第525話 失態

 青の巫女がいるという神殿へと続く山道、その脇にはところどころに急斜面を利用し屋根と粗末な柱二本だけで作られた田舎にある無人販売所のような小屋が見える。

「ちょうどいいですね。あそこの小屋を覗いてみてください」

 長が言う。

 長が言った小屋の前まで来て中を除くと一人の壮年の男が結跏趺坐していた。目が合い男は笑って会釈し、俺達も会釈を返すとシャボン玉の如くパシャンと弾けた。

「きゃああああああああああああああ」

 熊野が叫び声を上げ蹲る。他のメンバーも叫び声こそ上げないが顔を顰めている。

「最後の別れの挨拶が出来て妄執が消えたのでしょう。悲しむことはありません、彼は青の世界と一体化したのです」

 長の顔に悲しみの色は全く見えない。大願成就を祝うかのごとく笑顔が浮かんでいるだけだった。

 それが俺にはこの上なく不気味だった。はっきり言おう嫌悪感しか無い。

 別に俺に悪意を持っているわけでもない男にこれだけの嫌悪感を持つのは初めてだ。

「立て。ああなりたくなければ立て。蹲って泣いていたらそのまま消えるぞ」

 長への反発か柄にもなく俺は他人に干渉し熊野の脇に手を入れて無理やり立たせる。

「うっうん。ごっゴメンね。

 へへっ意外と優しいね」

 熊野は涙を拭いながら答える。

「無事に帰れたらセフレに成ってくれるんだろ。契約を果たしているだけだ」

「うん、そうだねっっってセフレ、セフレ!? 私そんなはふしだらじゃないし」

 泣いていた顔が百面相のごとく怒り顔に変わって俺に猛抗議する。

 友達には興味が沸かないがセフレなら多少は俺にも利があり契約が成り立つと思ったんだがな。そうで無いと俺も契約を遂行仕切れるか自信が無い。

「それだけの元気があれば大丈夫だ。先を急ごう」

 俺はそれ以上熊野に構うこと無く先に歩き出す。

「むっむっ、おにーさん、やっぱりいい人」

 俺の脇に駆け寄ってきた陽南は俺をジーと見た後ニカッと笑ってそう評した。

「節穴が。俺は嫌な人だ」

「照れ屋?」

「五月蝿い。お前もセフレに成りたいのか?」

「お前それアウトじゃねねえか」

 志摩は俺をロリコンのように非難してくる。

「だったら成人するまで待てばいいのか?」

「おまえ」

 志摩は呆れ顔だ。

「違う。陽南はおにーさんの友達。それ以上でもそれ以外でもない」

「ここを脱出できたらだろ。それまでは他人だ」

「もう友達」

「契約を果たしたらだ」

「むーーーーーーーーー」

 陽南が不満そうな顔で俺を見てくるが契約を曲げる気はない。俺の意地で矜持だ。

「おい、見えてきたぞ」

 海部に言われて見ると山の頂上に付近に築かれた神殿があった。

 神殿は下の集落のような漂流物で作られた粗末なものでなく、磨き上げられた大理石でギリシャ神殿のように壮麗だった。

 どうやってあんなものを建築した? 材料はともかく設計したり大理石を磨いたり組み立てたりと相当の技術がいるだろ。

 青の巫女にそこまでの知識と技術があるというのか? ただ魔を使うだけの女だと思っていると痛い目に遭いそうだな。

 そして頂上に近づくに連れ山の向こう側が見えてきた。

 山の裏側に広がる青い湖はカルデラのように破片のように天に突き刺す山に円周上に囲まれている。だが完全に隔離しているわけではなく、ところどころ山は割れ外部の青の湖と繋がっている。

「まるで大噴火でもあったみたいだね」

 野田がポツリと感想を零す。

 何を馬鹿なことを、ここは青の鯨の胃の中だぞ、溶岩があるはずが無く何が噴火するというのだ。

 いや、思い込みだな。

 俺はパッと上の天井を見る。するとちょうど山に囲まれた中心の上に黒い穴のようなものが空いているのが見えた。小さく気を付けてなければ流して気付かなかっただろう。

 穴?

 やはり何かが噴火して天井にぶち当たったというのか?

 脱出の糸口が少し見えた気がした。

 じっくり観察しようとしたが靄のようなものが漂ってきて見えなくなってしまった。まあいい、穴は逃げない。今は青の巫女を優先しよう。

 そう思っていた俺の耳に志摩の叫び声が聞こえた。

「みんな、あれを見ろ」

 志摩に言われて振り返って見れば、俺達が来た海岸辺りから煙が上がっているが見えた。

「!?」

「これはどういうことだ。フェリーに何かあったのか」

 フェリーは湾の崖に遮られ直接見えない。立ちこめる煙だけが不安を煽る。

 居残り組で慰安のバーベキューをしているって事は無いだろうな。

「攻撃されているんじゃないか」

「おいっここには何か攻撃してくるようなモンスターでもいるのか?」

 海部の意見に賛同したように志摩が早速で長に食い掛かるように尋ねた。

「あれは、もしかしたら赤の民かもしれません」

「赤の民だと」

 そういえば青の巫女も海賊女のことを赤とか言っていたな。敵対勢力があるというのか?

「はい、青の世界を拒絶する者達のことです。

 彼らは時々ああやって私達青の民を襲撃してくるのです」

 俺達がいつ青の民に成ったと言ってやりたいが今は堪える。

 しかし、この情報敢えて隠したのか言う機会がなかっただけなのか。一連の流れではどっちとも断定できない。

 そもそもあの集落、堀と塀があった。明らかに敵から身を守る為の設備。どうして俺はあれを見て敵対勢力の存在に考えが至らなかった。

 ここが本当に諦めて解脱を目指すだけの者達しかいないのならあんなものはいらないじゃないか。

「急いで戻ろう」

「でも今から行って間に合うかな。一時間以上は掛かるよ」

 志摩の提案に野田が言い返す。

「だからといって見捨てるのか」

 野田が言う通り今から行っても略奪は終わっているだろう。それよりもここから悠々帰還する赤の民を見張ってアジトを突きとめられないだろうか?

「長ここからあそこに一気に帰れる手段はないのか?」

 志摩が図々しいと思えるほどの頼みをする。俺みたいな合理的な人間は交換条件のない提案はなかなか出来ない。

 必死さが伝わってくる。少なくても漂流してきた仲間を思う厚い男ではある。俺とは反りが合わないが、損得無く動ける志摩が羨ましくもある。

「慌てることはありません。この青の世界であんな争乱は許されません、青の巫女様がほどなく動くでしょう」

 それは海賊女みたいに排除されるということなのだろうか。確か青の巫女は空を飛べたはず。それならここからでも十分間に合うだろう。

 だが俺はそれを眺めていていいのか?

 それはここに馴染むということじゃないのか?

 クソが。

 俺の脳裏にシャボン玉のように弾けて消えた男の顔が浮かぶ。

 ざけるな。

 あんな死に方をするくらいならここで賭に出た方がいい。

 俺は密かに独り策を練り出すのであった。

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