第519話 六文銭の水先案内人

 村上は櫂を使った旋律を奏でていく。

 右に左に漕ぐように櫂を旋回させつつ

 海空を舞う鳥のように踊る

 共振する櫂が空気を掻き出し

 波と海風と櫂の音が響き合い旋律となり

 旋律が大海の情景を思い浮かばせる


 彼岸と此岸に流れる大海

 ゆらりゆらりと櫂を漕ぐ

 先を見渡せぬ暗闇に

 ふわりゆらりと浮かぶ亡者の道標

 惑えば冥府魔道

 くるりこくりと呑み込む大蛇の大渦

 逝くか還るか

 きらりきらりと天に星は輝く

 我等六文銭の水先案内人

 ただ櫂を漕ぐ


 村上が櫂を最後に大きく振り払えば、ぼぅと無数の青紫に燃える火の玉が浮かぶ。


「赤。激しき赤を鎮める青の力」

 青の巫女は網に囚われたままに杖を掲げれば、フェリーを飲み込まんばかりに甲板より遙かに高い見上げるほどの青の大波が湧き上がった。


 まずい!!!

 俺は走った。

「お前達死にたくなければここから離れろ」

 訳が分からずオロオロしている乗客達に声を掛けるが助けてはやらない。そんな余裕はない。

 何か何か無いか?

 船の中に逃げるほどの時間的余裕はない。あの青をまともに食らったらやばい。

「おにーさん、こっち」

 褐色の少女が俺に声を掛け手招きする。少女の手には一本のパラソルが握られている。甲板に出た乗客への貸し出し用のパラソルが残っていたのか。俺は迷わず褐色の少女の傍に駆け寄るとバサッとパラソルを開いて青の波の方に向けた。

「もっとこっちに寄れ」

 傘から出たら青の波の直撃を受ける。直撃をしなくたって回り込まれて青を被ることになるが直撃されるよりはマシなはず。

 コンマ何パーセントでも生き残る確率は上げる。

「あいさー」

 少女はそれこそ俺とベットで抱き合うくらい身を寄せ密着させてくる。

 少し干し草のようなお日様の臭いがした。

「しっかり支えるさ」

「ああ」

 俺と少女はしっかりと柄を握り合い支える。


「赤よ青に染まれ」

 青の巫女の声に従い青の大波が圧倒的質量を持って頭上より全てを噛み砕くサメの如く襲い掛かってくる。

「ご遠慮願おうか。

 我等六文銭の水先案内人。

 亡者よ、冥府魔道に案内してやろう」

 頭上より落下してくる青の大波に対して村上が櫂を旋回させれば柴炎の玉が周り。

 柴炎の玉が回れば亡者を飲みこむ青紫の大渦が生まれる。

 全てを呑み込み浄化する青の大波と冥府魔道亡者を呑み込む大渦が激突し辺り一面に青の滴と青紫の片炎が飛び散る。

 

 ザッパー--ーン

 青の滴と柴炎がゲリラ豪雨の如く降り注いでくる。

 襲い来る豪雨に対する角度を少しでも誤れば一瞬でパラソルは吹っ飛ばされるだろう。そして角度が正確でしっかり支えてもそもそもパラソルの強度が足りない。

 パラソルの骨はあっさりと折れるが俺と少女はパラソルの傘の部分をシートのように頭から被った。

 むにゅっと肉と肉が潰れ合い混じるほどに俺と少女は密着し耐える。

 直撃こそ避けたが、青の滴が飛翔してくる。俺は幸い防弾防刃対魔コートを着ているが隣の少女は南国風にTシャツ短パンと薄着だ。

 俺は咄嗟にコートを開いて少女を胸の中に引き寄せ抱き締める。

「はにゃあ」

 少女は猫の如く暴れるが押さえ込みしっかりと抱き込む。

 青の滴と柴炎が吹き荒れ露出している掌や顔が熱い。

 柴炎が当たった箇所は火傷の如く熱く疼き。

 青が当たった箇所は瘡蓋が疼くような熱く疼く。

 消滅と再生の熱さに俺は翻弄される。


 永遠のような一瞬が過ぎ去った。

 まだ胸に抱く少女の体温を感じる。どうやら液体になって昇華することは免れたようだ。

 甲板には青の巫女だけが立っていた。

 あの海賊女は液体のように弾けて消えたのか?

 これで魔に対抗できる唯一の手段を失ったことになる。

 必殺の旋律で調律できなかったのはあの女がへぼなのかこの魔が強大すぎるのか。時雨が負ける姿は想像出来ないが時雨でも危ない気はする。此奴と対峙するなら真正面からじゃ駄目だ。何か特殊設定特殊条件、ようするに嵌め技がいる気がする。もっとも今更分かったところで後の祭りで対抗手段は失われた。

 俺は自力で脱出する手段を見付けなくてはならない。

「赤は去りました。

 それでは青の世界に案内しましょう」

 青の巫女は何事もなかったかのように淡々と告げるのであった。

 

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