第17話 寿?退社
執務室の前へ来てノックをすると、直ぐに応答があった。
「どうぞ中へ」
「失礼する」
中へ入りギルドマスターの前まで行くと、相変わらず書類の山に埋もれていた。
「やぁ、マオ君じゃないか。どうしたんだい?」
「ギルドマスターに、筋を通しにやってきた」
「話が見えてこないね。てっきりクエストに飽きたから、他の街に移動する挨拶かと思ったよ」
「まぁ、それもあるが、むしろそれに関することだな」
「どうしたんだい? 誰か冒険者でも連れていくのかい?」
「冒険者と言えば冒険者だな。俺もさっき知ったばかりだが」
その発言にピンときたサイラスは、先手を打つ。
「私の仕事がこれ以上増えるのは、勘弁して欲しいのだがねぇ」
「それは嘆いても仕方のないことだろう。上に立つ者の逃げられない定めだ」
「まるで上を経験したことのある、重みのある言い方だね」
「知人から、よくその手の愚痴を聞かされていたからな。聞き慣れているのさ」
マオは、決して自分が魔王であることを、知られるわけにはいかなかったので、適当に誤魔化すことにした。
「それは是非ともその知人と、酒を飲み交わしたいものだよ」
「今度会うことがあったら、伝えておいてやるよ」
「さて、本題に入るとして、引き抜くのは……マール君かな?」
「そうだ」
「本人は何て言ってるんだい?」
「俺についてきたいと」
「そうか……マオ君なら、マール君を雑に扱うこともないだろう」
「それはないな。マールのことは好きだからな」
「仕方ないね。女性である以上、いつかは寿退社されるからね。それが、早いか遅いかの違いしかない」
「辞めずに残るやつもいるだろう?」
「ごく少数だね。それも旦那さんの稼ぎにもよるけど、ほとんどは辞めていくよ。ギルド嬢は、稼ぎの悪い人には靡かない傾向があるからね。将来を見据えたしっかり者だね」
「強かなんだな。マールにそんな傾向は見えなかったが?」
「根底にはあるよ。強い冒険者を求めるということは、実質、嫌でも稼ぎがいいからね。極端な話、Fランクの冒険者には見向きもしないってところかな? 人柄が良くても仲のいい人止まりだ。そこから先に行こうとするなら、ランクを上げて、強さを証明しなければならない。最低でも、ギルド嬢と同じBランクまでね」
「世知辛い世の中だ」
そんな感想とともに、肩をすくめてみせるマオ。対するサイラスは苦笑いを浮かべる。
「マール君のことは了承したよ。くれぐれも大事にしてくれ。少なくない期間、一緒に働いた仲間だから」
「わかってる。大事にするさ」
「それじゃあ、これからも、どこかのギルドでクエストを頑張ってくれ。期待しているよ」
「あぁ、機会があったら顔を見せに来るよ」
「よい旅を」
「世話になったな」
そう言い残し、マオは執務室を後にする。フロアに戻ると2人が世間話をしていたようだ。
「あ、マオ!」「マオさん!」
「戻ったぞ。ギルドマスターに話は通してきた。マールは、これから俺のパーティーメンバーだ」
「ありがとうございます。精一杯、足を引っ張らないように、頑張りますね」
「そこまで気負う必要もないがな。俺はのんびり楽しみながら、旅ができればいいし」
「それでは、私もギルドマスターに話をしてくるので、マオさんたちはどうしますか?」
「ここで待っていよう。これからは、一緒に旅をする仲間だからな」
「わかりました。では、行ってきます」
そう言って、マールは執務室へと向かっていった。
「ねぇ、マオ。マールが一緒に来るなら、少なくとも私の種族はバレるんじゃない?」
「そこはおいおいだな。最悪、バレても問題ない。マールがクリスの種族を知って、差別するような人間に見えるか?」
「それはないと信じたいけど……」
「多分、戸惑いはするだろう。こちら側で魔族がどういう認識にあるのかは知らないが、そこはマール本人に聞けばいいだろ? その上で、話してみればいいだけのことだ。今、魔族と戦争を行っているのは、人間の一部の国だ。全ての国が、魔族に戦争をふっかけているわけではないからな」
「わかったわ。そこら辺の采配はマオに任せるわ。マールにどう思われようとも、マオが私のことを嫌いにならなければ、私は私でいられるから」
「俺がお前を嫌うわけがないだろ。さっきも言っただろ? 好きだって。信じてなかったのか?」
「信じてるわよ。でも、未来はわからないし、私よりも綺麗な子がいるかもしれないし、スタイルだって……マオ好みの大きい胸じゃないし……」
クリスの言ったことはブーメランとなり、自身に突き刺さるのだった。主に胸の話で。
「前にも言ったが、胸を大きくしたいなら俺がすると言っただろ? クリスは心配しなくとも大きな胸になるぞ。それに、今だってそれなりにはあるだろ? マールに負けただけじゃないか」
「でも、普通サイズよ?」
「今はまだ、だろ? 形はいいんだから自信を持て。クリスの着替えをしている時は、その胸に見惚れているんだからな? 朝のクリスは最高に可愛いぞ。最初の頃は、子供を相手にしているかと思ったが」
マオの発言からもわかるように、クリスは朝には弱く、よくマオに朝の準備を、寝ぼけている間にされてしまうのだった。
クリス自身はそのことが恥ずかしく、自分でちゃんと起きようと思っているのだが、種族柄、いくら耐性を手に入れたとしても、やはり朝には弱く、夜には強い体質は変えようがなかった。
「もうっ! からかわないで。私はもう大人なのよ。子供じゃないんだから。朝だってちゃんと……だいぶ……ちょっとくらいは、自分で起きれるようになったんだから」
クリスは強がった上に見栄を張って、ちゃんと起きれられると言おうとしたが、マオから受ける視線にバツが悪くなり、最終的にはちょっと頑張ってるという、僅かばかりの抵抗で終わった。
そんな話をしていたらマールが戻ってきて、晴れ晴れとした表情で近づいてくる。
「ギルドマスターへの報告は終わりました。今日は他の職員もいるので、大して引き継ぐこともないことから、このまま上がっていいそうです。これからはずっと一緒ですね!」
眩しいくらいの笑顔でマールが言うと、マオも自然と顔が綻んだ。
「それじゃあ、マールの引越しをするとしよう」
この日、マールは正式にギルドを辞め、マオのパーティーメンバーとなったのだった。
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