第522話 ヤンキー

 ザクッザクッザク、漂流物で出来た大地は歩けば足がめり込み体力を奪っていく。それでも青の巫女を追って崖に沿った小道を登っていく。

 振り返れば見たことが無いほどに澄んだ青が広がり赤黒い大地の穢れを際立たせる。そんな赤黒い大地だが草木は所々生えている。この草木も漂流物が根付いたものなのだろうか、真っ青だったり幹が漂流物出で来ていることも無く普通の緑の葉が茂っている。

 植物があるということは水もあるということか。長期戦になるようなら水の確保をしておいきたいところだな。

 崖に沿って山道をぐるーと歩いていくと視界が開け山の中腹の平地部に箱庭のような集落が現れた。

「人が住んでいる!?」

 集落は海からの漂流物で作られたバラックのような家々が密集している。そして人の往来が見える。どことなく繁栄した都市部の影にあるスラム街を彷彿させる。

「どうする? 隠れて様子を見るか」

 志摩が脳筋でゴリゴリの体育会系のような男のくせになかなか慎重な意見を言ってくる。

 見かけは普通の人のように見えるがこんな島にいる人だ。どんな風習を持っているか知れたもんじゃ無い。食人や生贄もありえる。

 それに、よく見ると粗末な塀と空堀が集落を囲っている。

 外敵を想定している?

 考えられるのは俺達のような新参者。だとしたら迂闊に近寄れば攻撃を受ける可能性は高い。志摩の言う通り時間を掛けて集落を偵察すべきだ。

 だが船から持ってきた水には限りがある。悠長に時間を掛けていたら水不足で動けなくなる。

 戦闘をするにしろ動くなら水がある内に決断をする必要がある。

 いっそ集落を後回しにして先に水を探す手も有る。水があれば腰を据えて集落を偵察できる。だが水を手に入れられなければマヌケな野垂れ死にだ。

 それに俺の杞憂でいい人達で挨拶すれば温かく迎え入れてくれるかも知れないし、同じくらいの可能性で水を奪いに来たと争いになるかもしれない。

 思考が堂々巡りだな。

 どの選択も間違いとも正解とも判断出来る材料はない。ならば賭けるしかない。

 決まれば賭けるしか無いが、何をもって賭ける?

「陽南はどう思う?」

 ふと俺は聞いてみた。多分俺と対極キャラ故に賭けになると思ったのだろう。

「ん~嫌な感じはしないのさ」

 陽南は暫し集落の様子を見た後にあっけらかんと言った。

 その言葉で賭の結果は出た。

「堂々と正面から友好的に訪問する」

 まあ、いざとなれば銃もある。俺一人なら如何様にも逃げられるだろう。

「分かった。俺達も付いていこう」

 志摩は意外なことに俺に反対することなく同調した。

「俺を囮にしないのか?」

 俺を囮にして様子を見るが一番無難な策だと思う。俺が襲われれば集落の性格、人数、武器の有無などこれからの指針と成る情報が無数に手に入る。

「あっ、俺を馬鹿にするな。いくらお前が嫌いでもそんな姑息なことはしねえよ。やるなら俺がやる」

 志摩が俺にメンチを切って心外とばかりに怒った。

 言っていることは男らしいがそうにも行動がいちいちヤンキーっぽいな。

「そうか。なら頼むか」

「吐いた言葉は飲み込まねえよ。やってやるよ」

 もはや売り言葉に買い言葉という俺が最も嫌いな口論の果て一人歩き出した志摩を俺は慌てて止める。

「俺が悪かった。止まってくれ」 

「いいのかよ。誰からがやんなきゃなんねえんだろ。俺達はフェリーで待っている人達を背負っているんだ、芋は引けねえよ」

 こいつ何歳だよ、どうして昭和のヤンキーなんだよ。

「みんなで一緒に行こう。大人数で行ったほうが向こうも簡単には手は出してこないだろ。結果的に平和な話し合いができる」

「おう初対面で嘗められたら終わりだからな」

 元暴走族出身とかなのか?

「あと刺激するような武器は手に持つなよ。まずは平和的にいこう」

 そこらに落ちていた棒を拾おうとした志摩に釘を刺す。

 相手が善性であることに賭けた以上下手な刺激はしないに限る。俺の銃は見えないからいいだろ。

「しゃあねえ、分かった。いざとなりゃ俺が拳で守ってやるから安心しろや」

 志摩はごく自然に兄貴風を吹かせ、それが様になっている。

「みなさんもそれでいいですか?」

「他に手もありませんし、行きましょう」

「はい」

 一応全員賛成となり、俺が先頭を切って集落に向かっていく。

 集落の人達の何人かは此方に気付いたが止められたり攻撃されたりすることなく空堀に掛けられたの橋を渡り塀を潜って集落に入った。無事集落に入ったが人々は遠巻きに此方を見てくるのみで近寄っては来ない。

 攻撃されないだけありがたいがこのままでも埒が明かない。適当な人に話し掛けるかと物色している一人の老人が此方に向かってきた。

 老人は60前後くらいで、白い顎髭を伸ばし白い着物を着て飄々と柳のように歩いてくる姿は仙人のようだ。

「こんにちは」

「こんにちは」

 老人の挨拶に対して皆が警戒する中陽南が元気よく挨拶を返す。こういうときこういう陽キャラがいると場が和んでいい。

 俺ではこうは行かない。俺から発する陰のオーラのせいだろうか、挨拶を返しても却って警戒される場合もある。

「あなた達は青の巫女様が新たに導いてきた人達ですね」

 青の巫女様と来たか、この集落は青の巫女と何かしら関係があるようだが、考えてみれば関係がない方がおかしいか。

「私はこの集落の長をしている者です。立ち話もなんですし、よろしかったら我が家に来ませんか。ここのこととか疑問に思っていることなど分かる範囲でお教えしましょう」

 見た目話した感じどちらも嫌な感じはしない。仙人のような風体だけでなく高僧のような達観を感じられる。

「それはありがたいですね。お邪魔させてもらいます」

 俺は他のメンバーの確認を取るまでもなく了承した。ここまで来たら信じて付いていくしかないだろ。

「では付いてきてください」

 こうして俺達は仙人のような長の家に招かれることに成った。

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