第527話 毒

 フェリー内部では上半身裸での筋骨隆々の男達が暴れまわっていた。

 彼等は一定数いる青の民に反発するはぐれ者達が集まった集団で赤の旅団と名乗っていた。彼等は青の民に対して食料の略奪したり、時には性欲を満たすために若い女を攫ったりと青の鯨内において悪の限りを尽くしていた。

 当然青の巫女の浄化対象ではぐれ者の集団に過ぎない赤の旅団など幾度となく壊滅させられたが、「畔 伽九」と呼ばれる男が率いるように成ってからは変わった。自暴自棄になった者達の集まりに過ぎなかった赤の旅団が組織的に成り圧倒的な青の巫女に対して小狡く立ち回るようになったのだ。

 果無達が探検に出て数時間後、戦力が低下した隙を狙うように十数人で構成された赤の旅団がフェリーに襲い掛かった。完全に油断していたフェリーの居残り組は果無達が出ていった船首ハッチから乗り込まれ組織的な抵抗をする暇も無く各個に暴力に晒されていた。


「ひゃっはーーーーーーーーー、女だ女がいるぞ」

 ある男は獲物を前にした狂犬の如く涎を撒き散らし、逃げる若い旅行客の女性を追い駆ける。必死に女性は逃げるが男は追い付きワンピースを掴むとそのまま破り取った。

「きゃあああああああ」

 顔を歪め悲鳴を上げる女性に嗜虐心を刺激された男はそのまま残っていたブラジャーやパンティーを貪るように剥ぎ取っていく。

 晒される乳房と秘部。

「けけけっけ、隠すんじゃねえよ」

 男は女の泣き顔に嗜虐心を掻き立て顔を狂気に染めていった。


「肉だ久しぶりの肉だぜ。うひゃーー我慢出来ねえ~」

 ある男はフェリーの調理室の冷蔵庫に保管されていた肉のパックをヨダレを垂れ流しながらパックの上からガブリ尽き引き千切る。

「ひゃはあああ、冷たくてゴリゴリするぜ」

 肉汁が床に撒き散らかし噛み砕く肉の感触に歓喜し狂喜していく。


「おっビールじゃねえか」

 ある者はビール瓶の上部を砕くと、そのままグビグビと口から血を流しながらラッパ飲みを初める。

「ぷは~アルコールと血に酔いしれるぜ」

 男は酒に酔い己に酔っていく。


「辞めてくれーーーー」

「五月蝿えよ。

 うひゃあああああああああああーージジイは目障りだ」

 逃げる男性を背中から突き飛ばし、転がった男性に執拗に蹴りを入れていく。

 弱い者を甚振る暴力の快楽にアドレナリンを分布させエクスタシーに導いていく。


 フェリーは平安末期か戦国時代にタイムスリップしたかと錯覚するほどの末世の弱肉強食の世界だった。

 其処には理性も慈悲も無い。男達は理性をかなぐり捨て獣性を奮い立たせ露わにする。

 女に犯し食い散らかし。

  酒に酔い暴力に酔い痴れる。


 ヒュー--ーン パン。

 サバトに狂乱するフェリー内部であったが、青い信号弾がフェーリーから離れた高台から上がり、甲板にて監視していた見張りが急ぎ船内に戻り、銅鑼を鳴らしながら船内を走り回りだした。

 理性を無くした暴力集団のようでありながら青の巫女対策としてフェリーから離れた場所に見張りを配置しておくなど抜け目ない。

「ボス。銅鑼の音が聞こえます」

「青の巫女が来たか」

 数瞬前まで野獣のような顔をして女を嬲っていた男が銅鑼の音を聞いた途端仮面が剥ぎ落ちるかの如く秘書のような理知的な顔に戻ってリーダーである畔に話し掛ける。

 畔は長髪を後ろで束ねた丁髷スタイルで頬が痩けた餓狼の如き顔立ちをしている。片手に酒瓶を片手で捕まえた女の乳房を弄び酒と女と狂乱に酔いしれていた畔は立ち上がった。

「青の巫女が来た。全員速やかに撤収」

 畔の船内に響き渡るような声にあれだけ暴虐無人に暴れまわっていた男達が一瞬で冷水を浴びせられたように静まり返って理性が戻った顔付きに変わった。

 女を嬲っていた男は女を荷物のように肩に担ぐ。肉を貪っていたものは食料を素早くリュックに入れていく。それぞれ全員が戦利品を担いで素早くフェリーから退避を始める。

 先程まで野獣そのものだったのに急に訓練された軍隊かのように組織立って行動を始める光景は異様であった。まるで先程まで映画の撮影でもしていたかとでも言われれば納得してしまう。

 男達はフェリーから出ると、素早く待機させておいたトラックの荷台に戦利品を放り込んでいく。また一部の者はフェリーの周りに設置しておいた仕掛けに向かう。

「ボス準備OKです」

「やれ」

 男達が仕掛けを動かすと煙幕が辺り一面に立ち籠め出した。

「撤収だ」

 畔の命令に従い男達は煙幕に紛れて逃走をしていくのであった。


 煙幕が薄れる頃に青の巫女はフェリーに到着した。

 遅すぎる到着である。煙幕が晴れれば赤の旅団は影も形もない。

「赤を感じない」

 青の巫女は左右を見渡すが赤の旅団が見えないと分かっても落胆した様子はなく、仇敵とでも言うかのように赤を敵視していた割には追跡しようとする気配はなかった。

「追いかけないのか?」

 答えは期待していなかったが、青の巫女の背から降りた俺は何気なく尋ねる。

「なぜ? 赤は無くなった」

 青の巫女は元々感情は読みにくいが自然に答えたように感じるが、今はそれより答えてくれて、いや会話をしてくれて少し驚いた。

 赤が無くなった?

 フェリーを襲っていた連中も俺同様心を殺すなんらかの心の技を持っているのか? だが俺と違い先程まで赤と呼ばれる感情を発露していた連中だ俺とは事情が違う。

「元を断たないと何度でも湧いてくるぞ」

「だが今は赤は感じられない」

 俺は至極合理的なことを提案すれば青の巫女も至極当然のように答える。

「一時的に過ぎないだろ」

「今は赤はない」

 イラッとする。未来を認識できない動物かよ。

「この世界を青く染めたいのなら元は断つべきだろ」

 俺はあの盗賊共を浄化しろ、いや殺せと青の巫女に提案し青の巫女は否定する。

 これではどっちが魔なのか分からないな。

「それはより大きな赤を生み出すことになる」

 どういう意味だ?

 だがこの言葉こそこの世界の根源に繋がると直感した。なら読み解くしか無い。もっと情報を引き出さなければ。

「それはそういう意味だ?」

「赤が消えたのなら私は帰る」

 淡々と答えた後心なしか青の巫女が俺の方を見てくる。

「お前は?」

 青の巫女が俺の行動を気にした。

「彼奴らを追う」

「そうか」

 一瞬だが俺の気の所為かもしれないが青の巫女が寂しそうに見えた。

 気の所為かもしれない。だがこの直感を軽く流していいのか?

 もしかしたら分水嶺かもしれないぞ。

「寂しいのか? 寂しいのなら抱いてやるぞ」

 下手すれば自滅だが、俺は一歩踏み込んだ。

「寂しい。寂しいなど知らない」

 青の巫女は首を左右に振って否定する。

 これをどう捉える?

「知りたかったら。俺を寝室に招くんだな。

 寂しさを忘れるぐらい抱いてやるぞ」

 俺はここで一度突き放した。

 これで青の巫女の心に楔を打ち込めたはずだ。青の巫女の心の内に初めて寂しいという気持ちが湧いたのなら、それは毒のように青の巫女を犯していくだろう。

 そして自発的に俺を求めた時こそ青の巫女の最後だ。

 俺は青の巫女から視線を切り強盗団の追跡を開始するのであった。

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