第505話 マーラ

 あと少しあと少しであの人を此岸の此方へ戻してあげられる。

 あの人を掬い上げた掌が此岸への穴に到達する寸前だった。

 ガシッと手を掴まれた。

 あの人はひっくり返って掬い上げる私の手を掴み返したのだ。

 私を引っ張り上げようとしてくれてるの?

 ありがとう。

 でも、もういいんです。私は貴方が私を助けようとしてくれただけで嬉しかった、満たされたんです。

 もう私が希薄になっていくのを止められません。これは私に残った最後の我。でも悲しまないで、我は消えてしまうけど私は彼岸の彼方で貴方を見守っていきます。


「俺に悪意を向けたな」


 その声に希薄になっていた私の我が枯れ葉舞うように凍りついた。


「悲劇のヒロインに浸っているところを悪いが、俺はやられたらやり返す。

 勝ち逃げなんかさせない」


 悪意を向けた?

 何を言っているのか分からないです。私は貴方を助けようとしたのですよ。


「無自覚に悪意を振りまくか。その上から目線の口調も苛つくんだよ」


 貴方の言っていることが全く分からないです。


「だから気取るなっ餓鬼が」

 何でそんな酷いことを言うのっ。


「俺はお前を命を賭けて助けようとした。なのにお前はそんな俺の好意を踏み躙り俺を助けて自分が犠牲になろうとしている。

 人の好意を最低の形で踏み躙る、これ以上の悪意などない。

 俺はお前を絶対に許さない」


 ああ ああ ああ

 そんなそんな 酷いっ

 私は自分を捨ててまで果無さんを助けようとしたのに、なんで憎まれなければならないの。


「やっと本音が出たか、所詮お前は・・・」


 ですがそれもまた小我に囚われた人間の業なのですね

 それもまた受け入れ私は大我に到ります


「気持ちわり」


 えっ!?


「気持ち悪り。

 やっと分かった。だからお前は、親を悲しませ、友達が出来なかったんだな。

 お前が周りになじめなかったのは魔の力のせいじゃない

 お前自身の性(さが)の所為なんだよ」

 お父さんとお母さんが悲しんだのも

 私が男に暴行され掛かったのも

 みんなみんな 私が悪いっていうの


「そうだと言っているだろ。

 気持ち悪いだけで無く頭も弱いのかよ。救いようが無いな」

 巫山戯ないでっ

 許せない 許せない

 貴方だけは絶対に許せない。


 大我に目覚め小我の苦しみから解放され掛かっていたみぞれの心に生まれてこの方抱いたことの無い暴走する制御不能の我 

 果無への怒りと憎しみが生まれた

 怒りと憎しみを核に太極に拡散していたみぞれが集まりだし形を為していく。


「許さない。許さない。許さない

 みぞれっ」

 みぞれは今初めて自覚した怒りと憎しみで魔の力を果無に放つのであった。


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