第514話 悲しい誤解
「っという感じで話はまとまった」
「そうか」
今俺は夕日雑貨店の一階の事務所にいる。部屋には仕入れ管理用のパソコンが置かれ、壁にはホワイトボーが掛けられ予定など書かれたり何かのメモが貼れたりしている。パソコンが置かれているデスクとは別に休憩用の長机と椅子が置かれている。俺と魯蓮はそこに対面して座っている。
「珈琲をお持ちしました」
「ありがとう」
置かれた珈琲からは芳醇な香りが立ちこめる。気が利く翔君は頼まれても無いのにインスタントでは無い挽いた珈琲を入れてくれた。明るい笑顔で給仕をすると気を利かせて去って行く。
よく出来たお子さんで顔立ちもいいし将来女泣かせは間違いないと予想される。
「報告したら上の連中は大騒ぎだろうな」
翔君が十分に離れた頃を見計らって魯蓮が口を開く。ちゃらんぽらんそうでいて汚い大人の世界を翔君には聞かせたくないようだ。
「報告はしないぞ。
幸いなことに被害は多少家屋が壊されたくらいだ。何も無かったことに出来る。俺はこのまま定期便のフェリーで本土に戻る」
大原はもう暫くこの島に残ることになりそうだ。一緒に帰ってやりたいが、大原の回復を待てるほど仕事は待ってくれないし神狩になら任せられる。
「トメさんが殺害されただろ」
「彼女は島主の一族としてこの島の過去の暗部を命を懸けて精算した。俺は彼女の意思を尊重する」
「何を言っているんだ?」
話の脈絡が分からないとばかりに魯蓮が聞いてくる。
「もしこの島で起きたことを上に正直に報告したら大陸の連中に知られることになる。そうなったらどうなると思う?」
「知った以上機密性を考えれば奪還または消去する為に再度部隊を送り込んでくるな。確かにスパイ防止法もない国だ大陸の連中に情報が漏れる可能性は高いな」
「そうなればこの島は再度戦場だ。今回はたまたま上手くいったが、次はそうはいかないだろう。この島の発展を願い、それを息子に託すのが彼女の願いだ。俺は彼女との契約を優先する」
交わした相手が死亡したからと契約を蔑ろにしていい理由にはならない。
「息子さん戻ってくるか?」
「彼女の思いはそれとなく島の連中に伝え戻ってこれる下地は作る。その上で本人が拒否をするならしょうがない。だが最低でもこの島が危険に晒される事態は回避する」
息子の説得は契約内容に無いし、無理やり連れ戻すことはトメさんも望んでいないと思いたい。何よりみぞれがいるこの島の安全は確保しなければならない。
「神狩はなんと言っている?」
「神狩や自衛隊の出向組は納得してくれた」
神狩は元々がいい奴だし子供を守る為ならと進んで協力してくれる。
自衛隊組に関しては自衛隊をクビになった場合、八咫鏡で再雇用することで承知してくれた。正直、八咫鏡なんて零細もいいところで勤務はブラックで福利厚生は全く充実していないと自信を持って断言できる。何がいいんだか。
同じ自衛隊組である大原が島で接触が有ったときにいい噂を流してくれたのかもしれないな。ボーナス上げるか。
「だが先送りに過ぎないぞ」
「先送りにした時間でこの島に簡単に手出しできないように細工するさ」
流石魯蓮は簡単には納得しないで痛いところを突いてくる。
大陸の連中が無能なわけが無い。いずれ真実に気付くだろう。その時失敗を認められない認めるわけにはいかないと黙殺してくれれば万々歳で大団円。もし動いたとしても政治的立場から政敵への発覚を恐れ秘密裏に処理しようとし、ほんとにごく少数の暗殺者を送り込んでくるくらいだろ。そのくらいなら稼いだ時間で防御態勢を確立できる。
そして時間があれば物理的な防御だけで無く政治的に動くことも出来る。
大陸の連中が無視できないステルス艦と超兵は強力な政治的なカードになるが、強力すぎて扱いは熟考を要する。そういった意味でも時間を稼げるのはありがたい。
「分かったが立日沢はどうするんだ? 本土に連絡してしまっているんだろ」
「幸いなことに淺香がみぞれを手に入れる為に握り潰していた。よって何も起きていない。時期を見て行方不明か折角の戸籍だ有効活用させて貰う」
気兼ねなく入れ替われる戸籍は今後の為にも貴重だ。
ご両親に報告しなくて人の心は無いのかという批判があるかもしれないが、立見沢も最後に善行が出来て喜んでいるだろう。
「それをしれっと言えるお前が怖いぜ。
だが、お前はいいのか?」
「何が?」
「折角の大手柄を不意にすることになるぞ。
大陸のスパイを暴き、ここの機密を護るだけで無く、ステルス艦や超兵などの大陸の機密も手に入れた。出世するぞ」
「みぞれの安全には変えられない」
確かに、この功績を上手く使えば現場のTOP一等退魔官から脱して欲しかった政治的権力も有することも可能かもしれない。
「何の動揺も無くしれっと自然体で言い切ったな。
しかし以外だな。手柄の為なら血も涙も無いと言う噂だったが」
こんな島にまで俺の評判は伝わっているのか? 知らぬ間に結構な有名人だな。ただ残念なことに有名になってもインフルエンサーでもユーチューバーでもないので利益にならない。
「その通りだ。目的の為なら手段は選ばない。ただ俺の目的が出世では無いだけだ」
だが最近はそれも断言できないような気がするこの頃である。時雨といちゃいちゃするのが目的だったはずだがどんどん逸れているような気がする。だが力が無ければ時雨を守れないのも事実で時雨を守れなければイチャイチャも出来ないので間違っては無いはず。
「そうか」
「国内の方は俺が何とか話をまとめる。
米帝の方はお前に任せいいんだよな」
「何!?」
軽い確認のつもりだったんだが魯蓮の態度は一変した。
「おいおい睨むなよ。俺に米帝への対応もさせる気か? 流石にオーバーワークだぜ」
出来る人間に仕事は集まるというが出来る人間は仕事を割り振れるとも言う。
「なんでここで米帝が出てくる?」
「劣るとは言え仮想敵国のステルス艦のデータは欲しいだろうし、人権無視で作られた超兵のデータは喉から手が出るほど欲しいだろ。知れば必ず米帝は乗り込んでくる。大陸よりは交渉の余地があるだけマシだが、俺でも100%の交渉が出来る自信は無い」
今はな。条件が揃えばそれも選択肢の一つではある。
「だからなぜそれを俺に言う?
何を勘違いしているか知らないが、俺はこんな辺境に飛ばされるようなしがない公安外務課警部に過ぎない」
「そんなに難しいか。俺同様何も無かったことにするだけ、まずは報告しなければいいだけ、後は多少細工をするかもしれないくらいの簡単な仕事じゃ無いか」
「それを言うなら日本政府、外務省への対応じゃ無いのか?」
「いいえ、間違ってないぜ。米帝への対応だ」
魯蓮の雰囲気が変わった。小熊を守る母熊の如く下手に刺激すればどちらかに不幸な事故が訪れそうである。
「一緒に死線を潜った仲じゃないですか。私としては出来ればこのままの関係を維持することを望んでいます。
貴方だってこの島の現状を変えたくはないはずだ」
俺は刺激しないようにことさら丁寧に優しく笑顔で言う。
「確かに俺はこの島を気に入っているが・・・」
「翔君、素直で可愛い子ですよね。本当に貴方の子かと疑ってしまうくらいですよ。
低度の魔人なんでしょ? この島には治療と監視を兼ねて飛ばされたんじゃ無くて志願して来たんでしょ。意外と子煩悩なんですね」
「亡くなった妻が俺に託した子だ。何があっても俺が守る」
俺は親しみを込めてことさら丁寧に優しく笑顔で言った。魯蓮は子煩悩のようだから、一緒にこの島を守ろうと共感を求めたのに、何を誤解したが魯蓮はまるで俺が翔君を人質に脅したかのように殺気が膨れ上がった。
もう誤解は解けないだろう。ならその態で押し切るしか無い。
「ならお互いの利害は一致している。テーブルの下の銃でなくテーブルの上で手を取り合いましょう」
テーブルの下魯蓮は銃に手を掛けているだろう。抜かれたらお終いだ。俺も島を守る為ここで魯蓮を始末しなければならなくなる。そうなると翔君もか。それは悲しいな。悲しいがやらなくてはならないことをやらねば守るべき者達が悲しむことになる。躊躇いはしない。
こういう時つくづく思う。俺が旋律士のように超人的強さがあれば生け捕りにするという選択肢もあった。そうすれば悲しみは少しは軽減するというのに、無いものは仕方ない。
悲しい事態を避ける為、努力はしよう。徹底して嫌な奴になる。
「分かっていると思いますが、何の保険も掛けずにここには来ませんよ」
「それが仲間になろうと言う奴の態度か」
「手を組むなら無能よりいいでしょ。別に友達になりたいわけじゃ無い」
「お前みたいな奴と友達なんて願い下げだな」
魯蓮は心の底から吐き捨てるように言う。
「それは残念。
そもそも貴方は何に拘っているのですか?
別に米帝はここの研究の監視を命じているだけで、ステルス艦や超兵を奪取しろなんて命令してないでしょ。してたら未来予知ですよ。未来予知が出来るならそもそも貴方一人に任せるなんてブラックすぎるでしょ。尚更裏切っても良心は痛まない」
完璧な合理的理論だ。
「まずはこれだけは教えろ。なぜ分かった?」
魯蓮はやがて覚悟を決めたように口を開いた。
「種明かしはしない主義ですが、これは種明かしにも成らない。
簡単ですよ。大陸の連中が嗅ぎ付けるような案件に、米帝が絡んでこないわけが無いでしょう。陰謀論にも成らない事実ですよ」
「それがなぜ俺?」
「自衛隊の派遣組は万が一魔人候補の子達のカウンターとしているだけ。彼等がいることは納得できます」
「話が見えないな」
「淺香は尻尾を掴まれるようなヘマはしてないって自信満々に言ってましたよ。私もそう思います」
淺香が入れ替わったことに気付かないほど日本は無能か? 仮に有能で察知していても遺憾の国としては大陸を刺激したくないと黙殺するだろう。
まあどっちに転んでは日本政府は動かない。
「日本政府は外国の介入を察知していないのに、なぜこんな辺境の小さなな島に公安外務課警部補がいるのですか?
別にルートからの命令で派遣されたと推測するのはそんな難しいことですか?」
「まいった」
米帝の二重スパイ魯蓮は両手を上げるのであった。
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