」


 2人が会話している中で、クリスは必死に無駄な抵抗という名の脱出を図っていた。


「次は、《ボルケーノ》にしてみますか? 山岳地帯の一角に火山があるんですけど、そこにダンジョンがあるんですよ。ボスのドラゴンが強いのと暑さに耐えきれず、中々攻略が進んでいないようです。火山なので火属性のモンスターか、火に耐性のあるモンスターしか出てこないようですが、トレント一択のボスではないようですよ」


「ボスがトレントじゃなければ、ひとまず安心だな。弱点属性の所に棲息しているとも思えんしな。暫くはそこを攻略してみるか」


「~~!」


 マオの膝上では、クリスが相変わらず暴れていたが、がっしりとホールドされており、逃げ出せずにいる。


「ところでマオさん、クリスさんの暴れ方が、酷くなっていますが大丈夫ですか?」


「このぐらい余裕だな。この一生懸命さが、中々可愛いだろ?」


 それを聞いたクリスは、顔を赤らめ、ますます逃げ出すのに必死だった。


「確かに見ている分には可愛いですね。小動物みたいで」


「マールにもわかるか、この気持ちが。クリスは寝起きも可愛いんだぞ。最近は、滅多に見られなくなってしまったがな。マールがいるから気を張っているんだろうな」


「そんなに可愛かったのですか?」


「ああ、されるがままのクリスが見られるんだぞ。最初は全然目を覚まさないから、朝の支度をしてやったもんだ」


「朝の支度?」


「ベッドから椅子へ運んだ後に、髪を梳かして着替えさせてから、また髪を梳かし直して、最後に強引に起こしてやるんだ」


「普通に朝の支度ですね」


「それをやっている間のクリスがまた可愛くてな、こっちが何か言うと、そのまま聞き入れるんだぞ。たまにニヤケたりするしな」


「ちょっと見てみたい気がしますね。それに、私もして欲しいです。至福の時間な気がします」


「マールは朝、弱くないだろ? 普通に起きてるし、いつの間にか、用意は終わらせてるしな」


「淑女の嗜みとして、マオさんより早く起きて準備しているんですよ。だらしない格好は見せたくなかったので。でも、だらしなくしたら、クリスさんみたいにして貰えるんですよね?」


「別にだらしなくする必要もないだろ? して欲しいなら言えばするぞ? クリスにもやってあげたことだしな」


「それなら、今度お願いしてもいいですか?」


「構わないぞ、約束しよう。で、そろそろ観念したか?」


「……」


 マオはそう言って、クリスへ視線を向けると、暴れ疲れて項垂れていた。


「疲れてますね」


「そうだな。今日はもう休むか」


「そうしましょう」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 翌朝、マオが目を覚ますと、マールはいつも通り準備出来ていたが、クリスはまだ寝たままだった。


「おはよう」


「おはようございます」


「クリスはまだ起きてないな」


「昨日はマオさんの膝上で暴れてましたからね。思ってた以上に疲れたのでしょう」


「クリス、朝だぞ。起きろ」


「……もう……少し……」


 クリスは寝返りを打ちつつ、気だるそうに返事をするのだった。


「な? 可愛いだろ? 声をかけたくらいじゃ目を覚まさなくて、寝ぼけたままなんだぞ」


「そうですね。子供を相手にしているみたいです。まさに小動物さながらの愛らしさですね」


「クリスー、抱っこして椅子に行くぞー」


「んー……」


 クリスは両手を出して、掴めるものを手探りで探す。


「ほら、ここだ」


 マオが首を差し出すと、クリスが手を回してしがみついたのを確認してから、お姫様抱っこをする。


 そのまま椅子へ向かうと、ゆっくりと下ろす。


「クリス、バンザイだ」


「んー……」


 クリスが、言われるがままバンザイをしたので、マオはシャツを脱がしていく。


「次は下だな。クリス、腰を浮かせろ」


「ん……」


 続いて下も脱がせると、下着姿のクリスが完成した。


「今日は赤か……おませさんめ」


「んふ……」


 クリスは“おませさん”の言葉に反応して、口角を上げニヤける。


 マオは、壁に掛けてあったドレスを掴むと、クリスのそばまで戻ってくる。


「クリス、もう1回バンザイだ。ドレスを着せるぞ」


 クリスは、言われた通りにバンザイをする。マオは、バンザイしたのを確認した上で、上からドレスを被せていく。


「よし、腕は通したな。ほら、クリス立つんだ」


 立つように指示しても、両手を差し出すばかりで立とうとしなかったので、マオが抱き上げ立たせてあげると、ドレスが下まで通っていった。


「世話のかかるお子様だな。ほら、座り直せ。乱れた髪を梳かすぞ」


 一体どうやっているのか、クリスはきちんと椅子に座り直した。


「クリスの髪は、サラサラして梳かしやすいな。綺麗な髪だ」


「んふふ……」


 髪を褒められたのが嬉しいのか、寝ぼけながらもクリスは口元をニヤケさせる。


「よし、終わりだ。クリス、起きろ。ダンジョンに行くぞ」


「……寝る……」


「やっぱりダメだな。強引に起こすか」


 マオは、クリスの頬をぺちぺちと叩きながら、呼びかける。


「ほら、起きろ」


(ペチペチペチ……)


「ん……?」


 クリスの目が覚醒しだすと、目の前にマオの顔があった。


「……??……」


「起きたか? 今日はダンジョンに向かうぞ」


「な……」


「どうした?」


「何してんのよー!!」


「何してるって、久々に起こしてやったんだ。当然、覚えてないのだろ?」


「え……え……」


 クリスは自分の姿を見ると、しっかりと身支度が終わっている状態であり、身支度が終わっているのを確認してしまった。


「……見た?」


「しっかりと見させてもらったぞ。相変わらずおませさんだったな」


「~~!!」


 クリスはこれ以上ないほど、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていると、マオはマールに話しかけるのであった。


「な? マール。可愛いだろ? クリスは、なくてはならない存在だ」


「はい、しっかりと堪能させてもらいました。今度は私にもしてくださいね」


「あぁ、任せろ。約束だからな」


 マールとの会話が終わり、クリスの方に視線をずらして様子を窺っていると、クリスが頬を膨らませながら口を開く。


「もう! 今度からは、着替えさせる前にちゃんと起こしてよ?」


「それは無理な相談だな」


「何でよ?」


「寝ぼけているクリスを着替えさせるのは、楽しいからな。お前は寝ぼけててわからんかもしれんが、思いの外可愛いんだぞ。だからそんな機会を、みすみす手放すわけがないだろ?」


「恥ずかしいんだから、手放しなさいよ」


「クリスさん、すっかり元通りですね。やっぱりそっちの喋り方の方が、クリスさんらしいです」


「――!」


「寝ぼけ着替えのせいで、すっかり気が緩んだようだな。もう取り繕っても遅いからな? そのままでいろよ?」


「……もうっ……わかったわよ」


「よし、朝食を食べ終わったらギルドに寄って、サクッと《ボルケーノ》を攻略するか」


「そうですね。暑さ対策はして行きましょう」


「私、暑いのは苦手なのよね」


 その後、マオたちは、未踏破ダンジョン《ボルケーノ》へと、出発するのであった。

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