第530話 封印されし邪悪なる魔王

 水路沿いに歩いて行きカルデラ山の巨大な亀裂を通り過ぎカルデラ山の内側に入ると、分かるほど空気が変わった。

 都会のドブ川のスラムが一番近いかも知れない。

 油断すれば身ぐるみ剥がされ内臓を抜かれる、そんな悪意が飽和した臭いを感じる。盗賊団のアジトがあるのに相応しいと言える。

「いい空気だ。こっちの方があたしには合うな。

 ここに引き込めれば、あの化け物にも勝てる」

 香しいとばかりに村上は獰猛に笑って呟いた。黙っていれば上流社会の令嬢で通るような気品があるが時折見せる本性はやはり海賊女だ。

 目の前には対岸が霞むほどのカルデラ湖が広がり水路から絶えず水が流れ込んでいる。水路を流れる青の水が澱んでいるようには感じない。この悪意に満ちた空気は確かにカルデラ湖から漂ってきている。

 カルデラ湖に何かあるのか? それが何か分からないが確かにここでなら清浄の化身のような青の巫女の力は軽減するかも知れないな。引き込めれば勝機はありそうだが、引き込めれればの話。ここには青の巫女が嫌う悪意を撒き散らす盗賊団やカルデラ湖があるというのに放置している。なぜ放置しているのか理由は分からないが、よほどのことがなければここに誘い込めないことは分かる。

「村上さんあれ」

 及己が指差す方向には粗末な塀で囲まれた砦が見えた。

 カルデラ山の内側に切り立つ崖とカルデラ湖の間の狭い岸辺に建てられた砦は300メートルほど先にある。あれなら割れ目から中に入らないと視認出来ないし、カルデラ湖の悪意に包まれ青の巫女も探知出来ないだろう。よく考えられた立地と言える。

「あれがお前の言う盗賊団のアジトか」

「こんな所に普通の人がいるとは思えませんし、多分そうでしょう。

 正義の味方らしく正面から殴り込みを掛けますか?」

「・・・。

 バカを言うな。まずは偵察だ」

 及己は無邪気に村上をけしかけるが村上は何言っているんだこの馬鹿をという目を向けた後尤もなことを言う。

 海賊女のくせにつまらない事を言う。だが無法者こそ用心深くなければ生き残れないのも道理である。

 さてどうするか? そういえばこの世界には夜はあるのだろうか? あるなら日が暮れてから暗闇に乗じて近付くという手もあるが、ここに来てから結構な時間が経っているはずだが、未だ夕方にすらなっていない。

 カルデラ湖に潜って近付くのは怖すぎる。この湖に浸かったらどうなるんだ? 浄化されるのか逆に欲望に汚染されるのか。そうなると岩陰に隠れつつ近付くしか無くなる。ルートはあるかと崖を観察する。

 ニコニコと及己は口を開く。

「分かりました。では崖に登って上に回り込みましょう。丁度あそこから上に登れそうですね」

 カルデラ山の内側は急傾斜に切り立っているが、及己が指したところはゴツい岩が積み重なって巨大な階段状になっていて登れそうである。

「いいだろう。その櫂絶対に落とすなよ」

「はい」

 村上の旋律具の櫂は及己が持っていた。村上に余計な体力を使わせるわけにはいかないと及己が頑として譲らかったのだ。その気になれば村上なら及己から櫂を奪うことも可能だろうが、今のところは及己に大人しく任せている。

 慎重に崖を登っていくとカルデラ湖の全容が見えてくる。

 カルデラ湖にはカルデラ山の割れた四方の水路から青の水が流れ込んでいる。そして中央の水面は栓が抜かれたように窪んで渦を巻いている。カルデラ湖の中央に穴でも空いているのか流れ込んだ青の水はあそこから下に流れていっているのであろう。これがカルデラ湖が溢れない理由が分かったが、青の水がどこに行くのか新たな疑問も湧く。そして中央に行くほど青の水は淀んで黒ずんで行くのが見て取れた。

 カルデラ湖の中央に邪悪な魔王でも封印されていてそれを抑えるために青の水が注がれ続けてているとか。あり得るか。そんなものこの青の世界からさっさと吐き出せばいい。ユガミにとって見れば外の世界がどうなろうとどうでもいいことのはずだ。

 だがもしそうなら、その邪悪な魔王を蘇らせればここから脱出出来るかも知れない。そんな楽しい妄想は海賊女の高笑い遮られた。

「くっくっく、お宝はあそこか」

 村上は獲物を見つけた虎のように笑ってカルデラ湖の中心を見ていた。

 お宝? 海賊女の目的が青の巫女を捕らえて変態金持ちに売るのかと思っていたが、もっと即物的な宝を求めていたようだ。実に海賊らしく分かり易い。

 あそこには魔王でなく海賊女が求める宝があるというのか。それとも魔王と宝はセットであるとか。

 カルデラ湖の中心は調べる必要がありそうだな。

 それにしてもこの生きて脱出できるかどうかの状況下で、お宝に心躍らせることが出来るとは俺には理解できないな。

 海賊女はロマンチストで俺は合理の男ということなのだろう。

「笑ってますけど、何か良い事あったんですか」

「お前には関係ない。いや心がけ次第では一枚噛ませてやってもいいぜ」

「よく分かりませんが楽しそうで何よりです。でも今は救出を優先してください」

「ちっつまらない男だ。だがまあ、あたしはお前に助けられたからな、だから一度だけお前の言うことを聞いてやるよ」

「義理堅いんですね。さすが正義の味方」

 アウトローの美学という奴か。どこまで本当なんだか。アウトローなんて笑い合った次の瞬間には刺してくるような連中だ。信じてはいけない。だがこのお宝をゲットして脱出する気満々の態度を見ていると。やはり脱出の当てはあるようだな。

 泳がせた甲斐があったというものだ。

 気絶している内に拘束して拷問する手も考えはしたが、海賊女に俺並の根性があれば意固地にさせて死ぬまで嬲るだけの結果になったり最悪欺かれる可能性もある。

 やはりこの方法が良い。

 北風と太陽。泳がせ、海賊女の性根を見定めつつ脱出方法を探り出す。場合によっては素直に協力し合ってもいい。宝に興味はないんだ、俺が海賊の天敵である警察関係者であることがバレなければ利害が対立する可能性は低いだろう。

「あたしは正義の味方じゃねえよ」

「はいはい、照れない照れない」

 ここで会話を打ち切り再び歩き出した。一歩間違えば下まで転落してしまいそうだが何とか崖を伝って砦の上まで来た。

 崖から砦を見下ろすと砦内部ではサバトが行われていた。

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