第509話 担保

 みぞれを抱き抱え逸る心を抑えつつ悠々とした態度で離れていく俺。彼奴らは地獄を味わった為に改心したんじゃ無い、一時的に心が弱まっている賢者タイムだけのこと。暫く立てば正気を取り戻し襲い掛かってくるに違いない。その前になんとか森の中に逃げ込みたい。あと少しで森の中に入れるというところで茂みから俺の前に飛び出してきた者達がいた。

「お前達がなぜここに? そうかみぞれをここまで連れ来たのはお前達だったのか」

 俺の前に表れた一乃葉達に俺は何となく経緯を察した。

「みぞれは望を果たしたんだな」

 一乃葉は我が子が第一志望に受かったかのような嬉しそうな顔をしてみぞれの寝顔を見ている。

「それより、みぞれは大丈夫なの?」

 大華が勢い込んで聞いてくる。そんなにみぞれが心配なら止めろよと言いたいところをグット呑み込み、大人の対応で言う。

「疲れて寝ているだけだ」

「良かった。はいっ」

 大華は両手をサッと前に出してみぞれを寄越せと言ってくるが、取り敢えず無視。

「それでこれからどうするんだ?」

「俺に聞くか。お前達が余計なことをしてくれたおかげで策は一から練り直しだ」

 一乃葉に嫌みをまぶして答えてやる。

 本当に策は無い。本気で50名近い軍人相手にどうすればいいんだ? 下の下策として、みぞれの力を使って助けが来るまで山で籠城戦ぐらいしか思いつかない。

「それはすまなかったな。だが俺としてはみぞれの望を果たしてやりたかったからな」

「ロリコンかよ。大人なら駄目は駄目とビシッと言えよ」

「俺はいい大人になれなかったからな」

 一乃葉は自嘲気味に言う。

「この島で漁師として真面目に働いていんだろ。何を恥じるんだ」

「それはどうかな、お前に見せられた所為で昔の血が滾ってきているような大人だぞ」

「お前が見たいと望んだんだろうが、俺に責任持てるか」

 俺が作り出した地獄の光景は一乃葉のお気に召したようだな。契約は果たせたようで良かった。契約を果たすまでが俺の流儀。その後どうなろうが契約の範囲外だ。

「勝手にお前に付いていくさ」

「勝手にしろ」

 自分探しの旅に出るなら止めないが、本当に付いてきたら馬車馬の如く使ってやる。

「それとみぞれの力になってくれたこと感謝する。これでみぞれは俺がいなくても一人で歩いて行けるようになる」

 これでみぞれは俺がこの島からいなくなっても大丈夫だろう。

「ああ、みぞれは強くなった」

 男二人みぞれの独り立ちを喜び合っている姿に大華は心底馬鹿じゃないという目を向けてくる。

「それで、その女はなぜここにいる?」

 俺は淺香を睨みながら言う。

「ふんっ成り行きよ」

 淺香は腕組みをしながら吐き捨てるように言う。

「淺香さんは私達と一緒にゾンビと戦ってくれたのよ」

 大華は淺香と付き合いが長く情があるのか庇うように言うが、俺には関係無い。

「そうか。なら今だけ見逃してやるから、さっさとあっちのお仲間に合流しろよ」

「・・・」

 俺が顎でクイッとして立ち去れとジェスチャーするが淺香は一歩も動かない。

「まさか無しくず的に元鞘に戻れるなんて思ってないだろうな。

 お前は本当の淺香を殺害して成り代わり、神狩達を欺きつつみぞれを誘拐する機会を虎視眈々と狙っていた。そしてついに牙を剥き、みぞれを裸で逆磔にし、大原に怪我を負わせたことを俺は絶対に許しはしない。

 お前こそ地獄の底に沈めるべきだった女だ」

 俺はここから立ち去らない淺香に罪状を突き付けてやる。

 まあ、俺的には神狩を欺いたまではどうでもいいんだが、みぞれと大原に実際に手を出したことについてはきっちり落とし前を付けてやる。

「随分な言い様ね。

 本来の淺香を殺害したのは私じゃ無い。成り代わったのもみぞれちゃんの誘拐も上からの命令よ。たまたま選ばれた私に拒否権があるとでも思って」

「何だ同情して欲しいのか?

 なら見込み違いだな。俺はどっかのお人好しと違って同情で罪を許したりしない。

 罪には罰。だが俺は血の掟のマフィアでもお堅い聖職者でも無いビジネスマンだ。過失を補うプランがあれば心が動くかもな」

 まあこれもみぞれや大原が結果的に死んだりしてないから出来る妥協。飲み込める憎しみなら飲み込んで未来の利益を選ぶのが合理的。それに人体改造をされるような女だ人権なんて無かったことくらい察せられる。

 だからか情状酌量、罪から憎しみをさっ引いて自分でも甘いと思うが俺は一本の雲の糸を垂らしてやった。これを掴めるか掴めないかは本人次第だ。

 さあ、どんな魅力的なプレゼンを見せてくれるかな。

「取引よ。

 今後彼奴らからこの島を護るわ。代わりにこの島にいる限り、私に淺香としての身分を保障して欲しい」

「出来るのか?」

「私はある意味奴らの手の内を知り尽くしているわ。そして物理的には超兵の力もある」

 淺香は転がっていた拳大の石を拾って握り潰して見せた。

 女スパイとしても経験と超兵としての力は確かに申し分ない経歴だが、裏を返せば脅威でもある。

「それでみぞれ達にしたことを許せというのか?」

「私を始末するよりリターンがある話でしょ」

 この女頭は切れるな。実に俺好みの提案だ。

 だがこれは俺が損をすれば済むという話では無い。なんと言ってもみぞれ達の未来が掛かっている。安易に契約書にサインするわけには行かない。慎重の上にも慎重になり、契約書の穴を潰さなくては成らない。

「そうだな。だがそれもお前を信用できればの話だ。そう言って油断させておいてみぞれを誘拐するつもりなんじゃ無いか。

 取引の内容はいいがお前を信用する担保が無いな」

「どうせここで任務を達成したところで、次の任務に向かわされるだけ。いつかは失敗して無惨な死体を晒すことになるわ。

 もう捨て駒として使われるのは嫌なのよ」

「弱いな。それではここでの扱いに不満を持ったら裏切ると言っているようなものだ」

「くっ、それともう一つ私にはここにいたい理由がある」

 淺香は俺から視線を逸らし心なし頬を赤めながら言う。

「それは何だ?」

「くぅっ」

「ここで腹の内を全てを晒して初めて交渉のラインに立てること分かってるよな?」

「・・・神狩の傍にいたいのよ」

 淺香は俯き顔を真っ赤にして蚊の鳴くような声で呟く。

「なんで?」

「・・・」

 淺香は顔を真っ赤にして黙り込んでしまい、大華が俺を蔑むように見る。

「好きなのよ惚れちゃっったのよ」

「いい迷惑だな。神狩にだって選ぶ権利はあるだろ」

 彼奴は今でこそこんな辺境の島にいるが本来はエリートだ。それにいい奴でもある。こんな女に関わらない方がいい。

「分かってるわよ。自分が汚れている女だって自覚もある。だから傍にいられるだけでいい。それが敵うならあなたに抱かれたっていいわっ」

 淺香は吐き捨てるように言い、げしっと足を蹴られた。振り返ると呆れ返った顔をした大華がいた。

「クズね。女の敵」

「お前嫌な奴だな~」

「私果無さんのこと尊敬しているけど今のは」

 いつの間にか気付いていたみぞれまで加わって総攻撃だ。

「お前等、悲恋の雰囲気を出したからって甘すぎるぞ」

 だがここで雰囲気で流されていい訳が無い。嫌な奴と思われようが禍根は断たなければならない。

「悪いが駄目だな。

 この島の待遇に不満を持てば裏切る可能性がある。神狩に恋しているようだが、それは裏を返せば容易く憎しみに変わる可能性もある。

 何一つ担保になりはしない」

「じゃあどうすればいいのよ? 爆弾でも体に埋め込めとでも言うの?」

 ナイスアイデア、そうしたいのはやまやまだが実行する手段が無い。神狩なら出来そうだが神狩は反対するんだろうな。桐生ならやってくれそうだが本土まで行かないといけない。

「良し、なら覚悟を見せて貰おう。

 あそこにいるお仲間の首を2~3取って貰おう」

「私に仲間殺しをしろというの」

「裏切るんだろ。特に副長の首はいい担保だぞ。彼奴お偉いさんのボンボンっぽいから其奴の首を取ったらもう祖国には戻れない。寧ろ暗殺者を差し向けられるかもな」

 一人仲間を手にかければ後には引けなくなる。残りの連中とも死力を尽くして戦ってくれるだろう。結果、二度と元の組織に戻れなくなる。そこまでして少しは信用できる。

「悪魔」

「嫌な奴と言ってくれ」

 得意気な顔をする俺を淺香だけで無く、大華も、そしてみぞれまでもが侮蔑の視線を向けてくる。

 だが俺は曲げない。ここで嫌われてもみぞれの為女の恋心すら利用する、これが大人ってもんだぜ。それが分かっているのか一乃葉は顔に嫌悪感が浮かんでも俺に何も言ってこない。

「睨んでも泣いても無駄だぜ。みぞれ達が幾ら擁護しても俺は曲げるつもりは無い。その誠意を持って、俺の部下として先程の条件で契約してやる。

 嫌な奴だが交わした契約は守るぜ。

 さあ、お前の選択は?」

 きっと俺は悪魔のような笑みを浮かべているんだろうな。

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