第10話 天然?

 一方その頃、宿屋の食堂では夕食を摂りながら、マオとクリスが話し合いをしていた。


「ねぇ、疑問に思うのだけれど、もしかして部屋は1つしか借りてないの?」


「当たり前だろう。俺1人しかいなかったんだからな」


「今は2人よね?」


「それがどうかしたのか?」


 マオは何故そんなことを聞いてくるのか、てんで理解が出来なかった。


「私、女の子よね?」


「女の子と言うより立派な淑女だな。女の子と呼べる歳はもう過ぎただろ?」


「上げておいて落とすのね……まぁ、いいわ。それで、このままだとマオと同じ部屋になるのだけれど?」


「そういうことか。それならそうと早く言え。遠回し過ぎるぞ」


「わかってくれたならいいわ。食事を楽しみましょ」


 この時の2人の会話は噛み合っていたのだが、中身は全然噛み合っていなかったことを、クリスは後で思い知ることになるのだった……



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 食事が終わってマオがカウンターへと行き、店主と話していると、クリスは部屋を取ってくれているのだろうと安心しきっていた。


「クリス、行くぞ」


 マオが戻ってきて声をかけると、クリスも立ち上がり、自分の部屋へ案内してくれるものだと思っていた。そう、この時までは。


「何でこうなるの……」


 目の前にはダブルベッドで寛いでいるマオ。クリスは部屋にある椅子に座り呆然としていた。


「ねぇ、マオ……」


「何だ?」


「どうして貴方がここに居座っているの?」


「それは俺の借り直した部屋だからだ」


「何故?」


「1人部屋だと狭いから、2人部屋にすれば良かったんだろ? 食事の時に言っていたじゃないか」


「そういう意味じゃなかったんだけど……百歩譲ってこれでいいとしても、何でベッドが1つなの?」


「それは、1つしか置いてないからだろ? 見てわかるだろ」


 当たり前のことを当たり前に返されて、クリスの我慢が限界突破した。


「そういうことじゃないわよ! そもそも普通、部屋は別々に取るでしょ! しかも、何よこれ! ベッドが1つしかないじゃない! 一緒に寝ろってことなの!? どうなのっ? そうなのっ!?」


「落ち着け、何をそんなに怒っているんだ?」


「これが怒らずにいられるもんですか! 貴方と私は男と女よ! 何で一緒の部屋で、しかも同じベッドで寝るのよ!」


「俺といるのは嫌なのか? 俺はクリスと一緒にいるのは好きなんだが」


「――! 不意打ちよ! 卑怯よ!」


「卑怯も何も、思ったことを口にしただけだぞ。クリスは嫌なのか? それなら、別で部屋を取ってくる」


 そう言ってベッドから立ち上がると、入口に向かって歩き出す。


 ドアノブに手をかけたところで、服が引っ張られる感じがしたので、振り返るとクリスが裾を掴んでいた。


「どうした? 部屋をもう1つ借りに行かないといけないんだが」


クリスが俯いたまま黙ってたので、もう一度問いかけてみた。


「どうしたんだ?」


「……ない」


「ん? 何だ?」


「……じゃない」


「よく聞こえんのだが」


「嫌じゃないって言ったの!」


 頬を真っ赤に染め上げて、顔を上げたクリスが答えた。


「嫌だったんじゃないのか? 散々怒ってただろ?」


「それはそれ! これはこれよ!」


「よくわからんな。結局、どうしたいんだ? 部屋を取るなら早くしないと、埋まってしまうんだが」


「……取らなくいい! 一緒にいる!」


「やれやれ。さっきは立派な淑女と言ったが、前言撤回だな。クリスは駄々をこねる女の子だな」


 マオはクリスの頭の上に手を乗せ、撫でながらあやす。


「そんなんじゃ、騙されてあげないんだからね!」


 そう言いつつも、顔を見れば満更でもないようで、頬を赤く染めたまま口元を緩ませていた。


「さて、明日はオーガ退治だし、今日はもう寝るか。クリスがベッドを使っていいぞ。俺はそこら辺でも寝れるからな」


 実際、魔法を使えば床でも心地よく寝れるからな。


「やだ、一緒に寝る」


「どうした? さっきまでは、ベッドが1つしかないことに怒ってただろ? 一緒の部屋は良くても、一緒に寝るのは嫌じゃなかったのか?」


「こんな気持ちにさせたんだから、責任取って一緒に寝るの!」


「こんな気持ちってどんな気持ちだ……まぁ、クリスがそれでいいなら別に構わないが。寝間着は持っているのか? その服のままじゃ流石に寝にくいだろ?」


 クリスの服装は、マオに召喚された時のままで、ドレスに身を包んでおり、とてもじゃないが、寝るための服装とは言えなかった。


「持ってない……召喚されたし」


「俺の予備でいいなら貸すぞ?」


「じゃあ、貸して。ドレスが皺になっちゃう」


「ほれ」


 取り出した服は、大して見栄えのしない白シャツとハーフパンツだ。寝る時には、ラフな格好が一番落ち着くこともあり、マオは似たような服を幾つも持っていたのだ。


「ねぇ、着替えるからあっち向いて」


「あぁ、そうだったな」


 俺が背を向けると、クリスは着替え始めたようだ。いくら容姿は多少幼くても女性だしな。恥じらいがあるのだろう。


 スルスルと服を脱ぐ音が聞こえると、そこで音が止む。不思議に思うが振り向くわけにはいかないので、そのまま聞いてみる。


「どうした? 服の着方がわからないのか?」


「ど、どうもしないわ!? (服に染みついたマオの匂いを嗅いでいたなんて、とてもじゃないけど言えないわ)」


「何故に疑問形なんだ? とりあえず、早く着替えろ」


「わ、わかってるわよ」


 少ししたら着替え終わったのか、クリスが声をかけてきた。


「もういいわよ」


 振り返ると白シャツにハーフパンツという、ラフなクリスが完成していた。元々俺が着ていたものなので、シャツは大きめになっていて、裾が太もも辺りまできている。


「ドレス姿も良かったが、その格好も似合ってるな。可愛いぞ」


「――!」


「クリスも着替えたことだし、さっさと寝るか」


 ちなみに俺は、指パッチンで服装は変えられるので、クリスが着替えている間に済ませて、手間はかからなかった。


 ベッドに横になると、よそよそしくクリスが入ってくる。


「ねぇ……ちょっとこっち向いてくれない?」


 背中を向けていた俺が寝返ると、クリスがこちらを見ていた。


「何か話しでもあるのか?」


「違うわよ。こうするの」


 そう言って俺の胸に顔を埋めると、そのままスヤスヤと寝始めてしまった。


『やはり強がっていても、子供なんだな。いきなり知らない場所に召喚されたのだから、不安もあったのだろう……まぁ、とりあえず寝るとするか』


 クリスの行動にマオは思考を巡らせていたが、疲れていたので、そのまま気にせず眠ることにしたのである。


……


『もう寝たかしら? 今日、初めて会ったというのに、一緒にいると何故落ち着くのかしら? これが大人の包容力? しかも、いい匂いがするし、不意にドキッとすること言ってくるしで、反則よね。本人は無自覚っぽいし』


 狸寝入りしていたクリスは、1人でドキドキしながら、そんなことを思いつつ眠りにつくのであった。

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