第510話 ふと空を見る
淺香という圧倒的武力を手に入れたというのに、わざわざ敵がまとまるのを待っているほど俺は愚かでも臆病でも無い。まとまる前に仕掛けて積極的に刈り取ってやる。各個撃破は戦術の基本。
欲を言えば初手、不意打ちが出来る初手で頭を潰したい。古来よりどんな軍隊も頭を潰せば烏合の衆。
俺は淺香を連れてリー達のところに戻ってくると、もうまとまり掛けているかと思ったが意外なことにリー達は未だ白熱の議論をしていた議論をしていた。
ここでリーの首を取ったら完全に俺は悪者で俺への敵意でまとまってしまう。それは拙い。まとまる寸前裏切る寸前に好戦派のリーの首を淺香に取らせる。それが一番敵が混乱し、各個撃破へと繋がる。なので、もう少し様子を見てタイミングを計る。
「分かっているのか?
裏切り者を祖国は絶対に許さない。
こんな島で一生怯えて暮らすつもりか?」
「でっでも・・・地獄に墜とされるよりはマシだ」
リーは堂々とした正論で仲間達を説得しようとしているが仲間達は及び腰だ。そうか命を狙われる続ける生活より地獄に墜とされるのは嫌か。だがその感情も今だけのこと、直に命を狙われ続ける生活の方が嫌になる。
「あんなもの幻覚に過ぎない。
そもそも、こんな碌な娯楽も無い島に耐えられるのか? 今更聖人ぶって晴耕雨読か?
思い出せ、下等民族の女を踏み躙り慰み者にするあの優越感の快楽。お前達に、あの快楽を忘れられる訳が無い。きっと後悔するぞ」
俺もそう思う。暴力の快楽は麻薬以上だ。一度知ったものが少々怖い思いをしたくらいで忘れられるとは思えない。今はいいがいつ野獣の本能が蘇るか分かったもんじゃ無い。みぞれの安全の為にも此奴らはここで後腐れ無く排除するのがベストだ。いやマストだ。
「今なら間に合う。先程のことは心の迷いだとして俺の心の中に仕舞う。この島の連中を皆殺しにしてターゲットを連れて帰れば今まで通りの生活が送れるんだぞ。いや今回の作戦の重要度を考慮すれば出世する。もっといい生活が送れるんだぞ」
リーは祖国の誇りとかいうお題目は捨てて現実的な話で兵士達を説得しようとしている。
本当に俺に似ている。同族嫌悪をするくらいだ。それだけに危険だな。
「おっ俺は嫌だ。俺は何であんな酷いことが出来たんだ。あの光景を思い出すと・・・。
うえっうおおおおおお」
リーに反論した兵士は過去の何を思いだしたのか突然吐き出した。
本当に良心に目覚めたとでもいうのか、戦場帰りのPTSDに近い?
「おっ俺も無理だ。もう俺は安眠できるとは思えない」
「出世なんかいい。ここで穏やかに暮らさせてくれるならそれだけでいい」
えっ意外なことにリーの正論に神にでも目覚めたような反論をする者達が出てきた。
どういうことだ? 俺なら余裕で耐えられるあの程度の地獄で、この者達は心が砕かれてしまったとでもいうのか?
実に興味深い。経過観察をしたくなるほどだ。好奇心猫を殺すと言うが俺は好奇心のままに口を開いていた。
「人民を導くのは辞めたのか?」
「お前か。ノコノコ戻ってきたのか」
降って湧いて横槍を入れた俺をリーは睨んできた。
「いつまで待ってこないんでな。
それにしても帰れば出世するとは、嘘も方便過ぎないか」
「なんだと」
「帰ったら証拠隠滅でお前全員粛正だろ」
俺は首を掻き切るジェスチャーをする。
「どういう意味だ」
リー自身にとっても意外な意見だったのか片眉を上げて問い返してくる。
「そのまんまだよ。
ターゲットの奪取に失敗。島の占領どころか島民の口封じに失敗。ヘタレ我が国は事なかれ主義で見て見ぬフリをするが縄張りを荒らされた親分は怖いぜ」
「何を言っている?」
「時間を掛けすぎたな。米帝はそろそろ気付くぞ」
必殺虎の威を借りる狐作戦。
「そんなことが、我がステルス艦は・・・」
「目には見えるだろ」
俺は天を指差す。
「人工衛星がこんな海域を監視しているわけが無い」
「そりゃな。だが作戦行動が漏れていたら」
「そんなことが」
「米帝のスパイ網は凄いぜ。流石に詳細な作成行動は漏れて無くても、概要くらいは漏れていて当然じゃ無いか」
「そんなこ・・・」
思い当たるのかリーの反論は尻すぼみになる。
「介入してこないということはまだ見付かってないということだ。だがそれは今時点の話。
今なら間に合う。今すぐ降伏してステルス艦を差し出せば、俺の部下としてこの島での生活くらいなら保証してやるぞ」
即興にしては実に筋が通った話が出来た。自分でも信じてしまいそうだ。いや案外本当に米帝は迫っているのかもしれない。
「ハッタリだ」
「ならやって見るか。
俺達は山に籠もってゲリラ戦だ。みぞれもいるんだ。最低でも3日は持ち堪えるぞ。
断言しよう。そんな長い期間暴れれば絶対に米帝に察知される。そうなってから帰ろうとしても潜水艦やら駆逐艦に追撃されるぞ。
もうお前達は作戦の成否というフェーズはとっくに過ぎて無事に帰れるかどうかのフェーズになってんだよ」
「ぐっ」
リーは黙り込んでしまった。
「隊長さんの見解はどうなんだ?」
黙って俺とリーのやり取りを聞いていた隊長に俺はアドバイザー的意見を求めて尋ねる。
「正しいと思います。我々は派手に、そして時間を掛けすぎました。強襲を防がれた時点で失敗したのです」
町の占領までの手際は見事だった。あのまま山狩りをして島民の皆殺しが成功していれば、米帝が察知して動き出す前にステルス艦はみぞれを連れて帰還、陸戦隊はそのまま背乗りをして島を実効支配できていただろう。
全ては島を守る為命を懸けたトメさんの覚悟有ってのことだな。あなたは島主の一族として務めを立派に果たしたんだな。
一所懸命、己と一族郎党が住む土地を必死に護る。金と女にしか興味の無い上級国民共に爪の垢でも呑ませたいぜ。
「もはや降伏して身の安全を保証して貰うか帰還のどちらかを選ぶしかない。だが帰還しても作戦の失敗の責任を取らされるでしょうな」
隊長は何処か人ごとのように話す。あの夢乃を嬲り者にしようとしたギラギラした欲望を感じない。達観しすぎだろ。
「見事な分析だ。
お前達はどうなんだ?
特に超兵。米帝に捕まればそれこそ先程の地獄と同じくらいの実験動物扱いを受けることは保証するぜ。
自分の運命を決める決断だ。自分で決めろ」
一瞬ざわついたが、元々降伏するつもりだった連中は直ぐに波が引くように静かになっていく。
俺はふと空を見上げた。
「ミサイル!?」
空を見上げた俺の目に音速で迫ってくるミサイルが目に入った。
数秒後辺り一面は天すら焦がす灼熱の炎に包まれるのであった。
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