第2話 やって来た、人間の国!
魔王が勇者を魔王(仮)へと任命して、あとを任せて魔王城から転移した先は、とある国の森の中であった。
「よし! これで好きなだけ旅が出来るぞ! 勇者には悪いが、暫くは旅を満喫させてもらおう。セバスも付けてきたし、魔国が滅びることはないだろう」
あまりの嬉しさに、転移早々テンションが上がった魔王だったが、周りに誰もいなかったのがせめてもの救いか。
「このまま人間国へ行っても、魔族だとバレるから変装する必要があるな。取り敢えず、角と羽と尻尾を隠せば、見た目は人間に見えるだろう」
魔王が指をパチンッと鳴らすと、魔族の証とも言えるものが消え、見た目だけはただの人間の姿に変貌した。
「これでよし。さて、ここから1番近い街は何処だ?」
魔王が気配を探ると、割と近くに人が密集した地域を探知した。
「意外と近いな……歩いて行くか」
森を抜けると街道が見つかり、道なりに目的地へと歩き続けて、さながら景色を楽しむ散歩である。
時折、馬車に追い越されもしたが、その後、何の問題もなく街へとついた。
魔王が門へ近づくと、衛兵から声をかけられた。
「身分を証明するものは、持っているか?」
「ない。田舎の村から出てきて、大きな街で冒険者になろうと思っていたんだ」
この辺は既にリサーチ済みで、こう答えたら難なく街に入れることを知っていた。
「そうか。それなら仮入門にしとくから、冒険者登録が終わったら、今日中にギルドカードを見せに来い。もしバックれたら牢屋行きだから、くれぐれも忘れるなよ」
「あぁ、わかった。ちなみに、ギルドの場所は何処だ?」
「この道を真っ直ぐ行ったら、右側に見えてくる。周りの建物に比べて大きいから、すぐにわかるだろう」
「ありがとう。また後で来る」
衛兵にお礼を告げ、ギルドを目指して歩いて行く中、周りに目をやると、数多の店が並んでおり住人たちが賑わいを見せていた。
暫く歩くと、衛兵の言っていた大きな建物が見え、それがギルドだとすぐに判断した。
スイングドアを開け、中に入ると様々な冒険者たちで賑わっているようだ。
魔王は、人が並んでいない受付を見つけて、そのまま、そこに向かうと、受付嬢から声をかけられる。
「ようこそ冒険者ギルドへ。ご要件は何でしょうか?」
受付嬢は、茶髪のショートヘアにブラウンアイで、スタイルはそれなりに良く、特に胸が大きい。
「冒険者登録をしたいのだが」
「それでは、この紙に必要事項を記入してください。代筆は必要ですか?」
「自分で書けるからいい」
(名前は……魔王から取って“マオ”にするか。職種は……魔法剣士だな。得意魔法とスキルは空欄にしておこう。詮索されるのは面倒だからな)
「これでいいか?」
「確認しますね。……問題ありません。カードを登録するので、右手側にある水晶に触れてください」
受付嬢に言われた通り水晶に触れると、淡く光を発した後、元の状態に戻る。
「登録が完了しました。冒険者ランクはFランクからスタートです。クエストは、現ランクの上下1ランクまでなら受注可能です。パーティを組んだ場合は、高ランクの方が基準になります。討伐クエストは、指定された部位を持ち帰らないと、達成したとは認められませんのでご注意を」
「あぁ、わかった。早速クエストを受けたいのだが、構わないか?」
「はい。あちらの掲示板に、依頼を貼り付けてありますので、そこで選んでください。依頼票を剥がして持ってきて頂ければ、受注登録をします。常駐クエストは、いつでも受け付けているものなので、剥がさなくても依頼品をお持ちすれば達成となります」
「了解した」
マオは、受付から踵を返して掲示板へと向かう。今日の宿代と飯代ぐらいは稼がないと、野宿することになってしまうからだ。
一応私財はあるのだが、ありすぎて面白みに欠けるからと、マオは無一文で転移してきた。
やはり冒険者になったからには、クエストを達成して得た金で、生活したいと考えていた。
掲示板に張り出されている依頼で、現ランクで受けれるものは実に限られていた。
これは、言っても仕方の無いことだから、マオは我慢するしかないと思って、依頼に目を通す。
とりあえず受注しようとしたのは、Fランクの薬草採取、ホーンラビット討伐、Eランクのゴブリン討伐、フォレストウルフ討伐の依頼である。
どれも常駐クエストとなっており、このまま街を出て、討伐部位を持って帰ってくれば、依頼達成となる。
マオは、出発する前に聞いておくことがあり、再度受付へと向かうと受付嬢に話しかけた。
「ひとつ聞きたいんだが、モンスターの買取はやっているのか?」
「はい。モンスターによって、使える素材が変わってきますのでそれに応じたものと、その素材の状態によって価格は上下しますが、買取自体は行っております」
「わかった。では、モンスターは、持ち帰ることにしよう」
「ちなみに、どの依頼を受けられるのですか?」
「常駐クエストで、Fランクの薬草採取、ホーンラビット討伐、Eランクのゴブリン討伐、フォレストウルフ討伐だ」
「えっ? 本気ですか?」
「本気も何も、常駐で張り出してあるのだから、やって構わんのだろ?」
「それはそうなのですが……」
そんな時、マオは後ろから声を掛けられた。
「おいおい、さっき登録したばかりの、Fランクの駆け出し兄ちゃんよぉ。初っ端から見栄張ってんじゃねえよ。大人しく薬草だけにしておけ。Dランクの俺でさえ、そんな1度には達成無理な依頼を、お前ができるわけねえだろ?」
如何にも、チンピラ然とした男が、こちらに凄みを効かせていた。
「それはお前が弱いからだろ。一緒にするな」
「んだとこらぁ。調子こいてんじゃねえぞ?」
「それで、やって構わないんだろ?」
「規則上、何も問題はありません。しかし、危険です。先ほど、冒険者登録したばかりなのに……」
「おい、こら。無視してんじゃねえよ。駆け出し!」
チンピラ冒険者に肩を掴まれ、マオは後ろに引かれる。
「お前、俺に喧嘩売って、覚悟は出来ているんだろうな?」
「はぁ? Fが何いきがってんだよ? 実力の差もわからねえのか?」
「おい、受付嬢。冒険者同士の喧嘩は、この場合どうなるんだ?」
「冒険者である以上、自己責任ですが……建物に被害が出た場合は、賠償責任となります」
「それはこいつが? それとも俺が?」
「基本的に両方ですが、どちらかが一方的に悪い場合は、その方の責任になります。つまり、悪い人がいたせいで建物が破損し、悪い人がいなければ、建物が破損することはなかったという考えに基づきます」
「今回の件は、明らかにこいつが悪いよな? 俺は受付嬢と話してただけで、こいつが絡んでこなければ、今の状況にも至ってなかった」
「ふざけんな! Fの癖に何俺様に罪を擦り付けてんだ! 身の程を知れ!」
「どうなんだ受付嬢?」
「マオさんの証言が認められます」
「はぁ? ふざけんなよ? 受付風情が人の喧嘩に割り込んで、悪者扱いしてんじゃねえよ!」
「ひっ!」
受付嬢が、冒険者の威圧に耐えきれず、悲鳴をあげる。
「女性に対し威圧するとは、程度が痴れるな」
「てめぇはもう許さねぇ。死んで詫びろ!」
チンピラ冒険者は、剣を鞘から抜き放ち、殺さんばかりの勢いで斬りつけて、それを見た受付嬢は、咄嗟に声を出した。
「危ないっ!」
受付嬢は、このあと起こるであろう惨事から、顔を逸らして目を瞑る。
しかし、いくら待てども、人が斬られたような呻きは聞こえず、静寂に包まれていた。
恐る恐る目を開けた、受付嬢の視界に入ったものは、ありえない光景であった。
マオが左手で剣を掴んでいたのだ。
「その程度の力で、俺を殺そうとしたのか?」
冒険者は、何とか斬りつけようとするも、剣はビクともせず、力を込めている両手だけが震えていた。
「次はこちらの番だな」
右手を握りしめ拳を作ると、冒険者の腹部に撃ち放つ。
「ぐぶぁっ!」
冒険者は、そのままスイングドアへ吸い込まれ、ドアごと外へと飛んで行った。
「つまらん」
マオは掴んでいた剣を捨て、受付へ振り返る。
「怖い思いをさせてしまったな。すまない」
受付嬢は声を掛けられるとは思わず、キョトンとしていたが、すぐに返事をした。
「そんなことないです。冒険者は気性の荒い人が多いので、殴り合いとかのいざこざは、結構日常的にあったりするんです。でも、今回は剣を抜くまでになってしまって……」
「それなんだが、あのドアの賠償は、あいつになるんだよな?」
「はい。今回は明らかに、素手の人に対して剣を抜いたので、あの方が全面的に悪いことになります。そもそも、ギルド内での諍いは、命のやり取りがないように殴り合いが基本です。武器を使用した時点で、懲罰問題となります」
「それを聞いて安心した。実は一文無しで、修理代を請求されたら、困るところだったんだ」
「プッ……フフッ。マオさんて面白い人なんですね。一文無しだなんて」
「冗談ではないぞ。今から、今日の宿代と飯代を稼ぐために、クエストを受けるんだからな」
「はい。頑張ってください。先程は心配でしたが、マオさんの実力が見れたので、安心して見送れます」
「あぁ。頑張って日銭の種を手に入れてくるよ」
「行ってらっしゃい」
ここだけ見れば和やかな雰囲気なのだが、周りにいる冒険者たちは、マオの強さに驚愕し、とてもFランクの駆け出しとは思えずに呆然としていた。
ギルドから外に出ると、先程のチンピラ冒険者が、路上でドアとともに倒れていた。
行き交う人々は遠巻きに見ていたが、誰も助けようとはしなかった。
これだけで、この冒険者が、日頃からどういう態度なのかが、窺い知れるというものだ。
そんな冒険者を一瞥して、マオは門へと歩き出した。
門に到着すると、衛兵に冒険者となった証を見せて、無事に仮入門から正式なものへと移行した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
マオは、街から少し離れた先程の森まで来ると、薬草の採取から始めた。
採取がてら目的の魔物がいないか、気配探知を使いながら森の奥へと突き進む。
最初に見つけたのは、ホーンラビットだった。その名の通り角うさぎだ。
角と毛皮は素材になり、肉は食料となり、骨は砕いて肥料となるので、捨てるところのない魔物として有名だ。
だが、それらの知識は人間社会でのこと。マオは当然知らないのだが、ギルドで説明を受けたことを覚えていて、状態が良ければ価格が上がるという、損傷の少ない倒し方にしようと決めていた。
「《エアカッター》」
マオから放たれた風の刃によって、ホーンラビットは頭と身体の2つに別れた。
倒した後は、空間魔法による【無限収納】へと入れ込む。採取した薬草も、実は【無限収納】へと入れていたのだ。
ホーンラビットを見つけては倒し、すぐさま【無限収納】へと入れる作業を繰り返していた。
道中、薬草採取を続けていたら、ゴブリンを探知したので、現場へと向かった。
「《エアカッター》」
「グギャッ(解せぬ)……」
ゴブリンも同じよう出会い頭に、頭と身体をサヨナラさせて、何事も無かったかのように、【無限収納】へと収めていく。
暫くして団体さんを探知したので近づくと、フォレストウルフの群れだった。
「グルルゥゥ(餌?)……」
マオが近づくと向こうも気づいていたようで、威嚇して警戒していた。
逃げられても面倒だからか、マオは群れの分だけエアカッターを作り出し、一気に殲滅した。その後は安定の【無限収納】へ。
それからも、ひたすら採取と狩りを続けていたが、同じことを繰り返していたため、魔王時代のことを思い出して、このままでは飽きてしまうと思い、作業を切り上げて帰るのだった。
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