第16話 両者撃沈!?

 翌日、今日の行動予定を立てようと、マオはクリスと部屋でくつろいでいた。


「クリス、何かしたいことはあるか?」


「特にないわね。前にも言った通り、マオの傍にいられればそれで十分よ」


「そういうことは臆面もなく言えるのに、夜になると恥ずかしがるんだな。吸血鬼にとっては、夜が本領発揮の時間だろ?」


「それとこれとは別よ!」


 2人は昨晩も一緒に寝ただけだったのだが、クリスが寝るときに限って、やけに恥ずかしがり、顔を真っ赤にして抱きついてくるのだ。


「くくっ。可愛いやつめ」


「~~!」


 長年生きてきた年季の差か、クリスはマオに上手いようにからかわれるのだった。


「やりたいことがないなら、ギルドに行って、クリスのランク上げでもするか?」


「マオがそうしたいなら、別に構わないわよ」


「じゃあ、そうするか」


 その日は、ギルドへ赴きクリスのランク上げのために、クエストを受けた。


 そして、数週間の時が経ち、クリスのランクも、ようやくBランクへと昇格するのだった。


 毎日クエストを受けても飽きるだけだったので、マオたちは街にくりだして、買い物をしたり、食事をしたりと自由に生活を送っていた。


 そんなある日、とうとう受けるクエストがなくなってしまった。


 正確には、Bランクの受けるクエストが中々にないのだ。基本的に、下位のCランククエストを受けているのが現状であった。


 この街は比較的平和な街で、周りのモンスターも、オーガの時のような異常事態がない限り、脅威とならないものばかりだった。


 故に、この街の冒険者のほとんどは、Cランク以下ばかりになってしまう。


「そろそろ飽きてきたな。別の街に行くか?」


「そうね。弱いモンスターばかり狩っていてもつまらないしね。変わり映えしないわ」


「よし、マールに近隣の街の情報をもらいに行こう」


 こうして、ギルドを目指した2人は、旅に出る目的のためマールに会いに行くのである。


「マール、おはよう」


「おはようございます。マオさん」


 朝の挨拶をすませ、世間話を始める。最初に会った日から月日が経っているので、お互いに気安い関係まで発展していた。


「マールに聞きたいんだが、この街周辺で、Bランク以上のクエストが、普通に出回っているところはないか? ここだとクエストに限界があるからな」


「え……? マオさん、街を出ていくんですか?」


「そうだな。ここだと受けれるクエストに限界があるからな。さすがに、毎日Cランクのクエストを続けてたら飽きてくる」


「そんな……」


 マールは悲観した。今までは、ただ毎日同じことを繰り返す事務的作業だった受付の仕事に、マオという香辛料が加わり楽しくなってきたところでの、突然、マオからの旅立ち発言。


「どうしたんだ?」


「マオさんがいなくなるなんて寂しくて……もう会えなくなると思うと……」


 マールは、もう会えなくなると思うと、不思議と今の気持ちを口にすることが出来た。


 本来は引っ込み思案で、本音を言えない部分があったのだが、マオという存在に恋心を抱いてしまい、そのマオが旅立つということで、いつもとは違って少し勇気が出ていたようだ。


「それなら一緒に来るか? 俺は地理に疎いから、そこら辺のサポートをしてくれればいいぞ。まぁ、しなくてもマールならついてきてもいいぞ」


「え……」


 マールにとってはこの上ない言葉だった。マオには、既にクリスという女性がいたので、自分には見向きもしないだろうと、不安な部分があったのだ。


「ちょ!? マオ! マールを連れていく気なの!」


 クリスは、まさかマオがマールを旅に誘うとは思っておらず、降って湧いたような話に吃驚していた。


「マールがついてきたいって言うならな」


「外は魔物がいるんだから、戦えない人を連れて回るなんて危険よ」


「そこはどうとでもなる。そばにいるのが俺だからな」


「それでも――」


「あのぉ~……」


「どうした?」


「私、これでも一応、Bランク冒険者でして……」


「なっ!」


 クリスはあまりの事実に驚愕する。マールの見た目は、とても戦闘をするような女の子には見えず、おっとりとしており、戦闘とは無関係な感じの受付嬢に見えていたからだ。


「そうか、先輩だったのだな。それにしても、何故受付嬢がBランク冒険者なんだ? クエストを受けているところは見たことないが」


「それは、冒険者の中には荒くれ者もいますので、いざと言う時に荒事の対応のため、受付嬢になるための条件に、Bランク冒険者であることが含まれているのです」


「みんなBランクなのか?」


「いえ、就職の条件が最低でもBランクなので、場所によってはAランクの受付嬢もいますよ。Sランクはさすがにいませんが。まぁ、ほとんどはBランク冒険者ですね」


「受付嬢って凄いんだな。強引にナンパしたら、お仕置きされてしまうわけか」


「そうですね。誰かから教わらない限り、受付嬢が現役かもしくは、引退したBランク以上の冒険者だと知りませんからね。そういう事例はあとを断ちませんので」


「それで、どうする? ついてくるか?」


「私なんかがついて行って、迷惑じゃないでしょうか?」


「それは無い。断言出来る」


「何故ですか? ギルド職員の知識が有用だからですか?」


「そんなものはどうでもいいな。ただ単に、俺がマールを好きだからだ」


「――!」


「ちょっ、マオ! あなた、いきなり何言ってんのよ!」


「何がだ?」


「何って……何でマールに告白してるわけ!?」


「それは“迷惑じゃない理由”を聞かれたからだ」


「それにしても、ぶっ飛びすぎよ! 普通、聞かれたからって好きとは答えないでしょ! 連れていく有用性の方を答えるわよ!」


「そうか? 俺は思ったことを口にしただけだぞ。何かおかしいことか?」


「はぁ……あなたってそういう人だったわね」


「心配するな。クリスのことも好きだぞ」


「――!」


 あたり構わず好きと言ってくるマオに、二人の女性は顔を真っ赤にして、俯くしか対応が出来ないでいた。


 マールに関しては、想いを寄せていた相手からの、まさかの『好き』という回答で、クリスに至っては、背景的なものを関係なく、自分に対して『好き』と言ってくれる人に免疫がなくて、両者ともに、マオからの口撃でノックダウンした。


「さて、マール。返事を聞かせてくれ。俺とともに来るか? それともここで受付嬢を続けるか?」


「……」


 しばらくの沈黙の後、マールが静かに答える。


「私は……マオさんが好きです。笑顔が好きです。ちょっと常識を知らない天然なところが好きです。一緒にいると落ち着く雰囲気が好きです。他にもあるけど全てが好きです。片時も離れたくないほどに、貴方のことが好きです。……私を連れていってください」


「わかった。一緒に行こう、マール」


「はい!」


 マールの告白に、もはや空気と化したクリス……


 クリス自身もマオのことが好きなのだが、恥ずかしさからか、まだ1度も『好き』という単語を言えていない。


 そこに現れたライバル。胸の格差社会で敗北し、告白の順番でも敗北してしまった。


 もはや勝てているのは、強さと一緒に寝ていることぐらいだ。


 うかうかしていたつもりはないが、物の見事に、横からかっさらわれた感じになってしまった。


「わたしだって……」


 誰も聞こえないような、か細い声でボソッと呟くのだが、マオは聞き逃さなかった。


「クリス、心配しなくとも、お前が俺のことを好いてくれているのはわかってるぞ」


「っ! そんなんじゃ――!」


「違うのか?」


「違うことも……なくはなぃ……」


 最後の方は、声が小さくなり聞き取れる者は、早々いないだろう。マオを除いて。


「ははっ、全くお前は可愛いやつだな。あんだけ恥ずかしそうに、毎日ベッドで抱きついてくるんだ。いくら俺でも気づくぞ」


 クリスの頭を撫でながら答えると、真っ赤な顔がさらに赤くなるのだった。


 だがそれに待ったをかける者がいた。そう、誰であろうマール本人である。


「えっ!? マオさんとクリスさんは、同じベッドで寝ているのですか?」


「ん? そうだが?」


「ズルいです! 私も一緒がいいです!」


「ズルいも何も、マールは、一緒に暮らしていなかっただろう」


「それは……そうですが……じゃ、じゃあ、今日からは一緒に寝てください!」


「マールは、自分の家があるんじゃないのか? 俺たちが泊まっているのは宿屋だぞ?」


「どっちみちついていく以上、借りている家は解約します」


「それなら今日は、マールの荷物整理をするか。二人とも少し待っていろ。ギルドマスターに、筋を通しに行ってくるからな」


 そう言い残し、マオはギルドマスターがいる執務室へと足を運ぶのだった。

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