第513話 積み重なる債務

「はいカット。

 なかなかの名演技じゃ無いか」

 戦闘指揮所の一角に陣取っていた一乃葉は通信機のスイッチを切ると苦み走った笑みを浮かべ戦闘指揮所にいるメンバーを拍手をして褒め称える。

「政争を生き抜くには演技も必要ですから叩き込まれています」

 リーは一乃葉に褒められて誇らしげに答える。少し前のリーなら劣等人種になどと不快感を示していただろうにえらい変わりようである。

「持てる力全てで果無様にお仕えします」

「そっそうか」

 一乃葉のリーを見る目に軽蔑や嘲りはない。ただリーという男の心の変わりようを冷徹に観察している。

 リーは地獄に落とされても本国への忠誠心で何とか乗り越えたが忠誠心が高いが故に本国に切り捨てられた時に心が完全に砕け散った。そこに付け込んで果無が何か言葉を囁いたらリーは忠犬の如く果無に懐いた。

 リーのようなナンバーワンよりナンバーツー、主より従でこそ輝く男にとってある意味常人では無い果無は理想の主君に映ったようだ。

 洗脳怖い。

 そして忠犬となったリーは果無が描いた事件の後始末の青写真を実行する為に生き残ったステルス艦の乗組員の中から必要最低限のメンバーを選び出し、先程の大芝居を公演したのである。彼等は地獄を体験し陸戦隊に銃口を向けられて果無の部下になることをしぶしぶ了承した者達であったが、リーは思いの外有能でそんな彼等の人心を見事掌握し彼等の働きぶりは監視役の一乃葉がいらないほどであった。

 ちなみに元々ここにいた艦長以下の士官達は果無が囮になっている内に乗り込まれた超兵達によって怒りのままに挽肉にされてしまっていた。戦闘指揮所の所々には拭き残しの血糊が今もべったり残っている。

「よし予定通り八咫鏡所有のドックに行くぞ」

 果無にこの艦を任せられた一乃葉が命じる。元々革命家として戦場を渡り歩いていた一乃葉はボスとして貫禄が溢れていて逆らおうとする者はいなかった。

「了解です」

 ステルス艦はステルスモードに移行し、日が沈み暗闇が支配していく海で誰にも知られること無くドックに向かって行くのであった。


 遮る木々は無く海風が通り過ぎていく雑草に覆われた平地。そこは荒れ果てた酉祕島の耕作地であった。かつてはここで野菜が栽培されホテルで観光客に新鮮な野菜として提供されていたが、島が寂れるに連れ自然と人影は消えていった。

 その忘れ去られた地に今数十名の人影が映っていた。

「お前達が契約を遂行する限り、身分を保障しこの放棄された耕作地をお前達に貸そう。静かに暮らしたいというならここで畑を耕して暮らすがいい」

 果無は居並ぶ陸戦隊に言う。

「ありがとうございます。我々はここで静かに暮らします」

 陸戦隊を代表して隊長こと元が答えた。

 生き残った陸戦隊の内の大半は果無の予想を裏切り当初の要求通り酉祕島で静かに暮らすことを望んだのであった。

 基本この島から出ること無く晴耕雨読に励む。そして酉祕島に危機が迫ったときには防人として島の防衛に当たる。それが契約内容。

 正直今時晴耕雨読なんてして生活は成り立たない。誰かが資金援助する必要がある。その誰かとは当然果無。数十名の生活のサポート資金は半端ではないだろう。果無は島興しでも何でも成功させて彼等を経済的に自立させない限り近い将来破産するだろう。

 頑張れ果無。ホテル、貿易会社、辺境の島とどんどん不良債権は増えていくぞ。


 寂れた辺境の島の人里離れた山の中腹にある鳥居連なる石段の先の平地。この島の暗部が凝縮された場所に男女数名がいた。

「っで地獄を見てまだ地獄に未練がある愚か者がお前達か」

 果無は目の前に立つ男女を前に挑発的な言葉を吐く。

 ここは人の文明も法も届かない。目の前の男女の不評を買えばあっさりと肉片にされることくらい分かっている。それでいて尚何処か反乱を期待するように挑発する。

「今更天国に行こうなんて思ってませんよ。俺達は地獄でこの身を焼かれる。だがそれまでは精々この世を楽しませて貰いますよ」

 どこか斜に構えた30代の超兵の男が代表して果無に答える。

「刹那的な享楽主義だな」

「現世を精一杯生きようとしていると言ってください」

「超兵になったことを悲観してのことなら辞めておけ。幸いここにはお人好しがいる。完全には無理でも限りなく近い状態に戻すことは出来るぞ」

 果無は最後の罠を仕掛け心が揺れるかどうか見定める。

 果無は彼等を信用していない。あっさりと人を殺せる猛獣に心許せるような博愛主義者じゃ無い。だから慎重に合理的に自分が御せるか見定めようとしているのだ。

「まあ経緯はどうあれ俺達はこの力を手に入れたんだ。なら有効活用して人生楽しく生きたいだけだ。でなければ今までの自分が可哀想すぎる」

 刹那的かもしれないがこの決断にそれなりの重みがあることも感じ取れた。

 今までの人生に掌を返すも貫くも正解はない。結局どっちの人生に己が満足するかである。そして自分の人生に納得しているなら裏切られる可能性は低い。

「言っておくが一般人への手出しは認めないぞ」

 誘拐、監禁、拷問、強姦は禁止するときっぱり言えるほど果無も清廉潔白で無く、かなりの非合法に手を染めている。だからといって歯止めを掛けなければ無法の行いは暴走し取り返しの付かない事態を引き起こす。

 これは果無が導いた線引きであり、乗り越えるなら容赦なく始末する。

「そこがボスの一線だというなら従いますよ。確かに一般人に手を出すのは心が痛む。精々何をしてもいい相手を用意して下さいよ」

「そこを弁えるなら何も言わない。死に場所は用意してやろう」

 酷い言い草だが、死にたくなければ元達と一緒に畑を耕せばいい。ここにいるのはそれを拒否した悪鬼である以上妥当とも言える。

「地獄の一等地をお願いしますよ」

「いい心がけだ。メンテは神狩が行ってくれる。用意は怠るな」

「了解ですボス」

「お前達の仕事については随時連絡しよう。だが暫くは大人しくしていろ。折角臭い芝居までしてお前達は死んだことになったんだ。米帝や大陸の連中に嗅ぎ付けられたら面倒臭いことになる」

 超兵は最新技術の塊。正直彼等の面倒を見るより彼等を米帝に引き渡した方がコネも出来て色々と利を得られるだろう。なのに何の気まぐれか合理を捨てて彼等の面倒を見ることにした果無にどんな思惑があるのか今は分からない。

「分かりましたよ。まあ気に入っていましたがこの顔も早いとこ変えて下さいや」

 超兵はニヤッと笑って果無に言うのであった。

 今更清貧には生きられないという彼等はある意味誠実とも言えた。彼等はきっと碌な死に方はしない。ドブに顔を突っ込んで死ぬような運命。それが分かっていて地獄を望んだというなら遠慮無く地獄への花道を飾ってやるだけのことだった。

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