第517話 青の巫女

 遊園地のウォーターライドの数倍の強烈なGと絶え間ない波と水飛沫の洗礼だった。

 周りを見るどころでは無い。

 無数の水飛沫と空気が混じり合い、空気を吸っているか水を吸っているのか分からない。

 苦しい。

 溺れているようで溺れていない。

 水の中で永遠に藻掻き苦しむ地獄のようだ。

 このまま意識を手放してしまえば楽になれると鈍る思考で思うが、最後の意思でただひたすら波に攫われないように手すりに必死にしがみ付く。三昧に近い心境でただしがみ付く。

 こうなると多少修羅場を潜って大物になった気になっていても所詮己など大いなるものの前には翻弄されるだけの木の葉に過ぎないと思い知らされる。

「止まった?」

 荒れ狂う激流も終わりが来たのか強烈なGは消え体は軽くなり、絶えず顔面に襲い掛かっていた水飛沫が消え呼吸が楽になった。

「ここはどこだ?」

 恐る恐る目を開けると青の鯨に呑まれたはずなのに網膜に光が入ってきた。

 辺りを見渡すと其処は巨大な空間だった。

 天上はドーム状で仄かに青く発光している。

 下は青い水を湛える湖水のようで船の墓場のように朽ちていく無数の船が漂っている。見た感じ現代の客船から小型のヨットまである。

 ここは青の鯨の胃なのか?

 なら下の水は胃酸? 下手に飛び込めば溶けてしまうかもな。だが色は胃酸と言うより澄んだ青をしている。

 甲板の上には俺同様幸運にも落ちなかった者達が倒れている。俺同様何人かは気が付いて起き上がろうとしている。

 船の中にいた者達はどうなっているか分からないが、甲板にいた連中よりは運がいいだろう。甲板にいた者の何人かは途中で落ちただろ。彼等がどうなったのか今は確かめようがない。 

 運。

 俺が今こうして無事なのは能力に関係無い運に過ぎない。そして運良く生き残れた以上折角掴んだ運を生かすも殺すもこれからの行動次第。

 俺は水に濡れ酸素不足で鉛のように重くなった体を叱咤し立ち上がった。

 そしてどこかに活路が無いかと辺りを見渡せば、いつの間にか青の鯨の傍で見た女がいた。

 いつ来たのか甲板に降り立ち此方を睥睨する青の女。その青い瞳からは何を思っているか読み取れない、ただ湖水のように青く綺麗だった。

 青の女はアラビアンナイトのような水色の服装をしていて、波のようなウェーブが掛かった長い青い髪をしている。碧髪という詩的表現では無い。本当に人では有り得ない青い髪をしている。

 そしてRPGの神官が持っていそうな大きな先端が三日月状の杖を携えている。

 青の鯨に青の女。

 魔に関連する存在に違いないが人型をしている以上多少はコミュケーションが取れる可能性は高い。まあ同じくらいいきなり戦闘になる可能性も高いがな。

 だがこの世界から生きて脱出するためにも情報は少しでも欲しい。

 情報を引き出す為にも意を決して話し掛けようとしたが、その前に青の巫女は口を開いた。

「私は青の巫女。

 清浄なる青の世界の浄化と猶与を司る青の鯨の意思を伝えるもの」

 青の巫女は清流のように清らかな声で穏やかに話し始める。

「貴方達を青の民として受け入れましょう」

 何を言っているんだこの女? 

 だがそれでも今まで出会ったユガミと比べればコミュニケーションは取れそうだ。もしかして魔人なのか? 何にせよもっと情報を引き出さないと。

「おいお前、何を訳の分からないことを言っている。さっさと地上への帰り方を教えろ」

 恰幅のいい中年男性が苛立ち気に青の巫女に話し掛けた。

 俺もそれが聞きたいが、なぜ上から何だ。下手に刺激しないでくれ。

「神殿に案内する。心穏やかについて来なさい」

 こっちはこっちで此方を気にしないマイペースで俺達が青の民になることは決定事項のようだ。それはつまり地上に帰す気は無いと言うことか? それに神殿? どこかに島でも有るというのか?

「おいっ俺の話を聞いているのか」

「赤!!!」 

 青の巫女の視線は蔑ろにされて怒りを露わにした中年を通り過ぎた後ろに向けられた。

 俺も青の巫女の視線を追うと弓でも入っていそうな長袋を背負っていた女がいた。

 巫女のように長い髪を後ろで縛っていて、目付きは巫女とほど遠く強盗か警察のように鋭かった。

 女が長袋の封を解き降ろしていくと弓では無く銀色に輝く櫂?が表れてくる。

「くっく、やっと尻尾を掴んだぞ。あの女に高い金払った甲斐があったな」

 女は長袋を投げ捨て銀色に輝く櫂を長刀の如く構えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る