第515話 人でなしの大団円

 俺は一通り根回しが終わりこれからのことを頼むつもりで最後に診療所に立ち寄った。

 お人好しの神狩も一応警戒しているのか淺香がお茶を運ぶと退室して貰っていた。二人きりになった診療室で神狩は余命でも告げるように俺に言う。

「みぞれちゃんを普通の人に戻すことは不可能になった」

「やはり俺を助ける為に力を使ったことが原因か?」

「ああ、あれでみぞれちゃんは魔の力を自らの意思で肯定的に使った。もう催眠療法ぐらいではみぞれちゃんの認識は直せない」

 非人道的な脳外科洗脳(能力的には天才でやろうと思えば出来るらしい)でもしてそうな風貌の癖して、やってることは催眠療法を用いて徐々に認識を常人に近づけていくという根気がいることをやっている。

 マッドサイエンティストに誤解される風貌をしているがいい奴なんだよな。悪意に塗れた世界で生きてきた淺香が惹かれたのも分かる。

「そうか」

「随分とあっさり肯定するな。

 やはり、お前もみぞれちゃんの力を利用する気だったのか」

 神狩の声に怒気が籠もり俺を睨み挑発する。

 まるでここまで俺の筋書き通りのような言い草だが、ハッキリ言って深読みしすぎだ。

 まあ俺も人のことをいえた風貌じゃ無い、何か企んでいそうな胡散臭さはある。疑いたくなる気持ちも分かる。分かるが、そもそもここで俺がその通りだハッハッハと挑発に乗った悪役のように白状したらどうする積もりなんだ? 今更俺を排除出来ないことは神狩なら分かっているはず。

 何を意図している?

 もしかして、単純にこれから長く付き合うに当たって俺を理解しようとしているだけのことなのか?

 深読みしているのは俺の方なのか?

 まあいいさ、それで信頼が得られるなら少しくらい腹を割って付き合ってやるさ。

「随分な言い草だな。

 なら逆に聞くが、みぞれの魔の何がいけない?」

「何を言っている? あの力の恐ろしさは分かっているだろ。その力にあの子自身もどれだけ苦しめられたか知らないとでも言うのか」

 両親を失い居場所を失った。それを知っていて尚言う俺に神狩は本気でみぞれの為に怒った。この善人をここまで怒らせる俺は相当の嫌な奴だな。

「過去は過去だろ。覆水は盆に返らないぜ。

 仕方ないと諦めて割り切った方が健全だと思わないか?」

「よくそんなことが言えるな。人の心が無いのか?」

 神狩は心の底から俺を軽蔑し哀れむように言う。

 まあ人とは違うとよく言われるさ。

「どんな力だろうが、いや人と少し違うだけでも迫害されるのがこの世だ。

 今まで苦しんだ。なのにこれからも多数に磨り潰されて生きていくのか?

 折角生まれ持った個性を上手く利用して生きていくのがそんなに悪いか? 最新のトレンドじゃ、多様性は大事だって叫んでいるぜ」

 そして多様性を認めないのは悪とばかりにリンチに掛ける。

「多様性で済む話か。魔の力だぞ」

「何が違う、凡人の俺から見ればお前の頭脳だって怖いぜ。

 要は制御出来るかどうかだろ」

「あの子は一度暴走して全てを失っているんだぞ」

「そうらしいな。だが今はお前がいる。お前がサポートすればみぞれが魔の力を制御できるように導けるはずだ。そうすれば街で暮らすことだって出来るようになるし、彼氏を作って恋だって出来る」

「・・・。

 魔の力を持って人の幸せが掴めるというのか?」

 神狩は価値観がひっくり返ってしまうのを辛うじて支えるように俺に尋ねる。

 科学を否定し世界の律を歪める魔の力、旋律士同様に此奴にとって魔は消し去るしか無い悪の力なんだろうな。

「逆に聞くが普通から逸脱した人間は幸せに成れないとでも言うのか?」

「お前は幸せに成れたのか?」

 神狩はそれこそ核心を突いたとばかりに、嘘や誤魔化しは見逃さないとばかりに俺を凝視する。

「ブラックな職場で死にそうだが、恋は出来たぞ」

 答えてから思ったが、これって暗に俺が普通じゃ無いと言ってないか?

 俺になら何を言ってもいいわけじゃ無いし何を言われても傷付かない訳でもないんだが、みぞれのためにここは寛大にも流してやろう。

「そうか、そうだな。これからはプログラムを組み直して魔の力の肯定と制御に力を入れよう」

 神狩はどこか腑に落ちた顔で言う。

 だから俺をサンプルにして納得するなよ。

「頼む。みぞれをよろしく頼む」

 俺は色々思うところはあるがみぞれの為、真摯に神狩に頭を下げるのであった。


 輝く星空に一際大きく月は輝き、潮風が気持ちいい。

 バカンスだったら最高なんだろうな。

 俺は海岸近くのコテージのバルコニーにいる。診療所のベットでも良かったが、どうせ空いているからと魯蓮が斡旋してくれ俺も遠慮無く借りた。上手くいけば今度はここをこの島の拠点にしたいものだ。

 明日にはフェリーが来る。俺はそれに乗って人知れず本土に帰る予定だ。この島でやるべき事はやった。取り敢えずはみぞれも安心して暮らせるだろう。

「帰っちゃうの?」

 声に振り返るとぽつんと立つみぞれがいた。

「ああ、本土で色々と片付けなければならない事が残っている」

「嫌っ」

 驚くほど鋭く大きな声でみぞれが言った。

「大丈夫だって、手は打った。お前はこの島で友達と一緒に笑って暮らすことが出来るさ」

 そしてそれを永続的なものにするためにも本土で色々と政治的工作をする必要がある。

「果無さんがいないと寂しい」

 みぞれは急に大人びたような女のような幼子のような顔で悲しそうな泣きそうな顔で言う。

 俺がいなくて寂しい?

 そんなこと初めて言われた。

 俺がいなくて寂しいそんなこと合理的にあり得るのか?

 いや無い。

 きっと島での安全にまだ不安があるのだろう。子供だと誤魔化さないで、もっとちゃんと合理的に説明して不安を取り除いて上げれば安心するはず。

「この島の防御だが・・・」

「そんなこと聞いてない。寂しいって言っているの。

 馬鹿っーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 あのみぞれが叫んだことに俺は驚いてしまった。

「俺がいなくたって実沙ちゃんがいるだろ」

「果無さんは何も分かってない」

「みぞれの生活を守るためにも本土で色々すること・・・」

「帰っちゃ駄目」

「我が儘言わないでくれ」

 合理的説得が通用しないことに途方に暮れ、最後の手段とばかりに世のお父さんお母さんのように俺は慣れない猫撫で声で頼む。

「私に我が儘になれと言ったの果無さんだもん。

 私我が儘になる。だから帰さない」

 視界がぐらっときた。

 この感覚、二度目だ。みぞれめ魔を使ったな。

 だが、此方も二度目だ。

 視覚と聴覚が混ぜられようと音と光を同時処理してしまえばいいだけのことで、みぞれを捕まえる。

「捕まえたぞ。お仕置きだ」

 みぞれの餅のようなほっぺを摘まむと餅のように伸ばす。

 音と光が混じった顔でみぞれは痛そうにする。

「痛い痛い」

「なら御免なさいして我が儘言わない」

「みぞれキック」

「ぐはっ」

 みぞれは頬を掴む俺の両腕を掴むとくるっと回転して顎に蹴りを入れてきた。軽い少女だから良かったがこれが成人の男だったら顎を砕かれていたぞ。

「実沙ちゃんに習ったんだから」

 みぞれは拳法のような構えを取る。

 どんな武術でも感覚は大事でみぞれはその感覚を操る魔人。大人しかったから分からなかったがみぞれの肉体のポテンシャルは高い。望めば将来はスポーツ選手で大成だな。国民的英雄になったみぞれを見たら泣いてしまうかも。

 頬がにやける俺を無視して、ちょこまか動いて俺を翻弄し鋭い追い突きを放ってくる。

「ぐほっ」

 脇腹に当たって息が一瞬止まる。

 くどいが体重の軽いみぞれだからいいが成人男性の体重だったら苦悶に悶えていたぞ。

「くの」

 俺も本気で捕まえようとするがひらりと躱す。

「ふっふいいじゃにないか。それならこっちももう手加減しない。捕まえてお尻ペンペンして御免なさいさせる」

「べーーーーっだ。やれるものなやってみなさいよ」

 もはや大人と子供では無かった。

 互いに全力でぶつかり合う大喧嘩が始まったのであった。


 島に白い光が挿し込む頃、俺とみぞれは砂浜に転がって荒い息の合唱をしていた。

「「はあ、はあ」」

「週に一度のメールと月に一回は帰ってくる」

「声も聞かせて」

「週に一度のメールに半月に一回の電話と月に一回は帰ってくる」

 俺としては最大限の譲歩である。まあ、それにこんな事を言ってくれるのは今だけ。思春期の娘が父親を嫌うようになるようにみぞれもいずれは俺を避けるようになるか忘れる。

「分かったそれで我慢する。でもそれでいつまで我慢出来るか分からないから」

 みぞれは俺の額と自分の額を合わせ俺の目を真っ直ぐ見据えて宣言する。意外と業の深い女に成るかもな。

「いいさ。先生の言うことちゃんと聞いて魔を制御出来るようになったら会いに来ればいい」

「すぐに会いに行くんだから」

 口を尖らせて言うみぞれ、可愛い娘が出来たみたいで心が和む。


 潮風に愛撫され揺り籠のように揺れるフェリーの甲板上、仕事のことを考えようにも強烈な眠気に瞼が重くなる。

 昨日はみぞれと一晩中喧嘩していて殆ど寝ていないこともあって眠い。

 本来なら寝過ごしたいところだがこれを逃すとまた次の便を1週間近く待つことになる。酉祕島に訪れるフェリーは本土からの直行便というわけでは無い。それでは採算が取れないと近くの島々を回っているのである。その為間隔は長く融通は利かない。

 俺がいる甲板上には酉祕島の前に寄港した島から乗ったと思われる乗客達がいる。

 如何にも南国娘風の褐色肌の元気そうな少女。

 旅行なのか熟年夫婦。

 バカップル。

 弓でも入っているのか長い筒を背負った若い女と恋人というより相棒っぽい青年。

 アロハシャツに身を包んだ外国の旅行者グループ。

 一つ島でこれだけ乗れば採算は取れるんだろうが、残念ながら複数の島を回って採算ギリギリっぽい人数。

「それにしてもみぞれも成長したな」

 微笑ましく思いつつ、俺は水平線に視線を伸ばす。

 蒼い空に青い海。

 天は雲一片も無い晴天なら海は波一つ無い凪。

 無限に広がる青と青。同じ青でありながら異なる2色の青い世界に挟まれた境、無限に伸びていく狭間の先に俺は古来の人のユートピアを夢想する。

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