第502話 友情?

「さて、果無はどこにいるのやら?」

 一乃葉は顎に手を当て考える。みぞれの願いを引き受けたはいいが、果無が今どこにいるか知らない。今も異様な雰囲気漂っていたあの穴の場所にいて怪しい儀式をしている可能性もあるし、逆襲のために島の何処かに潜んでいる可能性もある。

「みぞれは果無が今どこにいるか分かるのか?」

 一乃葉の質問にみぞれは申し訳なさそうに首を左右に振り、その姿に一乃葉はほっとする。

 まだ子供だな。ここで神の如く場所を指し示されるよりよっぽどいい。ここは大人として頑張るとき。

 一乃葉は双眼鏡で山の上から島の様子を伺う。


 両港から上陸した敵は定道通りに何部隊かに別れて町の制圧を開始していた。

 あんまり家を壊してくれるなよと一乃葉は様子を伺いつつ思う。

 こんな辺境の小さい町の上に誰もいないとなれば、程なく制圧は終わるだろう。

 その次は?

 そこで情報を整理するだろうし、確か淺香とかいう女がスパイだったらしいし、島民が山に逃げたことは直ぐに分かるだろう。

 直ぐさま山へ進軍を開始するだろうか?

 いや、一度開けた場所に集結して山狩りするために部隊の再編するだろう。

 少数が多数に勝つのに各個撃破は定道手段。

 ならば今現在町の各所に散っているときか山を包囲するために別れたときが狙い目。

 自分なら退路が豊富で視界を遮る森が使える山で戦いを挑む。果無がその選択をした場合合流するのは至難の業となるだろうが、その選択は無いと確信が一乃葉にはあった。

 最後の果無の様子、どんな切り札を秘めているか分からないが一網打尽を狙っている感じだった。

 ならば町に散った部隊が一度集結するタイミングしかない。

 

「急ごう。時間が無いかも知れない」

「分かりました。きゃっ」

 一乃葉がみぞれを軽々と片手で抱え上げたのだ。

「あの~私自分で歩けます」

 みぞれは頬を赤らめ恥ずかしそうに抗議する。

「悪いがそれじゃ間に合わない。

 みぞれの願いを叶えるためだ我慢してくれ」

「分かりました」

 年頃のお嬢さんとしては至極真っ当な要求だったが、基本いい子のみぞれはこう言われては納得するしかないが、一乃葉の意味は少し違っていたことにこの後気付くのであった。

「よし。落ちたら死ぬからな、しっかりとしがみ付いていろよ」

「えっそれって、きゃあああああああああああああああああああああああああああああ」

 慌てて落ちないように一乃葉にしがみ付くみぞれだったが、一之葉は崖から落下するが如く駆け下りジェットコースターより怖い急落下にみぞれの絶叫が山に木霊するのであった。


 落下の如き下山が終わると、二人は町と山を繋ぐ主要な道を外れ木々に隠れ地元民ぐらいしか分からない獣道を行く。

 町を制圧し一度集結してから山を目指すとはいえ、先行した偵察部隊がいないとは限らない。みぞれもいる一之葉は無駄な戦闘を避けるために慎重に進んでいく。

「みぞれ大丈夫か?」

「はい」

 ここからはいざというとき対応できるようにのぞみを下ろしている。子供には少々きつい道を歩くみぞれを一乃葉は気遣う。

「私が一之葉さんに頼んだことです」

 みぞれは気丈に答える。

「そうか。だが本番に備えて無理はするなよ。最後は俺にはどうすることもできなからな」

「はい」

 実際一之葉は果無が何をするつもりか知らず、みぞれがあって何をするつもりか聞いていない。ただみぞれの思いを叶える為果無の元へ連れて行こうとする。

 先頭に立つ一乃葉はみぞれが歩きやすいように木々の枝を払い草を踏みしめ進んでいたが急に止まった。

「どうしました?」

「静かに」

 一之葉は身を屈め先を見据える。

 数秒後前方に同じく獣道を進むアサルトライフルを構えた兵士三名が表れた。まあ敵の司令官が無能で無いなら森での奇襲を警戒して、本隊が山に進軍する前に森の中も調べさせるだろう。

「偵察隊か」

「私が力を使いましょうか?」

 みぞれが一乃葉の指示を得ようと見上げてくる。

 一之葉はみぞれを力を使うべきか悩む。

 みぞれの覚悟見たときから魔を使わせることに躊躇はしない。だがみぞれはまだ子供で体力が無い。魔の発動は体力を消耗する。本番を考えると温存したほうがいい

 三人程度なら奇襲で倒せる。だが流れ弾がみぞれに当たらないとも限らないし、銃声を聞かれれば他の敵が寄ってくる。ならいっそみぞれに力を使わせた方がスムーズに対処出来て、結果的にみぞれへの負担は少なくなるかもしれない。

 ここで力を使うべきか、先を考え温存するべきか考えあぐねていると二人の前を影がよぎった。影は狼の如く低く素早く獲物に向かって行く。

「ん!? なんだ」

「狼」

 何かの接近に気づいた兵士達が銃を向けるより速く影は兵士達に襲い掛かる。そして瞬きする間に兵士たちは引き金を引く暇すら与えられず地面に伏していた。

「実沙ちゃん」

 倒れた兵士達を見下ろす大華 実沙が立っていたが、その実沙の姿は愛らしい少女からかけ離れていた。

 手には鋼鉄でも引き裂きそうな鉤爪が生え、顔の頬からは獣毛が生え耳は犬耳のように変化している。

 ファンタジー物で獣人と呼ばれる姿に似ている。

「置いていくなんて水臭いじゃ無い。そんなむさいおっさんに頼るくらいなら実沙に頼りなさいよ。

 私がみぞれの一番の親友なんだから」

 実沙は獣人となった姿でも恥じること無く己の胸をバンと叩いて言い放つ。

「でも私の所為でその力」

 みぞれも実沙を怖がっていない。ただ力を使わせたことだけを気に病んでいる。

「いいのよ。貴方はこれでも私の友達でいてくれるんでしょ」

 魔の力を使えば魔の力は定着していく。実沙も本土で獣憑きと恐れられ、その治療でここに来た少女である。

 実沙の魔は魔獣化。今は獣人までで済んでいるが、このまま魔が覚醒してけば人の姿が消え本当の魔獣になってしまう可能性もある。

 それが分かっていて実沙はみぞれを友達を助けるため魔の力を自らの意志で使った。

「うん。ありがとう」

 涙ぐんだみぞれは鉤爪が生えた恐ろしい実沙の手を握って答える。

「よし急ごう。なんだか嫌な予感がする」

「空気が読めないオッサンね」

 いいところを邪魔されて実沙が口をとがらす。

「悪かったな。だがなんだか嫌な予感がする。グズグスしていたら取り返しのつかないことになりそうな」

「ああっ果無さん、無事でいてください」

 急かす一乃葉同様みぞれも胸騒ぎを覚えていた。


 三人は町の出口にある広い場所を目指さない。敵が集結するであろう場所にのこのこ向かうなんて自殺行為に近い、まずは様子をうかがうため広場を見下ろせる近くの丘を目指す。

 そこからは進軍路から外れたこともあり障害もなくスイスイ進んでいたが、三人の足がピタッと示し合わせたように止まった。

 悪寒が走った。

 体中の鳥肌が立ち。

 魂が蹂躙されるような吐き気に襲われる。

「なっ」

「何!?」

「がるるるるる」

 三者三様の反応だったが三人とも決定的に世界が変わったことを感じた。

「あれっ」

 実沙が鋭い感覚で何かを察知し指差す。

 その方向からマグマのように焚きコールタールのようにまとわりついてくる赤黒い悪意が津波のように迫ってくるのが見えた。

「走れっ。急げ呑み込まれるぞ」

 一乃葉は咄嗟にみぞれを抱き抱えて走り出す。

「ちょっとおっさん汚い手でみぞれに触らないでよ」

「そんなこと言っている場合かあれに呑み込まれたら、どうなるか想像もつかない」

 戦場の悪意に晒されてきた一之葉は感覚的にあれが人の悪意の塊だと察していた。見ているだけで吐き気が催してくる。

 必死に走り悪意に飲まれる前に目的としていた丘に辿り着いた。頂上を目指し走る三人を追いかけるように丘の周りは悪意に呑み込まれ、だんだんと悪位が迫り上がってくる状況下、三人は地獄を見るのであった。

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