第23話 クリスの過ち

 ところ変わって、マオが解体場に行ってからというもの、クリスとマールは空いているテーブルに座り、お茶を楽しんでいた。


 そこへ1人の男が現れる。


「やぁ、お嬢さんたち。今朝ぶりじゃないか。さては、僕に会いたくて待っていた感じかな?」


 現れたのは何を隠そう、朝方ギルドで声をかけてきたSランク冒険者だ。


 この冒険者は、名をシパンナと言い、ことあるごとに好みの女性冒険者を見つけると、声をかけまくってナンパしていた。


 しかし、実力は確かにあるので、下位ランクの男性冒険者たちは、文句を言えないでいた。


 一部の女性冒険者も、Sランクのおこぼれにあやかろうと、声をかけられるとホイホイとついて行くのだった。


 そんな感じで、自分はモテる男だと勘違いをしてしまっているシパンナは、今も床の相手を探している最中だった。


「「……」」


 とりあえず2人は無視することに決める。こういう輩は、相手にするとキリがないことを、わかっていたからだ。


 しかし、シパンナは諦めることを知らない、プライドの高い男だった。


「この僕が話しかけてあげているのに、無視するのは酷いんじゃないかなぁ?」


「「……」」


 それでも、無視を続ける2人。


「おい、人が話しかけてるんだ。返事ぐらいしろ、クソアマども」


 ドスの効いた声で脅すが、二人からしてみればどこ吹く風である。


「「……」」


 あまりの無視っぷりに、とうとうシパンナがキレた。拳を振り上げテーブルに叩きつけると、テーブルの上に置かれたカップごと、テーブルを叩き割った。


「あまり調子に乗るなよ。俺が本気を出せば、お前たちもこのテーブルみたいになるんだぞ」


 シパンナを全く相手にせず、クリスはマールに話しかけた。


「ねぇ、マール。この場合は、テーブルとティーカップの賠償ってどうなるの?」


「この場合は、そこの冒険者が、全額賠償することになります」


「そう。それなら安心ね。申し訳ないけど、お茶のおかわりもらえるかしら? そこの馬鹿が壊してしまったから、お茶が飲めないの」


 ギルド内にある飲食店の給仕に、おかわりを頼むクリスだったが、周りの人間は唖然とした。


「ねぇ、聞こえてる? お茶のおかわりをもらえるかしら?」


「っ! は、はい! ただいま!」


 ようやく再起動した給仕は、バタバタとカウンターの中へ入って行く。


「お前、この俺をコケにして、タダで済むと思ってんのか? この俺は、Sランク冒険者だぞ?」


 そこには額に青筋を立て、ワナワナと震えるシパンナの姿があった。


「さっきからSランクSランクと、馬鹿の1つ覚えかしら? 能無しも大概にして欲しいわね。あなたもしかして、自分がかっこいいとでも思ってるのかしら? それなら、一度、鏡を見ることをオススメするわ。Sランクなんだから、鏡を買うことくらい出来るでしょ? それとも、それすら出来ない能無しなのかしら? どっちにしろ、あなたみたいな下賎な男には興味ないの。立ち去ってくれるかしら? この場の空気が汚れるわ」


 一気にまくし立てたクリスの言葉に、とうとうシパンナが強硬手段に出た。


「こんの、クソアマァァァァァ!」


 座っているクリス相手に、全力の拳が向かう。Sランク冒険者相手に介入しない他の冒険者や、基本的に介入しないギルド職員たちは、ただ眺めているだけだった。


 次の瞬間には、激しく吹き飛ばされたクリスを、誰しもが想像していた。


 だが、現実には何も起こっていなかった。シパンナの目の前の椅子には誰も座っておらず、拳は空を切っただけに終わったのだった。


「自分の思い通りにならないと、短絡的思考で暴力に訴える。まさにゲスの極みね。Sランク冒険者が聞いて呆れるわ。あなた、世のため死んだ方がいいんじゃなくて?」


 声のする方に視線を向けると、いつの間にか給仕が持っていたお茶を受け取って、別の椅子で優雅にお茶を飲むクリスの姿があった。


「なっ――!?」


 シパンナも周りの者も、何が起きたのかわからなかった。誰しもが殴られると思っていた矢先、無傷でしかもお茶を受け取り飲んでいたのだ。


「マール、あなたのお茶も出来てるわよ?」


「ありがとうございます」


 マールは椅子から立ちがり、給仕の元へ向かうとトレイからお茶を受け取るのであった。


「はぁ~……美味しいですねぇ」


 クリスの傍に座り直すと、マールもお茶を何事もなかったように飲んだ。


 周りの者たちは、その行動に唖然とする。ただ1人、シパンナだけは、ここまで受けた屈辱は初めてで、怒りが最高潮に達していた。


「馬鹿にしやがってぇ!」


「この私から馬鹿にされるなんて、光栄に思いなさい。あなたは、馬鹿だとこの私に認められたのよ。馬鹿であることに誇りを持つのね」


 クリスの意味のわからない、馬鹿理論に当然反論する者はなく、シパンナは余計に馬鹿にされて、怒りが溜まるのだった。


「もういい、殺してやる」


「あら? そんなこと出来るのかしら? マールどうなの?」


「マオさんにも言ったことがありますが、冒険者は基本的に自己責任です。ギルドは関与しません。関与するのは、ギルドの品位を貶める行為のみです。一般人に危害を加えるとかですね。冒険者同士のいざこざは関与しないのです。しかし、正当性のない殺人となれば、その冒険者の信用問題となりますので、指名依頼とかは一切無くなり、評判もガタ落ちですね。Sランクとて例外ではありません」


「だ、そうよ? あなたはそれでいいのかしら?」


「関係ねぇ。指名依頼がなくともクエストだけで食っていけるからな。Sランクである俺に、逆らうやつなんかいやしねえから、結局今まで通りの生活ってわけだ。ということで、ここまでコケにしたお前は殺す」


 そう言うと、腰から剣を抜き構える。それなりにいい剣なんだろうが、マオから幻想級を渡されている2人からしてみれば、大した剣には見えなかった。


 馬鹿の1つ覚えで椅子にむかい、剣を振り下ろすシパンナ。当然、切られたのは椅子だけで、その場にクリスの姿はない。


「相も変わらず馬鹿なのね。学習能力がないのかしら?」


 またも別の椅子へと腰掛けて、優雅にお茶を嗜んでいるクリスに、周りの者も流石に騒ぎ始める。


(おい、さっきからどうやって避けてんだよ。全然、見えないんだけど?)


(俺だって見えねえよ)


(あの女、もしかしてSランク冒険者か?)


(そんなわけねえだろ。最近、街にやって来た冒険者だぞ。その時は確かBランクで、今はAランクになってたはずだ)


(それなら何で、Sランクの攻撃が当たらねえんだよ)


(俺が知るかよ)


(実はシパンナって弱いんじゃねえか? 全然、攻撃を当てれてねえし)


 外野のざわめきはシパンナの耳にも入っており、相手がAランクの格下でありながら、自分の攻撃が全く当たらないことと、自分が弱いと評価されたことに苛立ちを募らせていた。


 Sランクであるシパンナには、ちゃんとした実力がある。そうでなければ、Sランクにギルドが昇格させたりしないからだ。


 だが、目の前には、そのSランクからの攻撃を、いとも容易く躱していくAランクがいる。


 この事実を、受け入れることが出来ないシパンナは、闇雲に剣を振るっていた。


 とうとう残っている椅子がなくなり、今座っているクリスとマールの二脚だけになった。


「ははっ! もう座れる椅子がなくなったな。次から次に椅子を替えて座っているのは、どんな手品か知らないが、椅子がなくなった以上、お前はもう終わりだ!」


 シパンナの言動は、クリスが特殊な魔法を使い、椅子から椅子に移動して、攻撃を躱していると予測しての発言だった。


 実際は、ただ単に素早く移動して、座り直しているだけなのだが、シパンナや周りにいる者に、それを見切れるほどの逸材はいなかった。


「あなたは、頭がお花畑で出来ているのかしら? かわいそうな人ね。人間ですらないなんて」


「死ねぇー!」


 勢いよく斬りかかったシパンナの攻撃は、今まで通り見事に椅子を討ち果たす。


「おめでとう。椅子になんの恨みがあったのか知らないけれども、見事、壊してみせたわね。あなた、冒険者を辞めて椅子壊し職人にでもなったら?」


 シパンナは、声のした方に視線を向けると、マールの傍らに立っているクリスの姿が見えた。


「さすがに、立ちながらお茶を飲んでいては、はしたないわね。これは、返しておくわ。ごちそうさま」


 そう言って、給仕のトレイにティーカップを乗せて、元の位置まで戻る。


「あ、私もごちそうさまです」


 マールも同じように、ティーカップを返した。


「あら、マールが立ったから椅子が1つ余ったわ。そこの椅子壊し職人さん、これは壊さなくていいのかしら?」


「ふざけるなぁぁぁぁっ!」


 再び斬り掛かるシパンナの攻撃を、引き続き躱していくクリスだったが、ここで1つ大きな間違いがお互いに起きた。


 先程、クリスが立っていた所にはマールもいて、クリスは真祖なので余裕で避けれても、マールはただの人である。


「キャッ――!」


 シパンナの斬りつけた椅子の破片が、マールに飛んでいき、腕に刺さったのだ。


 クリスは呆然とし、シパンナは傷つける相手ではなかったのに、傷つけてしまったことに、同じく棒立ちになってしまった。


 その腕から血が流れ、床へと落ちる。


「いたっ……」


 この最悪のタイミングで、1人の男がフロアにやってきた。ギルド嬢とともに……

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