第531話 疑似天国は真の天国になり得るか
崖上から見る砦は塀でぐるっと囲まれ見張り台が設置されている。もし見張り台に人がいれば崖にいる俺達など見付かっていたかも知れないが今は他のことに夢中らしく無人である。簡単な道具なら作れそうな作業場、どんな食材を調理するのか調理場、まあ盗賊団でもプライベートは欲しいのか居住区が中央にある広場を囲っている。
その広場ではメラメラと欲望を滾らせるように焚き火が焚かれ、酒をラッパ飲みしケラケラ理性を失った男達が輪を囲み、拐ってきた女を嬲りものにしていた。
「おら、咥えろよ」
「もう許して」
「甘えたこと言ってんな。お前は獣のようにヨガってりゃいいだよ」
股間を見せ付ける男から女は後ずさるが、そんな女を別の男が背後から押さえつけ一物を容赦なく女の秘部に突き込み腰を叩き付ける。
「ひゃっひゃ、壊すなよ。長く遊ぶんだからよ」
「うひゃうひゃっうひゃーーーーー」
囃し立てる仲間の声に応えるように一心不乱に欲望を滾らせ叩き込んでいた。
なぜだろう俺はその光景に何処か痛々しさを感じていた。
「ちっ胸糞悪い。下手な学芸会を見せられているようだ」
村上は露骨に顔を顰める。だがその心情は単純に女が嬲らられていること対する怒りとは違うように感じる。俺が感じたことと同じかも知れない。
さて、知らない女がどうなろうと心は動かないがキャラ的には義憤に燃えるところだろう。
「もう我慢出来ません、今すぐ助けに向かいましょう」
拳を固め興奮気味に及己は村上に提案するが、そんな及己を一瞬訝しげな目で見て村上が答える。
「ボスがどこにいるか確認してからだ」
「そんな悠長な。村上さんなら真正面から全員叩き潰せるんじゃないですか?」
慎重過ぎないか。酒に酔い股間丸出しで腰を振っている連中など、俺でも奇襲で制圧できそうである。まして旋律士として超人的能力を持つ海賊女なら余裕のはずだ。
「ボスに逃げられた元も子もないだろ。土地勘は向こうにあるんだ潜伏されたら二人では探し出せないぞ」
「なるほど」
一見尤もらしいことを言ってるようだが、海賊女の意図が垣間見える。
及己が依頼したのは正義の青年らしく攫われた女性の救助であり、決して盗賊団の壊滅ではない。依頼を遂行するつもりならボスに逃げられようが知ったことではないはずだ。
ボスに拘る理由。ボスを潰して盗賊団を乗っ取るつもりか、はたまたボス自身に個人的に用があるのか。
翻って俺自身を省みれば、そもそも情報を求めて盗賊団の追跡をしたのであって、女性の救出云々は海賊女を欺くための方便に過ぎない。初期に立ち返れば、女性の救助より海賊女が言う通りボスを抑えたい。盗賊団とはいえ頭を張っているんだ、雑魚よりは情報を持っているだろう。脱出方法を知らないにしてもカルデラ湖に何があるのか知っているかもしれない。
なるほど確かにボスが重要だ。
俺もボスを探そうと目を凝らすと、広場で酒と女に興じるサバトを一歩離れた所から見ている男が目に付いた。
「あれがボスじゃないですかね。偉そうだし」
他の連中とは気配の格が違う男は巨大な杯に酒を並々と注ぎサバトを肴に呑んでいる。その脇には一糸纏わぬ姿で犬のように四つん這いになり鎖が伸びる首輪を付けられた女がいた。その悲しみと恥辱に染まる顔はフェリーで見た覚えがある。フェリーから攫われた女で間違いないだろう。
哀れな女だ。その女が悲しみの果には何が待つ?
全てを諦めればここでは泡と消える。だが、変に心が壊れて幸せの夢の世界で生きる住人に成れば諦めことも飽きることも知らない無敵の人と成って泡になる運命からは逃れられることになる。まあそういう者は現実世界では食っていけなくて早晩消えることになるが、この世界で餓死はあるのだろうか? 欲望を捨てた果に泡となるというなら逆に欲望がある限り死なないも成り立つのでは? 永遠に幸せな夢の世界の住人として生きる。一種の天国とも言える。いやそんなの薬でラリる快楽と何が違う。だが薬で得る幸せが擬い物だと人は言うが、本当にそうなのか? 人に迷惑をかけるから、体を壊すから、ならその二つが成り立たないのなら真の幸せなのか、俺が思考に嵌まっている内にボスと思わしき男がおもむろに立ち上がった。
「ボスどうしたんです」
傍でニヤニヤサバトを眺めていた側近らしき男が尋ねる。
「後はお前達で楽しめ。俺は俺で楽しませて貰う」
「分かりました。邪魔はしませんよ」
自分の部屋でゆっくり女を嬲るつもりなのかボスは鎖を引っ張り女を連れて一人離れていく。方向的に居住区の方だ。
「これはチャンスですね。先手を打ってボスを抑えますか?」
うまく行けばボスを人質にして手下共に降伏を迫れる。まあ盗賊をやるような連中がボスの命と引き換えに降伏するとは思えないが、さっさと目的を達成するのは悪くない。俺は課題は先に終わらせるタイプなんだ。いざとなればそのままボスを拉致って逃げてしまえるのもいい。
「そうだな」
今度の提案には村上の乗り気のようで否定することなく思案顔になる。
「なら、あそこのから侵入しませんか、丁度柵が壊れて通り抜け出来そうです。サバトに夢中になっている連中には気付かれないで砦に侵入できそうです」
「それで行こう」
村上と及己は動き出すのであった。
砦内部の居住区にはバラックのような掘っ立て小屋が立ち並ぶ中、青の鯨内では貴重な木材を贅沢に使用したログハウスがあった。価値は相対的とは真理である。平凡いや出来の悪いログハウスが周りのバラックが引き立て王宮のように感じる。
赤の旅団のボスは女を引き連れログハウスの中に入った。内部は板張りの一部屋になっていて、奥は一段上になっていて寝具などが置いてある。
「さてと」
ボスは奥まで来ると女の鎖を壁の金具に繋げると一段上に成っている部分に靴を脱ぐことなく、どかっと座る。そして刀を引き寄せ入口を睨み付けるのであった。
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