第528話 恐ろしい推論

 フェリーの方をチラッと見る。だが直ぐに視線を切った。

 脱出の為に優先することは盗賊団の追跡だ。もう盗賊団は退却しているんだ今更俺が行ったところで何も変わらないし慰めにもならない。傷を舐め合うようなことは後から来るであろう志摩達にでも任せておけばいい。

 情に流される愚かな真似はしない。合理的こそ俺の最大の武器。俺は今俺しか出来ないことをする。

 俺はしゃがんで地面を観察する。

「甘いな」

 盗賊団は青の巫女を想定しているようで痕跡の消し方が甘い。煙幕で視界を遮ればいいと安易に考えているようだ。

 地面にはタイヤの跡がくっきり付いている。俺でなくても追跡は楽に出来るだろう。

 俺は追跡を開始した。タイヤの跡は上陸後青の巫女を追跡した方とは逆方向に続いている。青の巫女と敵対しているんだからスジが通っている。偽装ということはないだろう。

 山の方に向かわず山と平行に平野部を進んでいく。島の平野部と言っても地面は決して平らでない。木々は少ないが起伏は激しく平屋から三階建てくらいの様々な高さの丘が歯並びのように連なり、丘と丘の間をぐねぐねと縫っていく。

 これなら煙幕を張らなくても空からの視線を遮れ逃走には向いている。それは俺にとっても都合が良く、途中いるかも知れない見張りから隠れるように進むのが楽である。

 ザクッザクッと雪を踏むような赤黒い大地に足を沈めながら一人進んでいく。

 見通しの効かない迷路のような道を進んでいくが、見張りはいない。

 かなり進んだはずだが見張りはいない。

 盗賊団は逃走に関してはあれだけ用意周到でありながら、自分たちが追撃されたり追跡されるとは思ってないようだ。長年の経験で追撃や追跡などの執念に起因するような行動を青の巫女や青の民達がしないと思っているのだろう。

 だが今回は俺がいる。俺は諦めない。

 待てよ。俺が特殊なのは分かって自覚している。だが今まで多少なりとも執念を持ち合わせていた者がいなかっということがあり得るのか?

 そういった者達はどうした?

 すべてを諦め世捨て人のような生活を良しとしない者。

 当然青の民がいるような集落に馴染めるはずもない。集落を出て行く。

 出たらどうなる?

 野垂れ死ぬか、同じような仲間、すなわち盗賊団と合流する。

 もしかして世紀末の無法者のような理性の欠片もないような本能で生きる野獣のような連中こそ、俺の同類だとでもいうのか?

 ドサッ。

 恐ろしい推論に俺の膝から力が抜け地面に跪いてしまった。

 そういうことなのか?

 いやまさかな。

 いやそうなのか。

 いやまだ結論は早い。会って確かめてからだ。


 跡を追っていく。跡は曲がりくねりながらもカルデラ山(厳密には違うかもしれないが似たようなものなのでカルデラ山と呼ぶ)が割れてカルデラ湖と青の湖を繋げる場所に近付いていく。

 ほどなくして視界が開け辿り着いた。

 青の湖とカルデラ湖の間を繋ぐ割れた大地の間は青の水が流れ込み水路のようになっている。川と違い岸からいきなり深くなっているようだ。水が澄んでいるようで底が見えるが水深10mほどだろうか。魚などの水生生物は見えないし水草や藻すら見えない。清すぎる水にはなんとやらということか。

 視線を上げれば500mほど先に対岸が見える。対岸には町が開けていたり港があったりはしない。こちらと同じような荒野が広がっているように見える。

 盗賊団が船を用意していて対岸に渡っていたら厄介だったが、そんなことはなく跡は岸に沿ってカルデラ湖の方に続いている。

 あちらにも住人はいるのだろうか?

 気にはなるが今は盗賊団の追跡だ。

 俺は岸に沿って歩き出す。

 ゆったりと流れる水路の流れに合わせるように進んでいく。

 ん?

 流れていく。非常にゆったりだが水路の青の水はカルデラ湖の方に流れていく。

 どういうことだ?

 海流のように温度差による流れなのか、それともカルデラ湖に穴でも空いて吸い込んでいるとでも言うのか。

 ここはユガミが生み出しし狭間の世界、どちらもありえる。

 確かめるべき事項が増えたな。


 やがてカルデラ山の割れた所に辿り着いた。

 見上げる先の天まで山がナタを振るったように垂直に割れている。1000mは超える山がこんなふうに割れるなんて一体どんな力が働いたんだ?

 現実のカルデラ山なら噴火の所為だろうが、忘れそうになるがここは青の鯨の腹の中だ。マグマがあるわけがない。

 だがマグマに変わる何かが溜まって爆発した可能性はある。

 それは何だ?

 ここに来てから推測することばかり増えていくな。

 一旦視線を現実に戻そう。跡は割れ目を抜けた先の方に伸びている。盗賊団はカルデラ山の内側にいるようだな。

 流石にそろそろ気合を入れ直して警戒をした方がいいな。そう思って進みだした俺は心做しか空気が淀んでいるように感じた。まるで悪意と欲望溢れる都会に戻ってきたかのようだ。

 どういうことだ?

 ここは汚れを許さない清浄な世界ではなかったのか? 平野部では山奥で森林浴をしているかのような清浄さを感じていたが、ここに至ってよく知る空気に近付いていく。

 この空気の元は進む先のカルデラ湖のようで、今まではカルデラ山が壁の役目をして島の外側に不浄な空気が流れるのを防いでいたようだ。

 不浄を許さない青き清浄なる世界において不浄な湖が存在する。

 それは何を意味する?

 もしかしたらそこに脱出のヒントがあるのかもしれない。これは船を手に入れてカルデラ湖の調査を行う必要がありそうだ。

 だがくどいが今は盗賊団の追跡を優先しよう。仕事は順番に片付けていくのが結局一番早い。

「ん?」

 優先順位を決め更に歩いて行く俺の目に岸に打ち上げられている人が写った。

「ほうこれは面白い」

 近付いていくと分かったが打ち上げられていたのは海賊女であった。どうやらしぶとく浄化されずに逃げ切ったようだ。

 海賊をしているような糞女。海賊は昔からその場で縛り首が通例だ。後々の厄介事の芽を断つ意味でもこの場で始末をしておきたいところだ。

 だが恐らくこの青の世界において唯一魔に対抗できる旋律士。そのうえ自ら首を突っ込んできたんだ。ある程度のこの世界の事前情報を持っていて脱出の仕方を用意している可能性も高い。

 まさに諸刃の剣だな。上手く操れれば切り札にも反逆されれば此方の首が飛ぶ。

 さてどうする?

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