第518話 海賊
女は自分の身長ほどもある櫂を片手でくるくる旋回させる。
櫂はプロペラの如く高速で回転しやがて共振音を響かせ始めると女は櫂を両手で持ち直し船を漕ぐか如く動かす。
右に左にまるで水を掻き出すように重い動作でありながら先程の高速回転時の共振が残っているのか掻き出された空気が音を放つ。
その音は重く空気というより水を掻き出す音。
ゆらり
ふわり
くるり
ゆったりとした旋律が流れ出す。
まさか旋律士なのか?
旋律士が偶然フェリーに乗り合わせた。金を払って雇ったわけでもないにの勝手に旋律士が出張ってきた?
俺は何もしなくていい?
何もしなくても事件が解決する?
そんな幸運あっていいのか?
「赤。
青の世界の調和を乱すものとして強制浄化する」
青の巫女は女が旋律を奏で切る前に杖を女に向けて振り払うと、オーロラのごとく青が女に向かっていく。
「ちいっ」
女は旋律を中断し櫂を旋回させて青を弾き返し、未だ甲板に倒れていた乗客に青が被さり、青が被さった乗客は数瞬後にパシャッと弾けて消えた。
暢気に実況解説をしている場合ではないようだ。安全なポジショニングをしなくては。
「余裕ぶっこいて旋律くらい奏でさせてくれると思ったんだがな。以外に気が短い。
お前何処まで人間だ」
女は乗客のことなど全く気にした様子はなく獰猛に笑って青の巫女に問い掛ける。
まるで悪人だな。だがこの女は確実に何か知っている。台詞から推察するにあの青の巫女は純粋なユガミでなく元は人間なのか?
情報がまだ足りない。
「私は青の巫女」
女の問い掛けに青の巫女は素っ気なく答える。
「そうかい。
もう人間じゃないって事でいいな。
化け物相手に名乗るのも何だが、名乗るが流儀。
我が名は村上 真気、海賊さ。
青の鯨に選ばれし青の巫女、その首貰い受ける」
海賊!?
海賊!?
本当に海賊?
秘宝を求めて世界の海を荒らし回る無法者。
心強い味方どころか敵じゃないか。
いや早計か。俺は司法機関にいるが海賊を捕まえる権限はない。権限もないんだから義務もない。敵対する理由は無いはず。無関係の第三者を貫こう。
予想外の口上を述べた村上は櫂を振り上げ青の巫女に向かって行く。
速い。
今度は青の巫女が杖を振るより速く間合い入り込み櫂を振り払う。
カチンッ
杖と櫂が激突する音が響く。
「大人しい顔してやるじゃないか」
村上は櫂を漕ぐように右左と途切れのない連続攻撃を放つが青の巫女もそれを防ぐ。
傍目から見てまるで長刀の高段者同士の試合のような高度な攻防戦だ。俺では2~3合も打ち合えば負けるだろう。
「はっ」
攻防の最中女はいきなり後方に大きく飛ぶと青の巫女に投網が三方から襲い掛かる。
完全に意識が村上に向いていた青の巫女はこの奇襲に対応出来ず投網に捕まった。
「姐さん」
「よくやったぞ」
どうやら倒れていた乗客に擬態して村上の部下が紛れていたようだ。名乗りを上げたりしていたのは自分に意識を集中させるための布石。
意外と狡い手を使うじゃないか悪党が。
しかし用意周到に罠を張るとは村上はかなりの情報を掴んでいるな。
狙いは鯨に眠る秘宝か青の巫女を捕まえて好事家にでも売るつもりなのか。どちらにしろ脱出する当てはあるということだな。
このまま任せっぱなしにしていれば脱出も出来る?
いや海賊か。ただで人助けをするわけがない。だが裏を返せば金でも詰めば助けてくれる可能性は高い。問題は交渉のラインは幾らだ? 少なすぎれば怒りを買い。多すぎれば舐められ裏切られる。正確に自分の命の値段を見定める必要がある。
「姐さん今のうちに」
青の巫女に投網を三方から投げた屈強な男が三人、そのまま三方に引っ張り青の巫女の動きを封じる。
女一人に男が三人掛かりだが相手は普通の女じゃない。それでも押さえ込めてはいるように見える。
このまま押し切れるか?
「分かった。
行くぞ。海賊の旋律を見せてやろう」
村上は再度櫂を旋回させていくのであった。
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