第511話 科学の力
窓一つ無い隔壁で外部から完全に隔離された何処か薄暗いステルス艦の戦闘指揮所。
ここには艦長及び副長、火器管制や情報収集などのステルス艦の主な士官が揃っていた。彼等は上陸戦開始後からここに入り作戦の支援及び万が一に備えていた。
彼等は一言もしゃべらない。彫像のように身動き一つしないで何かを待っていた。
「ナパームミサイル着弾。ドローンからの映像入ります」
オペレーターが操作をすると正面のメインモニターにドローンからレーザー通信で送られてきた、天を焦がすほどの高熱の炎が辺り一面に広がっている様子が映し出された。
「おおっやったか」
オペレーターの一人が恐怖を振り払うように歓喜の声を上げる。
戦闘指揮所はステルス艦の頭脳であるそれ故に外部からの攻撃に耐えられるように鋼鉄の隔壁で厳重に護られている。ステルス艦が夢乃胡蝶の悪意に呑まれ、通路や艦橋などにいた乗組員は悪意に呑まれたが戦闘指揮所だけは辛うじて悪意を防ぎきった。
故に戦闘指揮所にいた者達は理性を保ちつつ事態の推移をドローンで観測し続け、魔の恐怖を第三者的にまざまざと見せ付けられていた。
訳の分からない悪意の呑まれていく同胞の陸戦隊。飲まれた者は鍛え上げた歴戦の勇士とは思えない悲鳴を上げて吸い込まれていく。
彼等は次は自分の番かと隔壁の中に籠もり悪意に恐怖し神に祈った。
やがて悪意が収まるのを確認し作戦の失敗を悟ると、彼等は恐怖から逃げるかのように迅速に動いた。
「ふうっ何とかなったか。魔など人類の叡智の前では無力だったということか」
艦長がどこかほっとしたように言う。実は直前までナパームミサイルを跳ね返されたりするのでは無いかと危惧していたのだ。普通なら何を馬鹿なとことをと笑うが、夢乃が放った悪意を見てしまった今最新鋭のミサイルすら縋るには心細かった。
「しかし良かったのですか味方ごと始末してしまって」
副長が艦長に問う。
「逆だ。最低限味方、超兵だけは消さねばならなかったのだ。万が一にもこのステルス艦同様超兵の技術を米帝に渡すわけにはいかない」
「撤退を待つことは出来ませんでしたか」
副長は艦長を非難するというより自分を納得させたくて聞いているといった感じであった。
「何を馬鹿な。あの恐ろしい力を見ただろう。何があったか知らないがもう少し遅かったら我々も呑まれ外に転がっている部下達と同じになっていたんだぞ。収まっているこのチャンスを逃すような判断では上には上がれないぞ」
艦長は悪意が収まるや否や作戦が失敗した場合に備えターゲットの抹殺兼証拠隠滅用に搭載していたナパームミサイルの発射を決断したのだ。
それは恐怖から逃れる為か言い訳の通りなのか半々といったところだった。
「確かに」
副長がチラッと見た通路を監視するモニターには今も廊下にいる乗組員達が映っている。気絶して悪夢に苛まれている者は幸せである。ある者は糞尿を垂れ流して笑い続け、ある者は気が狂ったように泣き叫んで頭を床に打ち続けている。
陸戦隊が罰を受け神に目覚めた賢者モードになったことに比べ明らかに精神に異常をきたしている者が多い。これは海軍は比較的エリートに属するが故に人として幸せなことにあまり凄惨な現場に出くわしてなかったからである。彼等は陸戦隊に比べれば処女のように清らかで純朴な心だったからである。
「肝に命じていおきます」
「それよりも炎が収まりだしたらドローンを接近させて現場の確認をしろ。場合によっては追撃を行う」
「了解です。
それと山に逃げた島民の方はどうしますか?」
「放っておけ。それよりもターゲットと超兵を確実に始末するんだ」
「了解です。
多少無理してもドローンを接近させろ。ターゲットを絶対に逃がすな」
「はっ」
オペレーターはドローンを操作し現場に接近させていく。そして炎が収まるにつれドローンのカメラには逃げること無く後方で挑発するように仁王立ちする果無が映し出されるのであった。
「馬鹿なっ。どうやってナパームミサイルから逃れた。いや今はそんなことより見失う前に追撃だ。ナパームミサイル2番3番出し惜しみ無く発射」
果無の姿を見た艦長は恐慌したかのようにミサイルの発射を命じた。落ち着いているように見えて内心魔が怖くてしょうが無かったのである。なので当然他に確認すべき超兵やみぞれの所在のことなど頭に無かった。
「了解。ナパームミサイル2番3番ターゲットに向けて発射」
冷静に助言すべき副長も艦長の命令をそのまま命じる。
誰しも魔を前にして冷静ではいられないのだ。
「ドローンから座標データ受信。ロック完了、ナパームミサイル2番3番発射」
オペレータは命令通りナパームミサイルを発射させるのであった。
「おっ追撃のミサイル。それも二発もか。たかが人間相手に何千万もするミサイルを大判振る舞いだな。
先程の迅速に味方ごと証拠隠滅を決断したことといい、なかなか判断が早いじゃ無いか」
「馬鹿な馬鹿な、俺が俺が切り捨てられた」
俺の横ではリーが蹲ってブツブツ呟いている。
「よし迎撃だ。頼むぜ先生」
「はいはい任せなさい。
一番エース大華第一球投げます」
呼ばれて出てきたのは幼い少女の躰付きの大華で無く、体は筋肉で一回り膨れ上がり獣毛に覆われていた。
大華は獣憑きの魔人である。それも獣憑きの中でも強力な狼である。魔の本性を目覚めさせれば、その視力・聴力の感覚は常人の比では無く、なによりその膂力は言葉通りの化け物であった。
何かあった場合に備え後方で待機させておいたのが幸いした。先程も大華は素早くミサイルを感知すると躊躇うこと無く変身し石を投げて迎撃したのである。それでも結構ギリギリで淺香が超兵の力を使って俺を担いで退避しなかったら危なかった。陸戦隊の連中も逃げ遅れた者達は炎に焼かれた。
大華は大きく振りかぶって石を投げると。石は音を置き去りにしてミサイルに向かっていき、激突した。
ジュドーーーーーーーーーーーーーーーーーン、あっさりとミサイルは迎撃され大爆発した。大国が大金を掛けて防空システムを用意するのが馬鹿らしくなる安価で原始的な迎撃である。
「ナイス私。もう一丁」
大華は続いて第二投、二発目のミサイルもあっさり迎撃されるのであった。
「ばっ馬鹿な」
その光景をドローンで見ていた戦闘指揮所の者達は驚愕する。
「艦長具申します。今すぐ逃げるべきです。このステルス艦だけでも無事本国に戻すべきです」
「だが乗組員はほとんど役に立たないんだぞ」
「この艦は最新鋭です。この人数でもなんとか航行できるはずです」
「分かった。各員戦闘指揮所を出て艦の操舵に・・・・」
ガンッ
艦長の命令は外から響いた轟音に遮られるのであった。
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