第521話 ぐだぐだ

 青の巫女はそれだけ言うと舳先から飛び降りた。

「おい、ちょっと待てよ」

 俺は見失ってはたまらないと急いで舳先に行くと青の巫女は岸に降り立ち、そのままスタスタと山の方に歩き去っていく。

 おいおい、ここまでしておいて放置かよ。

 追いかけたいが青の巫女のように空を飛べればなんのこともないかもしれないが、フェリーの甲板から岸までは普通の人間にとっては気軽に降りられる高さじゃない。

 ロープを探すか。流石にあの青の湖に飛び込む勇気はない。

「追いかける気か?」

 いつの間にか近寄っていた船長が俺に話し掛けてきた。

「ここから脱出するための唯一の手掛かりだからな」

「そうか。幸いこの船はフェリーだ。車を詰め込む為に船首が開く。そこからなら何とか岸に降りられるだろう。それと降りる前にレストランの倉庫から水と食料を持っていけ」

「随分と協力的だな」

 一大学生に過ぎない俺に船長は思いの外協力的だ。

「助かるためには協力し合わないとな」

 冗談だろ、悪いが俺は助け合う合う気はない。探索の先に脱出するチャンスがあったら迷わず俺は脱出する。人に期待はしないチャンスは自分で掴む。

 そんな俺の心を読んだかのように船長は言葉を続けていく。

「君は強いかもしれないが乗客の中には弱く君のようにできない者もいることを忘れていけないよ」

 諭すように言われても俺の心には響かない。知るか。

 俺は心が壊れた異常者。船長が言う弱者はそんな俺を疎外こそすれ助けてくれることはないのに、なぜ俺が一方的に助けなければならない。仕事でもなければゴメンだね。そして退魔官を名乗っていない今はプライベートで仕事じゃない。

「私は君ならやってくれると信じている。だからそれまでは乗客を守ってみせる」

 温和そうだった船長の顔に決意が刻まれていた。

 その決意の源泉は職業意識なのだろう、なら分かるはずだ退魔官と名乗ってない俺にそんなものはないということが、何を持って俺を見定めてたんだ?

「随分と俺を買うな」

「年の功とでも言っておこうか。それに私だって無事に帰って孫に会いたい」

「そうですか」

 そんなことで情に絆され俺がチャンスを見逃すことはない。俺だって生きて時雨と再会したい、それ故に船長の気持ちも分かってしまう。

「なら時間は無駄にできませんね。食堂に寄って水と食料を準備して船首に向かいます」

 どうあれ今は青の巫女の追跡が最優先だ。

「頼むぞ。我々の命運は君に掛かっている」

 船長は俺の方に手を置き力強く俺の目を見て言うが、やはりそういった期待は吐き気がする。壊れた心は理と利がなければ動かない。無償の期待は普段いい思いをしている奴にしてくれ、俺には関係無い。


 船首の扉は幸運なことに人が通り抜けられるくらいには開いた。俺はそこを通り岸に降り立った。

 足裏がジャリッと硬い。

 よく見ると赤黒い大地は産廃の集積体だった。

 船の竜骨、家の柱、冷蔵庫、TV、瓦、車など錆びて赤黒く変色したゴミの集まり、夢の島に近いな。海に捨てられたか台風などで海に流されたものを青の鯨が飲み込み、ここに流れ着き堆積した?

「おい、地面なんか見てないでさっさくと行くぞ」

 しゃがんで地面を調べていた俺を志摩が急き立てる。

「なんでお前がいるんだよ?」

「お前一人に任せておけるか」

 志摩は俺が信用できないとばかりに言うが船長よりは人を見る目がある。

 俺は一人で行くつもりだったが、志摩の他に男2名に女が2人付いて来ている。船長に命令されたわけではなく志摩が募ったらしい。大人しくフェリーで待っていれば助けて貰えるなんて甘い考えをしてないだけ嗅覚が働く連中だ。

「俺にお前達の面倒を見る余裕はないぞ」

「逆だ。俺がお前の面倒を見てやるんだよ」

 リーダーになる気満々だな。だが悪いが俺はお前の判断に身を任せる気はない、誰かに命令されるのは御免被る。

 今回俺は俺が助かるために全能力を使う。

「余計なお世話だ。お前達はお前達で勝手にしろ」

 互いに不干渉が一番平和的だ。悪いが主導権争いをしている余裕はない。

「っんとに可愛くねえやつだな」

「別にお前に好かれてもしょうがない」

「あっ」

 俺と志摩が睨み合う。互いに不干渉が合理的なのに、志摩はどうにも俺を放っておけないタイプの人間らしい。こういったタイプの人間は珍しくなく群れれば一定数の割合でいる俺の天敵だ。余裕がある時なら退いて従ってやってもいいが今はそんな余裕はない。

「おにーさん喧嘩はダメだよ。なかよくさー」

 睨み合う俺の首に陽南がむにゅっと抱きついてきた。

 なぜか陽南は捜索隊に参加していた。気楽な冒険気分だと思うが、こう見えてこの少女は嗅覚が鋭い。船に残っているよりこっちに参加したほうが生き残れると本能が嗅ぎつけたのかもな。

「重い離れろ」

「レディに失礼さ~、本当は陽南に抱きつかれて嬉しいくせにおにーさんムッツリ」

 陽南は引き剥がそうとすれば却って体を押し付けてくる。

「やめろ」

「そうそう。陽菜ちゃんの言う通り仲良くしましょう」

 志願してきた女性船員の熊野さんが俺と志摩の仲を取り持とうとする。躰付きは膨よかそうで冒険には向いてなさそうだが、船員だけあって体は鍛えているようで動きはキビキビしている。

「ちっ」

「あんまり聞き分けがないと怒りますよ」

 舌打ちする志摩に熊野が可愛く叱る。

「乗客の命は我々に掛かっているんだ。まじめにやれ」

 真面目そうで中間管理職の責任感溢れる30代の男って感じの海部が言う。

「そうは言いますけどね。無礼なのは此奴の方だからな」

「まあまあ」

 小太りの船員の野田が志摩を宥める。野田のほうが年上のようだがなんで志摩にそうまで気を使うんだ?

「おにーさん、早く行こ」

「そうだな」

 志摩と言い争いしても時間の無駄だしな。

 もう志摩は気にしないことにして俺は青の巫女が去っていた道を歩き出す。

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