第524話 友達ゲットだぜ

「おい」

 長が家を出て行き十分に離れたと思われた頃志摩が口を開いた。

「なんだ?」

 五月蝿いな、俺の邪魔をするな。なんで嫌っている俺に話し掛ける。俺は今入った情報を熟考していたんだよ。

 ああ嫌がらせか?

 だからといって無視すれば余計突っかかってくることは火を見るより明らか。

 これが結果的に一番時間の無駄がないと対応する。

「彼奴の言う事を信じるのか?」

「どうかな。だが今の時点では信じてみるしか無いだろ」

 嘘だとしても何かを隠す為何かの利益を得る為俺達を利用する為、その意図を読み取ることで道は開けてくる。手掛かりが何も無いよりは遥かにマシだ。だから俺は長の意図を探るため熟考したいんだがどうにも出来そうもない。

 発想を転換しよう、今後の為にこのメンバーのことを知っておくのも悪くない。

 俺はパッシブに会話をすることにした。

「仮に長を人質に取ったところで誰と交渉していいのか今の段階じゃ分からないだろ」

 長を人質に取ったところで青の巫女、ましてや青の鯨が交渉に乗ってくるとは思えない。

「お前恐ろしいこと考えているな」

 志摩は呆れたように言う。ヤンキーの癖にこの程度で引くなよ。

「俺は帰る為ならするぞ。必要なら殺しも厭わない」

「何!?」

 志摩が、いや他の三人も驚愕し化け物を見るかのような目を俺に向ける。

 いくら落ちぶれたと行っても現代日本ではそれくらい殺人は忌避される。

 空気を読めなかったわけじゃない。

 こうなるのは分かっていた。分かっていて敢えてここで亀裂を作るようなことを言ったんだ。

 どうあれこのマッチングアプリで作ったような即席メンバーで暫くは一緒にやっていくことになる。なら早めに腹を割って本性を晒し合うべきだ。なあなあで進んで土壇場で裏切られることより怖いことはない。

 我ながら焦っているな。

 いつもなら仮面を被りじっくりと見極めていくというのに、今回はそんな悠長なことをしていてはチャンスを逃す気がしてしょうが無い。

 ここは狭間の領域。チャンスは今来てもおかしくないし、次があるとも限らないのだ。

「その覚悟がないなら大人しくこの集落で暮らせばいい。高僧にしか辿り着けない悟りの境地に到れるんだ。ある意味悪くはないだろ」

 全ての我が消えれば消滅も怖くない。静かに受け入れられる。人はいずれ死ぬのだから、それも悪くはないだろ。

「この野郎」

 志摩はあからさまな反発を俺に示す。カッとなる性格のようだが、逆に腹に一物を溜め込めない奴とも言える。

「まあ待てそれはあくまで最後の手段なんだろう?」

 海部が志摩を止めつつ俺に穏やかに聞いてくる。あくまで海部は大人の対応をしつつ志摩のように殺人という手を否定していない。俺に近い?近いだけに怖い怖いな~。

「別に俺は殺人鬼じゃない。平穏に暮らしている人を意味なく殺す趣味はない。

 合理的に判断して必要なら実行するだけのことだ」

「その言い方だと必要なら僕達も切り捨てそうだね」

 野田がのんびりした口調ながら鋭いところを突いてくる。

 ああ、その通りさ。この男鈍そうで俺の本質に気付いている。ノーマークだったが意外と警戒する必要があるかもな。

「合理的ならな」

 ここで日和って取り繕うようなことはしない。始めた以上徹底的に晒し晒して貰う。結果孤立したなら、それはそれ、信じられない仲間より独りの方がいい。

「てめえ、仲間すら見捨てるというのか」

 予想通り志摩が激怒するが、俺も勝手に仲間にするなと言い返したいところだ。

 海部と野田は俺の言葉を咀嚼しているような顔、熊野はあからさまに俺に怯えた顔を向けている。

 この時点では全員を敵に回しただけだが、これは下拵えに過ぎない。本命は次の言葉に対する反応を見ることだ。

「だが宣言しておく、俺は契約は守る」

 ここで俺は俺の根幹というべき思想を宣言しておく。

 俺が敢えて敵を作るようなことでも堂々と意見を述べる人物だと刷り込めたはず。ならこの宣言も嘘偽りのないものと思ったはず。

 今はまだ咀嚼し切れてなくても後で考えるだろう。

 さあ世の中はギブアンドテイク。お前達は俺に何を求め、何を差し出す。そこにここから脱出する種があり芽吹くことを今は祈る。

「何よそれっ、君は一体さっきから何のつもりで言っているの」

 熊野はバンッと机を叩き、完全にキレて俺を詰問してくる。

 追い詰められると理外の行動を衝動的にするタイプ、この女も気を付けておく必要があるな。

 そういえばさっきから静かだが完全に引いたか?

 俺が陽南を見ると陽南は俺に初めて見せる真剣な顔で俺を見据えていた。

 あのノーテンキも周りを欺くための仮面、今その仮面が剥がれ落ちということか。

 陽南は決意をしたように俺をまっすぐ見て口を開く。

「おにーさん、契約するさ。

 陽南を助けて」

 陽南は俺を逃がすまいと目で俺を捉えて言ったが、俺は一瞬何を言われたか理解できなかった。

「それじゃ契約にならないな。契約はギブアンドテイク。

 俺がお前を助けたとしてお前は俺に何をしてくれるんだ」

 ストレートすぎて一瞬思考停止したが今まで何度も繰り返した台詞を返した。

 そもそも助けての定義が曖昧過ぎて、それでは契約にならない。

「おにーさん、友達いなさそうだから。友達になってあげるさ~」

 何を言っているんだこの女は?

 ある意味核心を突かれたが、今必要なものではないし、これからも必要になるとは思えない。

 友情なんて曖昧模糊なものが何の根拠になる。友情があれば無償で助けてくれるかもしれないし、助けてくれないかもしれない。どこまで行っても確率論の量子学かよ。

 俺が求めるのは契約という合理的な根拠でありロジック

「友達なんて曖昧なものは俺はいらない。目的に向かって協力し合う仲間ならいるがな」

「そうなのか~、でもこれで契約成立なのさ~」

 陽南は全く理解できない俺を置き去りにして笑顔で言う。

「はあ? どこに契約成立の要素があった」

 本気で陽南は俺の合理を超えていく。

「おにーさん、契約しないと言わなかったよ」

「おまっそんな悪徳勧誘の結構ですの捉え方みたいな屁理屈が・・・」

「ふっふふ、セリくんの負けね。大人しく友達になっちゃいな。

 ちなみに私も助けてね。私も友達になってあげる。

 セリくん、可愛い女友達がいきなり二人もゲットして幸せ者だね」

 何がツボったのか訳が分からないが熊野がいきなり馴れ馴れしくなって、陽南と二人肩を組んで笑顔でピースしてくる。

「おいっ何を勝手なことを言っている」

「そうかお前友達いないのか。俺も成ってやるよ」

 志摩はニヤッと笑った後に、しみじみと恩着せがましく言うが、お断りだ。

「ふっ、おしゃべりはここまでだ」

 海部が厳しい顔で警告する。そして長が帰ってきた。

「では皆さん案内します」

 ここで何があったかまるで気にする様子もなく長は笑顔で言うのであった。

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