神秘の世界 青
第516話 神秘の世界 青
天は一片の雲無く青一色が広がり
海は波一つ無く水鏡の世界に青一色を映し出す。
無限の青と青に挟まれた奇蹟の刹那 あまねく青
青の彼方に久遠を見るとき
無限の青と青に挟まれた神秘の世界 青 が開かれる
左右の視界には収まらないそれこそ水平線の彼方まで切れ間無く
空は絨毯の如く捲り上がっていき
海は垂れ幕のように落ちていく
まるでテープを剥がすように空と海がハの字に離れていき、フェリーは空と海に挟まれていた狭間の世界を進んでいく。
「きゃああ」
「うわーーー」
「凄いのさー」
「これは現実なのかーーーーーーーーーーーーーーー」
「現れたか」
「たっすすけてくれー」
船の中にいた乗客達はある意味は幸いである。この不可解な状況を知らずに一時長く平穏を貪れるのだから。
甲板にいた乗客達はある意味幸せである。この摩訶不思議な体験をその身で感じ取れるのだから。
目の前の信じがたい光景に甲板に出ていた乗客達はパニックと興奮の坩堝である。
「なっなんだというんだ」
幸いというかフェリーは下に落ちていく海の上に浮いていないし、捲れ上がる空に飛んでいる訳でも無い。
空と海が剥がれていくことで現れた境の世界にいる。波の風も無いので大揺れに晒されるようなことはない。よく分からないが氷の上を滑るようにスムーズに進んでいく。それでもこれから何が起こるか分からない、俺はフェリーから振り落とされないように手すりにしがみ付いた。そして状況を観察する。
「嫌だーーーー、死にたくないーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
未だ落ち着かず騒いでいる乗客の中において目を引く中年カップルがいた。
「あなたあなたどうしたの?」
「・・・」
夫婦なのか中年の女性が中年の男性に必死に呼び掛けるが男性はマネキンの如く答える様子は無い。
あまりの絶望に放心したか?
「青き清浄なる世界」
男性が女性に答えるではなく何か呟いたかと思ったら、パシャッと水のように体が弾け飛び飛沫は床に落ちる前に昇華して消えた。
冗談のように着ていた服が甲板にふわっと落ちる。
「あなた、あなた、いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
私も青の世界に行く」
目の前で夫が消え去り女性は狂ったように叫ぶと走り出した。声を掛ける間もなく女性はそのままフェリーから飛び出し、女性もまた水のように弾けて昇華して消えた。
何が起きている?
ユガミなのか魔によって何らかの攻撃をされているのだろうが、何をされているか分からない。このままでは次に俺が標的に成った時為す術も無く俺も消えるだろう。
「うわーーー何が起きてんだ」
「夢だこれは悪い夢だ」
「はっはっは」
「みんな落ち着くさ」
俺以外に夫婦が弾け飛ぶのを見ていた者達が恐怖に陥る中南国風の少女が健気に落ち着かせようとする。この状況下他人を気遣うとは俺とは違って人間出来ている。だがこの状況下では道徳的に優れているより能力的に優れている人物の方が良かった。誰かこの状況を説明してくれ。解決してくれ。
ちっ、この俺が他人を当てにしただと。巫山戯んな。道は自力で切り開く。
何らかの魔には違いない。ならば通常とは違う違和感があるはずだ。
俺は打開するため神経を研ぎ澄ましどんさ些細な違和感でも感じとろうとした。だがそんな事する必要が無いほどの絶望をフェリーが進む先を見る。
「なっなんだあれは!?」
剥離していく空と海の境から巨大な青い鯨がにゅっと現れた。
「ユガミなのか?」
フェリーすら丸呑みできそうなほどに巨大な鯨が現実世界にいるわけがない。
どうする? 今の俺にあんな巨大なユガミに対抗する手段が無い。いや時雨達旋律士がいたって対抗できるか分からない。
それほどに巨大。圧倒的に巨大。もはや動く山である。
一か八か海に飛び込んでみるか?
だがこの状態で飛び込んだから海に落ちるのか空に舞い上がるのか分かったもんじゃ無いな。
「ん?」
気のせいかあまりに鯨大きく気付かなかったが、鯨の横に空に浮く女性がいる。あれが本体?
なんとかなるのかと希望を抱いた俺を嘲笑うように青の鯨の口がドーム球場の開閉式の天井のようにゆっくりと大きく開いていく。フェリーを丸呑みにしてあまりあるほどだ。
逃げたところであの大きな口から逃げ切れる気がしない。
こりゃどうすることも出来ないな。
人間覚悟が決まると心がスンと落ち着くもので、俺はフェリーがトレイに流されるように青の鯨の口に吸い込まれるのをただ見ていた。
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