第21話 マールの活躍
沼地の奥地に到達すると、そこかしこにリザードマンが徘徊していた。
「クエストの達成は、5体だったか?」
「そうですね。5体討伐したら、その後は、追加報酬という形になります」
「楽勝ね」
「とりあえず、マールの戦闘技術を高めることにしよう。俺とクリスはサポートで、マールがメインで討伐する」
「わかりました。頑張りますね」
「ピンチになったら必ず助けるから、気負わずに頑張るのよ」
2人が後方へ下がり、マールだけがその場に残る。リザードマンがウロウロとしている中で、狙いやすい個体を選別し、静かに弓を引く。
弦を引っ張っている筈なのに、一切の音がしない。奇襲に最適だと言われていたが、まさにその通りであった。
張り詰めた弦の状態で、弓へと魔力を流すと魔力の矢が生成された。
(不思議です。弦を引っ張っている筈なのに、音もしなければ、引く力もそこまでいらない。魔力の矢は確かにあるのに、番いている感じがしない……)
今まで扱ってきたどんな弓よりも高性能な、マオ自製の特別な魔弓。その桁外れな性能を噛み締めながら、マールは狙いを定める。
(やはりマオさんは凄いです。伊達に魔王じゃないんですね。最初は正直吃驚しましたけど、絵本で読んだような魔王じゃなくて良かったです。もしかしたら、絵本の魔王も本当はいい人だったのかもしれません)
狙いが定まった瞬間、さほど力を入れてなかった張りつめている弦を放つ。
(――)
無音。矢を放った筈なのに、一切の音がなく、本当に放てているのかさえ、疑ってしまうような現象だった。
(ズシャッ)
放たれた魔力の矢は、リザードマンの頭部に刺さり、即死させる。
頭部に当たったことで、反撃はないと確信し、次の標的へと弦を引き、会の姿勢を保つ。
(ズシャッ)
またもや頭部に命中する。それから目に見える敵に次々と矢を放ち、絶命させていった。
最後の残心が終わると、大きく息を吐いた。
「はぁー……」
張り詰めていた緊張がほぐれて、後ろへと視線を向けると、サポート役の二人は、安心した嬉しそうな顔で近づいてきた。
「よくやったなマール」
「危なげなく処理できていたわ」
「私も不思議です。ヘッドショットは的が小さいので、外れてもおかしくないんですが、一発も外れませんでした」
「そりゃそうだろう。その弓の隠し効果に《必中》というのがついているからな」
「何よそれ! 初めて聞いたんだけど」
「ん? 言ってなかったか?」
「言ってないわよ!」
「言ってなかったですね」
「そうか」
マオは1人で納得し、クリスの気になる話が終わったが、ハッとして思い出したクリスが、マオを問い詰める。
「……! いや、納得して終わらせないで、説明しなさいよ!」
「説明も何も、《必中》は必ず当たるという意味だぞ」
「それはわかってるわよ! 何故、隠し効果になってるのよ!」
「あぁ、それか。それはだな、装備者の能力がないと発動しないからだ。弓を扱ったことのない子供が、《必中》なんか使えたら危ないだろ? どこへ射ろうとも必ず当たるんだぞ。危険じゃないか」
至極当然のようにマオが語る内容に、クリスは唖然としながらも、言葉を返した。
「はぁ……つまり弓の練度が高くないと、《必中》は発動しないってことね」
「そういうことだ。あと、その弓がマールを主として認めたからな。だからマールの練度でも発動したのだろう」
「えっ? 私、弓に認められたんですか?」
「弓に意思があるの!?」
「あるぞ。マール、弓を引く時に軽いと感じなかったか?」
「あ、それは感じました。てっきりマオさんが作った物だから、そういうもんなんだろうって思ってました」
「それは違うぞ。そいつがマールを主として認めたから、弦を引くのに力が大していらなかったんだ。ちょっとそれ貸してみろ」
マールは言われた通り、マオに弓を渡す。
「俺は製作者で当然認められているからな。やっても意味がない。クリス、ちょっとこの弓を試しに引いてみろ」
マールから受け取った弓を、今度はクリスに渡す。
「私も真祖の力があるから、普通に引けるわよ?」
そう言って弦を引こうとするが、中々引けないでいた。
「えっ? 何で!? これ重いんだけど」
「これでわかっただろ? こいつには意思がある。ランクが低いから、話せはしないがな」
弓を引くことを諦めたクリスが、持ち主であるマールに返した。
「でも、それって伝説級じゃないわよね、確実に。ランクは何なの? 意志を持つ武器なんて、早々聞いたことないわよ」
「ランクか? 俺も聞いたことがないな。そいつに聞いてみるか。マール、ちょっと貸してくれ」
先程から転々としている弓が、マオに渡される。
「……まぁ、そう怒るなよ。クリスも可愛いもんだぞ。わかった、わかった。……で、ランクは何なんだ? そうなのか? へぇーわかったから、怒るなって」
いきなり独り言を始めたマオに、二人はキョトンとしていた。
「ほらマール。返すよ」
そう言って、弓をマールに返すと、すかさずクリスが質問攻めにする。
「ちょ、ちょっとマオ! 説明しなさいよ! 何で独り言始めたのよ!」
「ん? ランクが知りたかったから、弓に聞いただけだ」
「さっき、話せないって言ってたじゃない!」
「話せないぞ。何も聞こえなかっただろ?」
「じゃあ、どうやって会話したのよ?」
「思念伝達だ。頭の中での会話だよ」
「……もう、いいわ」
「そうか? 疑問が晴れたなら万々歳だな」
クリスは疑問が晴れたのではなくて、考えることを止めた。マオに関してだけ言えば、理解の範疇をぶっちぎりで超えていったからだ。
「マオさん、フレビューさんは怒っているのですか? そんな会話が聞こえたのですが。会話の内容が知りたいです」
「あぁ、それはクリスが力任せに、弦を引こうとしたのが許せなかったんだとさ。『弓のゆの字も知らない真祖が』ってな。それで、クリスも可愛いもんだぞって言ったら、今度は『俺にとって可愛いは正義じゃない!』って言ってな、あとは、ランクを聞いて、その後に『たらい回しにし過ぎだ。見せもんじゃない!』って怒ってたな」
「そうなんですか。ごめんなさいフレビューさん。不快な思いをさせましたね」
『気にするな、嬢ちゃん』
「――!? マ、マオさん! フレビューさんからの声が、今、聞こえましたよ!」
「それは良かったな。マールがフレビューをちゃんと認識して、本格的に認められたからだろう。今までは、武器としての認識だっただろ?」
「はい。確かに意志を持つ武器なんて、初めて聞きましたから、それまでは武器としてしか見てませんでした」
「その上で、さっきは認められたんだ。弓の素質があったんだろうな。今以上に、弓の扱いが上手くなる才能があるんだろう」
「そうなんですね。頑張ります!」
「で、ランクは何だったの?」
会話に混ざらず、ひたすら落ち着きを取り戻すために、静かにしていたクリスが口を開いた。
「ランクは幻想級だった。伝説の1個上だな」
「そう……もう驚くことに疲れたわ」
「わぁ、フレビューさんって凄いんですね」
『よせやい、照れるじゃねえか』
「ふふっ」
魔弓フレビューと意思疎通が出来るようになって、独り言が出始めたマール。それを静かに見つめるクリスは、先を見越して注意を促した。
「とりあえず、マールは私たち以外がいる場所で、弓に話しかけるのは禁止よ」
「どうしてですか?」
「傍から見たら変人だからよ。仮にその弓が幻想級だなんて知れ渡ったら奪われるわよ? 奪われていいの? 弓に手足はないんだから、抵抗出来ずに持ち逃げされるわよ?」
「それは嫌です。絶対に離れません! ……え? そうなんですか?」
「何て言ってるの?」
「自分の質量を操作できるみたいで、持ち逃げはされないって言ってます」
「質量を操作? 幻想級ってとんだ代物ね。……ちょっと待って、さっき私が弦を引けなかったのも、もしかしてそのせい?」
「そうらしいです。弦を引けないようにしたみたいです」
「私、その弓とは仲良くなれそうにないわ」
「……フレビューさん、そんなこと言っちゃダメですよ? クリスさんはいい人なんですから」
「ちなみに何て?」
「『こっちから願い下げだ!』って言ってましたので、注意しました」
「まぁ、いいわ。それより、マオ。残りのリザードマンはどうする? また、マールに任せる?」
「そうだな。マールに引き続きやってもらおう。出来るか? マール」
「任せてください! フレビューさんと2人で頑張ります!」
「じゃあ、頼んだ。俺たちはさっきと一緒で、サポートに回るからな」
それからは、マールとフレビューのコンビが、破竹の勢いでリザードマンを倒していったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます