第533話 帝国陸軍中尉

「お楽しみのところお邪魔するぜ」

 堂々と入っていた海賊女は悠々とボスの方に歩いて行く。

 ログハウス内はボスの豪邸と言うより、家具類は少なく板張りの部屋が広がるこじんまりした道場という感じがして天井は高く広い。

 これなら海賊女の長物もそれなりに振り回せ太刀に対してそんなに不利ということもないだろう。

 グダグダの泥試合で双方消耗してしまうのが理想だが旋律士の超人的能力で一方的に蹂躙してしまうかもしれないな。まあ、それならそれで誠心誠意及己として太鼓持ちに徹しよう。

「気にするなお楽しみはこれからだ。

 ゆっくりと楽しもう」

 ボスの太刀を片手にゆっくりと立ち上がっていく動きに隙は見受けられない。ボスを張るだけのそれなりの腕と見た。そういうことが俺も肌で感じられるようになってきたのはいいことなのか悪いことなのか、それだけ数多くの死線を越えてきた証だからな。そんなのは自慢にならない。俺のような頭脳派は死線を遠くから眺めていてこそ評価される。

「やっぱり待ち構えていたのかよ。勝負の前に種明かしはしてくれないのか?」

「さして出し惜しみするようなものでは無いが簡単に教えるのも興が冷める。

 そうだな俺の期待に応えてくれたら教えよう」

「そりゃ楽しみだ。私は期待以上のいい女なんだよ」

 会話をしつつも海賊女は止まることなく櫂を構え満ち潮の如くゆったりと寄せていく、っと思えば津波のごとく一気に大きく間合いを詰めて大上段から櫂を振り下ろす。

 緩急の差から実際の速度以上に錯覚させ間合いを惑わせタイミングを狂わす。

 当たれば脳天が砕ける。

 勝負に夢中になって人質にすることを忘れたか。

 カチン。

 硬い音が響く。ボスは鞘に収まったままの太刀で受け止めた。

 あれに反応した!!? この男もやはりただ者では無い。

「やるな女。名乗れ」

「上から言うな。だが死者を送る流儀だ。名乗ってやろう。

 六文銭の案内人 村上 真気」

「大日本帝国陸軍特務部隊中尉 畔 伽九」

 帝国陸軍? いつの時代の人間だよ。だが畔はどう見ても20代の若者にしか見えない。

 そうかそういうことかまた一つこの世界の秘密が分かった気がした。

「こりゃ驚きのエリートさんじゃないか、大昔のな」

 海賊女は受け止められた箇所を起点に櫂の回転させ、櫂の柄が畔の鳩尾を襲う。畔は体を半身に切って躱すと同時に蹴りを海賊女に放つ。

「中尉さんが盗賊に落ちぶれかい」

 後方に飛んで蹴りを躱した海賊女が畔を間髪入れず煽る。海賊だけに口が悪い。

「泥水を啜ろうとも成さねばならいことがある」

 畔はゆっくりと上段に構え、海賊女は呼応するように櫂を水平に引いて構える。




「「はっ」」

 互いに呼吸を図り相撲の立会いのごとく示し合わせたように前に出た。

「きええええええええええええええええええええええええい」

 畔の裂帛の上段からの振り下ろしを海賊女は櫂をスラッガーの如く水平に払って剣で受け止めた畔をかっ飛ばした。かっ飛ばされた畔は俺に向かって飛んでくる。飛ばされた勢いを乗せた畔の太刀が袈裟斬りに俺に襲い掛かってくるのであった。

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