第18話 暴露大会

 ギルドを3人で出たあとは、荷物整理のためマールの家へと向かった。


 部屋の片付けは、マオの【無限収納】でなんとでもなり、大荷物を抱えて歩くこともなかった。


 宿屋へ戻ると、3人部屋を借りなおして、ベッドを2つ並べると3人で寝れるようにした。


 その日の夜は、夕食をとったあとにすぐ部屋へと戻り、マールに大事な話をするため、3人でベッドに腰を下ろす。


「マールに聞きたいんだが、魔族ってどう思う? 率直な意見を聞かせてくれ」


「魔族ですか……私からしてみれば、違う国の人って感じですね。勇者が魔王を倒す話は絵本でよく読みましたが、実際に会ったことがないのと、ここが戦場になってないことで、そこまでの忌避感はありません。それに、魔族が何かしたって話は聞かないですから。ギルドって情報が命ですから、色々な情報が入ってきて、それを知ることができるのですが、昔話で聞くほど今の魔族は悪い人ではないのかな? と思ってます。魔族の人が人間社会で暴れたら、ギルドに絶対情報が入ってきますし、それがないってことは、悪いことをしていないってことですから」


「そうか……マールにとっての魔族とは、そういう印象なのだな」


「いきなりこんなことを聞いて、どうしたんですか?」


「いやな、クリスは魔族なんだ。今はもう滅んでしまって、いないはずの吸血鬼族の真祖だ」


「え……え? ……えぇぇぇぇ!?」


 衝撃の事実に、マールはキョトンとした視線をクリスに向けて、その後、混乱した頭で整理したのか、盛大に驚いたのだ。


「本当のことよ。私は真祖なの」


「軽蔑するか?」


「いえ、驚いたのは事実ですけど、さっきも言った通り、特に思うところはありません。私自身や家族に実害があったわけではないですから」


「そう……ありがとう。もしかしたら、嫌われるかもと思ってたわ」


「俺の言った通りだっただろ? マールがクリスを魔族だと知ったとしても、今まで通り関係は変わらないさ。お前という“個人”をちゃんと見ていたからな。望みだったんだろ? 背景じゃなく個人を見てくれる人と出会うのが」


「私は、クリスさんがたとえ魔族でも、嫌いになったりしませんよ。この流れだと、もしかしてマオさんもですか?」


「おっ、察しがいいな。その通りだぞ。魔族であっても俺のことを好きでいてくれるか?」


「当たり前です! 魔族だからいきなり嫌いになるほど、軽薄な女ではないですよ。この想いは本物なんですから!」


「マールは本当にいい女だな。俺にはもったいないくらいだ」


「もう……褒めたって差し出せるものは、私しかありませんよ?」


「それでいい……いや、それがいい。ずっと一緒にいような。クリスもだぞ」


 いきなり話を振られて、ワタワタするクリスを見て、マオは満足するのだった。


「ところでマオさんは、何族なんですか? クリスさんと同じ吸血鬼族なんですか?」


「ん? 俺か? 俺は魔王だ」


「……」


 マオの暴露にマールがフリーズした。それも無理のないこと。マオが口にしたのは、絵本の世界で知った魔を統べる者の名称だったからだ。


「マール、どうした?」


「多分、貴方の魔王宣言に、思考が追いついていないのよ。魔族の私でさえ、初めて聞いた時には、凄く驚いたんだから」


「そんなに驚くことか?」


「驚くわよ! 魔王は魔を統べる者よ。私たちからしたら雲の上の存在よ」


「雲の上に住んだことはないんだがな。住めるものなら住んでみたい気はするが」


「そういう意味じゃないわよ! 畏れ多い存在って意味よ!」


「まぁ、落ち着け。今はマールが優先だ」


 2人でマールに視線を向けると、光を失った瞳で何やらブツブツと呟いていた。


「……マオ……魔王……魔王はマオ……マオは魔王……マオ魔王……魔王マオ……まおまお……マオマオ……」


「重症ね。マオが責任もって、ちゃんと元に戻しなさいよ」


「うーん……それはいいんだが、マオマオってなんか語呂が可愛くないか? “マオマオ”で冒険者登録をしなおすか? ……いや、“まおまお”も捨てがたいな……」


「そんな馬鹿みたいなことは、絶対しないでよ。シンプルにマオでいいのよ」


「そうか? マールはどう思う? ……そうだったな、元に戻さないといけないんだった。おーい、マール。正気に戻れー」


 なんともやる気のない呼びかけだが、本人は至って真面目である。


「まおまお……マオマオ……」


「マオマオが気に入ったのか? 別にそう呼んでも構わないぞ」


 心ここに在らずのマールに対して、普通に会話をこなすマオ。傍から見れば変な光景である。


「マール、正気に戻れー、マオマオは目の前にいるぞー」


 身体を揺すってみるが、未だ正気に戻れない。


「仕方ないか」


 マオはマールを抱き寄せると、その唇に自らの唇を重ねた。


「「「……」」」


 少しの沈黙……先に反応したのは、クリスであった。


「ちょ、ちょっと何してるのよっ! あんたー!」


 クリスが叫ぶが、当の本人であるマオは、口づけを続けていた。


「「……」」


 マールの瞳に次第と光が戻り始める。戻るのはいいが目の前の現状を理解するのに、またフリーズしそうになる。


(えっ? マオさんの顔が何でこんな近くに? あれ? キスしてる? えっ? えっ!? 何でっ!? クリスさんは何か叫んでるし……マオさんとキス!? いつの間に!?)


 そっとマオが顔を離すと、マールと見つめ合う。


「マール、正気に戻ったか? 大丈夫か?」


「いえ……マオさんとせっかくのキスなのに、いつの間にかしてて、始まりがわからなくて、もったいなくて、過去に戻ってやり直したい気持ちです」


「そうか。じゃあ、もう1回な。今度はちゃんと始まりを意識しろよ?」


 そう言って、再び唇を重ね合わせる2人。傍らには、涙目のクリス。完全に置いてけぼりである。


 しばらくキスした後に顔を離すと、マールは顔を真っ赤に染めて、自分の唇を指でなぞっていた。


「……」


「クリス」


 マオが呼びかけると、すぐにでも泣きだしそうなクリスが視線を向けてきた。


「……」


「仲間はずれはしないから安心しろ」


 次はクリスを抱き寄せて、唇を重ね合わせる。クリスは目を見開き驚いたが、次第にマオへと身体を預けた。


 マオが唇を離すと、クリスの瞳から我慢してた涙が流れる。それを指ですくいマオが語りかける。


「まだ悲しいか?」


 クリスはすぐには答えられず、首を横に振るだけだったが、静かに、か細く一言漏らした。


「嬉しぃ……」


「そうか。それならもう1回だ」


 マールと同じように、もう1度唇を重ね合わせて、時間が経過する。


 再び顔を離した時には、クリスも顔を真っ赤に染め上げて、俯いていた。


 マールは、すでに惚けていた状態から回復しており、確認のためマオに質問する。


「マオさん、面と向かって話すのは、まだ少し恥ずかしいのですが、マオさんは人族じゃなくて魔族で、しかも魔王なんですね?」


「そうだ。魔国を統治している王だな」


「わかりました。マオさんがこちらに来たのは、人間を滅ぼすためですか?」


「それは違うぞ。ただ単に遊びに来ただけだ」


「えっ?」


「遊びに来た。大事なことだからな、2度言うぞ」


「本気ですか?」


「本気だぞ」


「魔国の人は知っているんですか?」


「セバスは知っているな。他は知らないだろ。騙して出てきたし」


「騙して?」


「まず事の始まりは、日々の生活に飽きたところから始まる。変化があるのは、勇者が俺を殺しに来た時だけだ。それで最近、また勇者がやってきたから、色々と話して魔王をやらせることにした。そして、俺は見識を広めるために、人間社会を学んでくると言い残してこっちに来た」


「えっ? 勇者が魔王? えっ? えっ!?」


「正式には魔王(仮)だ。魔王が死なない限り、新しい魔王にはなれないからな。俺がいない間の統治を任せてきた」


「頭がこんがらがる……」


「それで、こっちに来てクリスを召喚した時に、クリスがセバスを呼ぶように怒ってな、セバスを呼んだんだが、セバスから休暇を取って遊んでいいと、太鼓判を押されたから気兼ねなく遊べるんだ」


「えっ? クリスさんを召喚?」


「あぁ、クリスをギルドに連れてきたあの日だ。オーガを探すのに、人手が欲しくて召喚したんだ。そしたら、クリスが現れた」


「はぁ……なんだか考えるのが、馬鹿らしくなってきました」


「それが正解よ。マオについてあれこれ考えても無駄よ。マオの常識は非常識なんだから」


 いつの間にか復活したクリスが、横槍を入れてマオを貶す。


「俺のどこが非常識なんだ? 普通だろ?」


「普通じゃないわよ! どの口が普通って言ってるのよ?」


「この口だが?」


 マオの指さす先には口があった。普通ならかなりの煽り文句になるのだが、マオは真面目に答えているので、煽り成分ゼロだった。


「ね? 非常識でしょ? それに、マオってば勇者を殺せるのよ? ありえないわ」


「魔王の方が強かったら、勇者を倒せるのでは?」


「それが違うのよ。魔王は勇者に勝てない。これは絶対の不文律なの。今までの歴代魔王の中には、確かに勇者より強いのがいたわ。でも、勇者と相対した時には、主人公補正という勇者スキルによって、激闘を繰り広げても最終的には負けるようになってるの。そして、魔王が代替わりする。これを永遠と繰り返してきたのが、魔王と勇者の歴史よ」


「ただの1回も、魔王が勝つことがなかったのですか?」


「そうよ。それを崩したのが、マオよ。マオの統治は500年続いているの。これはつまり裏を返せば、勇者に負けたことがないってことよ。500年の間に勇者が何回も来ているはずなのに、ただの1回も負けていない。勇者は全て返り討ち。私も初めて聞いた時は、言葉を失ったわ。魔族としてその歴史はありえないのよ」


「そうやって聞くと、マオさんがいかに非常識なのかがわかりますね。それにしてもマオさんは500歳以上ってことですね。全然、おじいちゃんに見えないですね」


 そこで、散々非常識と言われたマオが口を開く。


「おじいちゃんにはならないぞ。俺は不老不死だからな。肉体はピーク時で止まっているんだ」


「人間の私からした羨ましい限りですね。将来は私だけおばあちゃんになるのでしょうか。寂しいですね……」


「そんなことにはならないさ。マールはもう不老不死になってるからな」


「「えっ?」」


 クリスとマールが、示し合わせてもいないのに、見事にハモった。


「ちょっと理解が追いつかないのだけど?」


 クリスが聞くと、マールも続く。


「私、人間なんですけど?」


「さっきキスしただろ? あの時に俺の不老不死を分け与えた」


「そういうことですか。納得です」


 すんなりと受け入れたマールに、クリスが盛大にツッコミを入れる。


「何、納得してるのよ! 人間を不老不死にするなんて、ありえないんだから!」


「えっ? でも、私はもう不老不死なんですよね?」


「そうだぞ」


「らしいですよ?」


「だ・か・ら! ありえないんだってばぁぁぁぁ!」


「「?」」


 クリス1人だけがヒートアップしてて、残り2人は首を傾げるばかりだった。


「はぁはぁはぁ……」


「クリス、あまり興奮すると身体に悪いぞ?」


「興奮させている張本人が言うなぁ!」


「クリスさん、落ち着きましょうよ。騒いでいては他の宿泊客に迷惑ですよ?」


 平常運転の2人に対して、自分だけが騒いでいることに、理不尽さを覚えるクリスであった。


「もう……どうでもいいわ。常識があるのは私だけなのね……」


「いやいや、俺もマールも常識人だぞ。なぁ? マール」


「そうですよ。マオさんはともかく、ギルドで働いていた私は、立派な常識人ですよ」


「マール……俺はともかくって……」


 思いもよらぬところからの裏切りによって、マオは少し凹むのであった。


「さっきクリスさんが言ってたじゃないですか。マオさんの常識は非常識だって」


「何でマールは、そんなに落ち着いてられるのよ。不老不死よ?」


「だって、マオさんと、ずっと一緒にいられるってことでしょ? 嬉しいじゃないですか。そうだ! マオさん、私も肉体はピーク時で止まるんですか?」


「そうだな。ピーク時で止まるぞ」


「それなら、いっぱい赤ちゃん産めそうですね。楽しみだなぁ……」


「マールって天然なの? 今、そこ重要じゃないよね!? マールが、不老不死になってしまったことの方が重要よね!?」


「なってしまったものは、今更騒いだところで、仕方がないじゃないですか。なった以上は先を見つめないと」


「私、疲れたわ……」


「心配しなくとも、クリスも不老不死だぞ」


「……」


 クリスは、コントラストの抜け落ちた瞳でマオを見た。


「良かったですね、クリスさん。お揃いですよ」


「マオ……」


 もう何かを言う気力すらなくなったのか、クリスはマオの名前を呼ぶだけで、終わってしまった。


「クリスさん、マオさんの常識は非常識なんだから、気にしたら負けですよ。これは、クリスさんが言ったことですよ」


「確かに言った……言ったわよ……言ったけれども! 非常識にも限度ってもんがあるでしょ! 何よ不老不死を分け与えたって。そんな簡単に分け与えられたら世の中、不老不死で溢れかえるわよ!」


 復活したクリスがまたもやヒートアップしていくが、そんなクリスに、マオは普通に言葉を返す。


「さすがに俺でも、どうでもいいやつ相手に、不老不死はわけないぞ。だから、溢れかえることはないから安心しろ」


「……もういい。疲れたから寝るわ」


「そうだな。寝るとするか」


「そうですね。みんなで仲良く寝ましょう」


 結局、この日は色んなことを暴露して、ツッコミ役となってしまったクリスが一番疲れてしまい、早めの就寝となった。


 マオを真ん中にして、両側にクリスとマールが添い寝して、マオの腕に抱きついてスヤスヤと眠りに入るのだった。

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