第8話 魔王と真祖と執事と

 マオが転移をしようとしていたら、クリスからふと質問を投げかけられた。


「ここから街までどのくらいかかるの? あまり歩き続けるようなら疲れるから、使い魔を呼びたいのだけど」


「それは心配ない。一瞬だ」


「一瞬?」


「まぁ、少し歩くことになるが、ここから歩くよりマシだろう」


「意味がわからないわ」


「要するに転移するんだよ。街の近くまで。バレると騒ぎになるから、人気のない街の外に」


「えっ!? 転移魔法が使えるの!?」


「そんなに驚くことか?」


「驚くわよ! 失われた古代魔法よ!」


 マオの発言に驚くクリスを他所に、マオが淡々と告げていく。


「そうなのか? いよいよもって、クリスのいた所とは違うようだな。こっちだと、俺の部下も普通に使ってるぞ」


「えっ! 部下がいるの!?」


 マオの発言に、クリスは更に驚かせられるのだった。


「言ってなかったか?」


「言ってないわよ! 言ったのは“しがない冒険者”ってくらいよ!」


「そうか? まぁ、部下ならいるぞ。今は城に残って仕事をしている」


「城って……あなた王様なの!?」


「王と言えば王だな。違うと言えば違うが」


「どっちなのよ!」


 マオから明かされる驚きの数々に、普通に突っ込んでしまうクリスであった。


「いやな、王の仕事に飽きて、ちょうどよく俺を殺しに来た奴に押し付けてきた」


「押し付けたって……そもそも殺しに来てた奴に、よく押し付けられたわね」


「それが、そいつは人間のお偉いさんに騙されて、俺を殺しに来たんだよ。それを教えてやったら、感謝されてな。色々と言いくるめて王様に仕立てあげた。今はあいつが魔王(仮)だ」


「ま……ま……魔王ですってぇー!?」


「クリス、キャラが崩壊してないか?」


 今日一番の驚きを見せたクリスのそんな様子に、マオはちょっと引いていた。


「でも、そんなに驚いてどうしたんだ?」


「逆に何で貴方は、そんなに平然としているのよ!」


「驚く要素がないからか?」


「おかしいわよ! 魔王って言ったら全魔族の中で、最強の存在よ! 真祖ぐらいでいい気になってた私が、馬鹿みたいじゃない! しかも、それを人族に押し付けて来た? 自分を殺しに来たやつに? ありえないわよ! 何よ魔王(仮)って!」


「ま、まぁ、落ち着けよ、クリス」


「これが落ち着いていられるもんですか!」


 フーフーと息を荒らげるクリスに、マオもタジタジであった。


「で、魔王(仮)は一体誰よ? 適当なやつに押し付けてたら、承知しないんだから!」


「承知しないも何も、クリスは多分、この世界の魔族じゃないだろ?」


「それでもよ! この世界に来た以上、この世界の住人なんだから、文句を言う資格はあるわ!」


「魔王に文句を言うやつなんて、早々いないと思うのだが」


「そんなことは、今どうでもいいの! 私より弱いやつが魔王だなんて、許せないのよ! で、誰なのよ、魔王(仮)は!」


「魔王(仮)は勇者だ」


「「……」」


 マオの発言にクリスが沈黙すると、様子を窺っているマオも同じく沈黙した。


 暫く沈黙が続いて、クリスが納得してくれたのかと思った矢先……


「はぁぁぁああ?」


 突然、クリスの絶叫が木霊し、鳥たちが一斉に羽ばたいて逃げてしまった。


「ゆぅうしゃぁあ? 何それ? ふざけてんの?」


「ふざけてないぞ。事実だ」


「何で、魔王の天敵の勇者が、魔王(仮)とかになってんのよ! 頭がこんがらがってくるじゃない!」


 頭がこんがらがるのを俺のせいにされても……と思うマオであったが、それを言ってしまえば、火に油を注ぐような事態になることを察して、決して口にはしなかった。


「そもそも、魔王の天敵の勇者が、魔王になったら誰も勝てないじゃない! 人族の思うつぼでしょ!」


「それはないぞ。断言出来る」


「なんで出来るのよ」


「そもそもの話、勇者は魔王の天敵ではない」


「そんなわけないでしょ! 古くから魔王は勇者に討たれる運命にあるのよ!」


「いや、俺は討たれてないが」


「それはマオが、討たれる前に言いくるめたからでしょ!」


「いや、今回だけじゃなくて、今までずっと討たれてない。討たれてたら俺は今、ここにいなくて死んでるしな」


「どういうことよ?」


「どうもこうも、今まで来た勇者は、今回を除き全て返り討ちにした」


「はぁぁぁああ?」


 本日2度目の絶叫が木霊するが、逃げていく鳥たちはもういないので、声だけが響きわたることになった。


「貴方、勇者を返り討ちにしたの!? 何でよ!」


「何でよと言われても、弱すぎて相手にならなかった。あれなら俺の執事の方がまだ強いぞ」


「貴方一体、どれだけ魔王を続けてるのよ? というか、執事が勇者より強いっておかしいわよ!」


「さぁな。覚えてない。セバスに聞けばわかるかもしれんが」


「セバスって誰よ!」


「執事だ」


「ちょっとここに呼びなさい!」


「何でだ? あいつは今、勇者の教育係で仕事してるぞ」


「いいから呼びなさい!」


 マオは、クリスのあまりの剣幕に、素直に呼ぶことにした。


「セバス」


「ハッ! ここに」


 いつも通り、瞬時に現れる完璧執事セバスが登場した。


「忙しいところ悪いな。クリスが、セバスに会いたいと言ってな。呼ばせてもらった」


「勿体なきお言葉。魔王様のご用命とあらば、何時いかなる時でも、駆けつける所存であります」


「ちょっと、セバスさんに聞きたいのだけれど」


 クリスが声を掛けると、セバスはようやく視線をそちらに向ける。


「これはまた……真祖のお嬢さんが、如何なるご用向きで?」


「私が真祖だってわかるのね。マオが何年魔王を続けてるのか知りたいの」


「マオ?」


「あぁ、人間社会で使っている偽名だ。考えるのが面倒でな、魔王から取った」


「左様でございますか。素晴らしきご判断でございます。真名はおいそれと、教えるものではございません。よからぬ輩に悪用されては、不利ですからな」


「そうなのか?」


「はい。しかし、魔王様であれば真名を知られたところで、ハンデにすらならないでしょう」


「クリスは普通に名乗ったぞ。セバスも真名だろ?」


「私の場合は忠誠の証にございます。そこのお嬢さんは、抜けているだけかと……」


「そうか。クリスは抜けているのか」


「抜けてないわよ! 召喚された以上、貴方が主様なんだから、普通に名乗るでしょ!」


「そうなのか? 俺は召喚されたことがないから、わからないのだが」


「魔王様を召喚出来る者など、この世に存在しません。もし可能性があるとするならば、それは神かと」


「神? そんなもんがいるのか? 今まで見たこともないが」


「架空の存在でございます。誰もその存在を確認したことはありません。よって、魔王様こそが至上」


 セバスのマオに対する忠誠っぷりが、遺憾無く発揮されていると、クリスが横から口を挟む。


「話しが脱線しすぎよ。マオは結局、何年魔王を続けてるのよ」


「そうだったな。セバス、覚えているか?」


「魔王様が即位なされて、既に500年が経過しております。これは史上最高の統治年数でございます」


「ご、500年!? ありえない……」


 セバスから知らされる途方もない年数に、クリスは愕然として現実逃避を始めた。


「真祖のお嬢さん、そもそも、貴方のものさしで魔王様を測ること自体が、烏滸がましいのです」


「セバス、普通の魔王は、どのくらい統治してたんだ?」


「長くても100年ほどです。必ずと言っていいほど勇者に討伐されています。その点、魔王様は、勇者を赤子の手をひねるかのように、返り討ちにしていたので、未だ統治年数が終わりを迎えないのです。長く平和な時代が続いていますので、民たちも喜んでおります」


「そうか。民が幸せならそれでいいな。長いこと暇を持て余したのを、我慢してた甲斐はあったな。今は、代理の魔王に仕事を押し付けているが」


「それは別に構わないことです。長く民たちのために働いていた魔王様にも、休息は必要ですので」


「なら、このまま暫くは冒険者でいよう。休息を取っていいなら、遊んでても構わないな?」


「魔王様の御心のままに」


「そういえば、勇者は上手くやれているか?」


「元々が勇者でしたので、戦略・戦術においては申し分ないかと。今も人間たちの進行を、押し返しておりますので」


「それはいい働きだな。よもや人族たちも、自分たちの敵が勇者だなんて思いもしないだろうな。すまないな、セバス。忙しいところ来てもらって。引き続き、勇者の教育を任せるぞ」


「御意に」


 そう言って姿を消したセバスを見送ると、未だ現実逃避から戻れていなかったクリスが、ようやく口を開いた。


「マオは凄い魔王様だったのね。私を召喚出来たのも当たり前みたいね。ところでセバスさんは魔族なの? 全然、隙がなかったのだけど」


「魔族になるのかよくわからんが、種族は悪魔らしいぞ。召喚した時に言ってた気がする」


「なっ!? 悪魔!? 伝説の種族じゃない! 実在するかもわからなかった最強の種族よ! 通常の世界とは違う魔界に住んでるって古文書には書いてあったけど、まさか実在していたなんて……てっきりお伽噺だと思っていたのに……」


「そうなのか? ここに住んでないってことなら、クリスと同じだな。セバスも別世界から召喚していたのか」


「セバスさんも凄いけど、それを召喚しているマオは本当に規格外ね。どれだけ強いのよ。勇者を何回も返り討ちにするわ、仲間に引き入れて代わりに魔王をやらせるわで」


「どれだけ強いかはわからないな。基準となるものがない」


「まぁ、いいわ。私のご主人様としては、最高の人みたいだから」


「俺はクリスのご主人様になったのか? 冒険者仲間だと思っていたが」


「召喚された以上、マオが私の主様なの! 弱いやつがラッキーで召喚したのだったら、名乗る前に殺してやったけど。これからもよろしくね、ご主人様」


「あぁ、よろしく頼む。じゃあ、色々と長くなってしまったけど、街に帰るぞ」


「はい」


 マオの人となりが思わぬところから知れて、召喚されて良かったと思うクリスであった。

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